ジュンさんは札幌市内のシェアハウスとは名ばかりの「脱法ハウス」に住んでいる(筆者撮影)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
今回は、「試用期間でほぼ解雇されてしまう」「生活保護受給者の友人に食事をおごってもらう自分がバカバカしくて死にたい」と編集部にメールをくれた北海道在住の男性に会い、話を聞いた。

「―目標― 〇〇さんと結婚してお互いに高めたり、励ましたりする家庭をつくりたい。個人制作のアニメを作りたい。親からの借金を返済して仕送りをしたい」「―今日やること― コンピュータのプログラミング教室に行くこと」「―今日の感謝― 教室に来てくれた〇〇さんと〇〇さんに感謝」


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大学ノートに縦書きで、癖のある小さな字がつづられている。新年が明けたのを機に、ジュンさん(27歳、仮名)がつけ始めた「3分間日記」の1ページである。「長期・短期の目標」や「今日の感謝」といった5項目を毎日書くことが「成功と幸せを呼ぶ」「必ずなりたい自分になれる」――。そんなうたい文句のハウツー本も出ている3分間日記。

派遣プログラマー、手取りは10万円ほど

札幌で派遣のプログラマーをしている。フルタイム勤務だが、毎月の手取りは10万円ほど。契約は3カ月ごとの更新で「先日、ありがたいことに2回目の更新をしてもらいました」という。

住まいは、札幌市内の高級住宅街にあるシェアハウス。といっても、家族向けマンションを仕切り板などで5つに区切っただけの物件で、一部屋の広さはおよそ5畳。中には窓のない部屋もあり、シェアハウスとは名ばかりの脱法ハウスである。家賃は光熱水費込みで約3万5000円。ジュンさんを除く同居人は、ベトナム人や台湾人など全員が外国人だという。

節約のため、普段の食事はシリアルか、チューブ入り味噌をまぶしてお湯をかけた白米という「炭水化物オンリー」。自動販売機の飲料水は割高なので久しく買っていない。

それでも、給料日前には現金がなくなるため、細かな日用品などはクレジットカードで買わざるを得ず、それらは翌月の引き落としとなって家計を圧迫する。貯金はほとんどできない。「休日は食費を浮かすために頑張って寝て過ごすという感じ。今年のお正月も出費を抑えるため、自宅にこもりっきりで過ごしました」。

派遣労働は不安定で、突然収入が途切れることもある。以前、翌月の家賃が払えそうになくなったときにシェアハウスの管理会社に相談したところ、退去するか、管理会社が経営する民泊施設の管理の仕事をするか、どちらかを選ぶよう求められた。

このときは、ホームレスになるよりはと、民泊施設の受付や掃除を引き受け、合間を縫って仕事を探したが、家賃と相殺だからと言われ、事実上のただ働きを強いられたという。

家賃滞納もしていない段階で退去を求めるなど本来は許されない。また、シェアハウスが入っているマンションは築40年を超えており、その地域における家賃相場は9万円前後。家賃3万5000円を5人分徴収すると計17万5000円になり、光熱水費込みとはいえ、相場と比べるとかなり割高だ。シェアハウスは都心部の若者を中心にニーズが高まっているが、これでは敷金、礼金などの初期費用が用意できない非正規労働者らの足元を見た貧困ビジネスと言われても仕方ない。

父親からはバカにされてばかりだった

「自分で転げ落ちた坂ですから。自業自得なんです。なんのために生きているかわからない。1日に1回は地下鉄に飛び込んで死にたいと思います」

あきらめたような口調とは裏腹に、ジュンさんは今日も3分間日記をつづる――。彼の現状は本当に自業自得の結果なのだろうか。

北海道内の地方都市、自営業を営む両親の下で育った。子ども時代は勉強をしても、仕事を手伝っても、特に父親からは「お前、頭、悪いんじゃないか」「効率、悪いやつだな」などと「バカにされてばかりいた」という。要領がよいとは言えない息子と、才覚だけで代々続く家業を切り盛りしてきた父親――。親子の相性はよいとは言えなかった。

専門学校を卒業後、いったんは正社員としてソフトウエアの制作会社に就職したが、2年ほどで辞めた。理由は「入社早々、不具合のあるソフトを作って会社や取引先に迷惑をかけてしまったから」。このとき、先輩社員たちからは「残業代は出るから、もっと会社に残って勉強するように」と命じられたが、一方で深夜まで仕事をしていると「何、無駄なことをやってるの?」などと文句を言われたという。

いつまでも最初の失敗を挽回できないことに居心地の悪さを感じて退職。その後は、契約社員やアルバイト、派遣社員のプログラマーとして転職を重ねたが、いずれも試用期間の終了とともに契約を打ち切られたり、雇い止めに遭うなどして数カ月ごとの細切れ雇用を繰り返してきた。

「ある会社では『(定刻を過ぎると)すぐに帰ってしまう』とダメ出しされたので、その後の会社では夜遅くまで頑張ったのですが、今度は『用もないのに残業している』と言われました」という。別の会社では、忙しそうな上司たちに迷惑をかけまいと、自分の判断で作業を進めたところ、「なぜ事前に許可を得ないのか」と言われ、契約を打ち切られた。

ジュンさんは「もっと遠慮しないで先輩に頼ればよかったんでしょうか。どこに行っても人とうまくやれなくて……。でも、今思うと、逃げだったし、自分にもわがままなところがあったんです」と反省の言葉を口にする。一方で仕事が長続きしない本質的な原因は自らの「コミュニケーションの問題」だという自覚もある。

数年前に鬱と診断され、心療内科に通院

確かに取材で会ったジュンさんは社交的で快活というよりは、物静かなタイプに見えた。しかし、世の中、空気が読めて打てば響くような対話ができる人ばかりとは限らない。仕事や人間関係においてコミュニケーション能力ばかりが重視され、少しくらい間が悪かったり、口下手だったりする人の居場所がないような社会は不寛容なだけだ。

ジュンさんのプログラマーとしての力量は、これまで、彼の作ったソフトを目にした東京の企業などから複数回、転職の誘いを受けたというから悪くはないのだろう。しかし、引っ越すための費用がないことを告げると、いつも話は立ち消えになってしまうという。3分間日記に登場する意中の女性は東京在住なので、移住したいとの希望はあるが、実現のめどは立っていない。

両親とは電話で話をしても相変わらず「会社の人たちと仲良くできないお前が悪い」「いつまで派遣なんかに甘んじてるつもりだ」「お前の努力が足りない」「この先、どうすんだ? 野垂れ死ぬつもりか?」と責められるばかり。祖父母たちは遠回しに孫の顔を見たいと言ってくる。数年前に鬱(うつ)と診断され、心療内科に通院していることは家族にはとても打ち明けられないという。

会社の同僚らと如才なく付き合えないことの原因が、自身の生育環境と関係があるのかまではわからない。ただ、もし自分が結婚することができたら、「子どもは褒めて育てたい」と話す。

八方ふさがりの現状は、政治や社会制度と関係があると思うかと尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「選挙はだいたい行きます。死にたいという気持ちが高まっているときは自民党に入れます。(現在のような政策が続けば)私のような役立たずはいずれホームレスになって野垂れ死ぬことができる、それを期待して投票します」

ずいぶん極端な主張だが、ジュンさんなりの社会への不満の訴えなのかもしれない。

私が取材で札幌を訪れたのは数年ぶりだった。市内中心部にある百貨店を通り過ぎたとき、そこは前回以上に中国人や韓国人の観光客でにぎわっていた。手取り額10万円では、ここにあるブランド品や高級品には縁がないだろうな。低賃金労働者ばかり増やして、国内の個人消費が伸び悩むのは当然だろう――。

簡単に「死」を口にするのだが…

そんなことを考えていたとき、ジュンさんの働かされ方に目立った違法性がないことに思い至り、がく然とした。彼の勤め先に悪質なサービス残業や長時間労働はない。社会保険料も会社側が負担している。それなのに、百貨店でのたまの買い物どころか、自活すらままならない。こんな働き方が合法であることがおかしいのだ。

確かにジュンさんは一度手に入れた正社員の座を手放した。しかし、その後、雇用調整に迫られているとも思えない会社で、いたずらに細切れ雇用を強いられることが正当といえるのか。割高な家賃で脱法ハウスを貸し付ける業者に食い物にされることが、すべて彼の自己責任なのだろうか。


ジュンさんの鞄には自己啓発本が何冊も入っていた(筆者撮影)

ジュンさんには平日の仕事終わりに話を聞いた。手提げ鞄がやけに重そうだったので、中を見せてもらうと、『アイデア大全』『問題解決大全』といったいわゆる自己啓発本が何冊も入っていた。

「(合法的な)ガス室とか、自殺装置とか、安楽死カプセルとかがあるなら、いつでも送り込んでくれて構わないんです」

簡単に「死」を口にするに一方で、必死に自己啓発本にすがる。自暴自棄にも見える言葉は、変わりたい、抜け出したい、生きたいという心の叫びにも聞こえた。