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意識の高い業界では、よく「カタカナ語」が飛び交っています。でも本当の意味をわかって使えているでしょうか。恥をかく前に、確認しておきましょう。「カタカナ語」の功罪について、英語学が専門の慶應義塾大学教授・井上逸兵さんに聞きました――。

■相手がわからなければ優位に立てる

フレームワーク、コモディティ……。なぜ人は一般的でないカタカナ語を使いたがるのか。理由はいくつか考えられます。

ひとつは、単純に格好がいいから。普段使われない言葉を使うことで、「自分は外国の言葉や文化を知っている」という自己顕示になります。相手がわからなければ優位に立てるし、議論で煙に巻く効果もあるでしょう。逆に、共有関係をつくる手段としても有効です。特定の言葉をお互いに知っていると、「この言葉を使っても大丈夫」という安心感から仲間意識が生まれます。

そして日本語に置き換えるのが難しく、カタカナでしか表現しようがない言葉もあります。IT業界では日進月歩で新しい概念や言葉が生まれ、日本語に訳している暇がありません。明治時代の初期、日本になかった外国の概念が入ってきたとき、啓蒙思想家たちは「ソサエティ」を「社会」など、訳語をつくっていきました。それがだんだん間に合わなくなり、カタカナ語が増えていった経緯もあります。

また、古くからあったものを新しく見せる手段としても使われます。「国際交流」を「国際コミュニケーション」、「環境影響評価」を「環境アセスメント」……。看板だけをすげ替え、予算獲得を目論む省庁にありがちな手法です。

そもそも日本語は外来語を定着させるのが、得意な言語と言えます。たとえば「アテンドする」「コミットする」の「する」を取って名詞にしてしまいます。「コミット」は動詞なので、名詞なら「コミットメント」のほうが正確なのですが、英語にサ変動詞の「する」さえつければ動詞になるのでこんなワザができてしまいます。また「ブリリアントな」のように、英語の後に「な」をつければとりあえず形容詞になる。他の言語では、こんな簡単に自国語に変換できるとはかぎりません。

■「ダイバーシティ」をどう言うか

知らないカタカナ語が飛び交う風潮を快く思っていない人は、英語の語彙力を高めるとよいかもしれません。知らない言葉を言われても、大体の意味は想像がつきますし、相手の英語力も判断できます。たとえば「ダイバーシティ」という言葉を「シ」にアクセントを置く人がいますが、強く言うべき音節は「バ」です。アクセントを間違えていたら、実力の察しがつきます。

言語学は言葉がどう使われるかに注目する学問で、カタカナ語が使われること自体を良い悪いではとらえません。ただ乱用する風潮は個人的に好きではありませんし、相手がわからないと思ったら日本語に置き換えてあげるべきです。その心遣いはビジネスマナーに通じるのではないでしょうか。

■【紛らわしい編】――定義が曖昧なまま使うと、混乱を招く

▼それはチャレンジングだね。
 「チャレンジング」は、実は「難しい」の意味しか持たない単語。よって「難しいから、やめるべき」と言いたい人もいる一方、困難なことへの挑戦を表す「チャレンジ」に引っ張られ、「挑戦しがいがあるから、やるべき」のつもりで用いる人もいる。人によって解釈が曖昧なので、ニュアンスを正確に聞き出したほうがいい。

▼社内コンセンサスはとれているの?
 「集団の中での合意」を意味する「コンセンサス」を、一部の業界では「根回し」として用いることがある。だが井上さんによると、「これは誤り。おそらく『合意を得るため、陰で工作してほしい』の後半部が独立したのでしょう。また『オーソライズ』を『合意』の意で使う人がいますが、上の人が認可を与えるというのが本来の意味です」。

▼ベネフィット、期待できるの?
 「ベネフィット」には、「利益」のほかに「恩恵」や「福祉手当」「慈善興行」などの意味がある。金銭的な利益も含むが、便益が付加的に得られるようなイメージが強い。ガツガツお金を儲けたいという雰囲気は消そうという意図が見え隠れすることがある。報酬の意味が強い場合は「メリット」を使うほうがふさわしい。

■【勘違い編】――本当の意味は全く違います

▼うつ病だって、会社にはなかなかカミングアウトできないよね。
 「告白する」「隠していた悩みを打ちあける」という意味で、一般的にもよく使われる「カミングアウト」。しかし英語で使用されるのは、ほぼ「同性愛者であることを告白する」に限った場合だ。「だから外国人に話すときは注意が必要。否定的な告白は『コンフェス』『カム・クリアー』という言葉を使用します」(井上さん)。

▼前回のコンペで負けたリベンジを果たそう。
 スポーツ界から発祥し、日常用語として定着した「リベンジ」は、「挽回する」「再挑戦」の意味で気軽に使用される。しかし本来の意味は「復讐」や「報復」。相手を傷つける意志を持った、憎悪にあふれた言葉なのだ。海外では耳にする機会は少なく、ビジネスシーンでは安易に使わないほうが賢明である。

▼このプロジェクトの経緯については、君にアカウンタビリティがあるだろう。
 アカウンタビリティとは、日本では会社などの組織がしたこと、することに対して「説明する責任がある」という意味で使われているが、本来の英語では単に説明するだけでなく、責任を負うところまでを意味する。アカウンタビリティがある人が説明責任を果たさなければ、クビを切られるということにもなりかねない言葉だ。

■【独りよがり編】――使っていて気持ちいいのは自分だけ

▼これはまだジャストアイデアなんですが
 「思いつき」のニュアンスを含ませて用いられる「ジャストアイデア」は、英語として「?」の表現だ。「ちょっとしたアイデア」と言いたいなら、「イッツ・ジャスト・アン・アイデア」と不定冠詞を入れる必要がある。「まさに今」を表現したいなら「ジャスト・ナウ」ではなく「ライト・ナウ」のほうが適当。

▼ドラスティックな転換が求められる
 混同しがちな「ドラスティック」「ドラマティック」「ドメスティック」。名詞で「劇薬」を差す「ドラスティック」は、効き目が強いことから「徹底的に、思い切った」の意味。「ドラマティック」は「演劇的」、「ドメスティック」は「国内の、家庭内の」を表す。「家庭内暴力=ドメスティック・バイオレンス」は思い出す一助になる。

▼今、その分野のマーケットは全体にシュリンクしているからね
 「縮小する」の英語由来の「シュリンク」は、ほぼマーケットの話題だけに使われる。「マーケットが拡大しても『インクリースする』などとは言いません。これはカタカナ語による婉曲表現として発達したのでしょう。『危険』は『リスクがある』、『職安』は『ハローワーク』と表現したほうが、角が立ちませんから」(井上さん)。

■【ぶっとび編】――本来の意味からは見当もつかない

▼景気低迷の中で、多くの企業が行ったのが組織のフラット化だ。
 「フラット」には「平らになる」の意味があり、組織の「フラット化」は、上下関係の差異が少なくなり、効率化が進むことを示す。さらに最近ではベストセラー『フラット化する世界』の影響もあって、プロとアマチュアの差や世界の経済的格差がなくなることなど、より広い概念を表す言葉として用いられる。

▼環境保全活動と利益創出活動は二アリーイコールと言えます。
 記号で表せば「≒」。「近似、ほぼ等しい」という意味で、英語では日常的に使われている。しかし副詞+形容詞という文に近い構成を持つこともあって、現時点では口頭で用いると戸惑う相手も少なくないだろう。親しい仲間であれば、「『ほぼ同じです』と言い換えたほうがいいのでは?」(井上さん)。

▼明日、デッドですから。
 「締め切り」は英語で「デッドライン」。それがいつしか短縮して、「デッド」と表現する人は多い。しかし英語で「デッド」は「死んでいる」ということ。「作業の流れを示す『ワークフロー』が略された『フロー』も、意味が多すぎて理解しにくい。言いやすくなるメリットもありますが、省略するのも一長一短です」(井上さん)。

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慶應義塾大学文学部教授 井上逸兵
専門は英語学・社会言語学。若者言葉、ビジネス用語、外来語など、社会の状況を反映する言葉の動向を研究している。著書に『バカに見えるビジネス語』『サバイバルイングリッシュ』『よく見るのに読めない漢字』など多数。
 

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(慶應義塾大学文学部教授 井上 逸兵 構成=鈴木 工)