Y's LAB社長、やひさ行政書士事務所代表 屋久哲夫氏

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職場の同僚の諍い、電車や駅構内でのつかみ合い、ご近所同士のトラブル……感情をあらわにする第三者同士の争いごとに居合わせる機会は少なくない。

自己をコントロールしかねている大人2人を前に、あなたならまず、何をどうするだろうか? もちろん、「まあまあ、抑えて抑えて」ですむ程度なら問題はないが、時に怒鳴ったり暴れたりと、ひと目でその範疇を超えているとわかる状態だったら、どうだろう。

最初は怖さや気恥ずかしさが先に立つかもしれない。が、どちらかが傷つくのを見て見ぬふりをする後ろめたさは、なかなか拭い切れない。まして、毎日顔を突き合わせる職場内でそうした火種が燻っていては、仕事そのものに支障をきたしかねない。

かといって、両者がヒートアップしているところへ下手に手を突っ込むと、かえって火に油を注ぐ結果となって、こちらも無駄に火傷を追いかねない。

今回その解決策を伺ったのは、仕事上、他人同士のトラブルに居合わせる機会が多い、あるいはその解決が生業の一部となっている少々コワモテのプロばかりだが、いずれも義務感・正義感だけで、自ら進んで他人の争いに首を突っ込むことを戒めている。では、その場に「水を差し」て、とばっちりを受けることなく当事者をクールダウンさせる彼らの手法とは?

■中立の立場で話を聞き、吐き出すだけ吐き出させよ

現在携わっている危機管理コンサルタントの仕事では、社長と社員、あるいは会社間のトラブルの調整役も行います。根本的な解決が難しい対立関係をどうソフトランディングさせるか。そういう案件が少なくないので、私の場合はいわば仲裁が業務の一部になっています。

仲裁で最も大切なのは、自分をいかに中立の立場に置くか。たとえば会社間のトラブル。私は一方の会社に雇われて仲裁の場に臨みますが、相手方に「向こう側の人間」だと思われたら、話し合いはスムーズに進みません。

中立の立場で双方の言い分を同等に聞く。一方の話が理屈に合わなくても、吐き出すだけ吐き出させる。それは警察官時代、喧嘩の通報で出動した現場での大原則でした。人は話すことでカタルシス(精神浄化)を得て、気持ちが落ち着いていくものです。新米警察官の頃、お隣同士のトラブルの仲裁を買ってでた際、話を聞くと一方の女性が嫌がらせをしていると見当はつきました。それでも同等に話を聞くうち、加害者と思しき女性が雲隠れしました。

それから約半年後、福岡県警から連絡がありました。勾留している女性が「愛知県警の屋久という刑事にしか話をしない」と黙秘しているというのです。例の雲隠れした女性でした。おそらく、屋久は公平に話を聞く警官だと覚えていてくれたのだと思います。

とにかくもめ事の仲裁では、話を聞く、しゃべらせることが大事です。ただし、その場合は、双方を引き離して別々に話を聞くことも原則です。一緒に聞くと、互いの反発心から事実がねじ曲げられたり、かえって両者を激高させてしまうことがよくあるからです。

大声を出して相手に迫れば、相手も大声で応じる。喧嘩の場面ではよくあることです。相手に合わせ、同じような反応を示す行動をミラーリングといいます。逆に、好意的な人に対しては、相手も平穏な態度で応じようとします。

そのため、喧嘩で両者がにらみ合っている場に介入するときは、警察官は穏やかに、笑顔で「どうかしましたか?」と話しかけます。両者がつかみ合いをしているようなときは、逆に大声を上げて割って入り、こちらに注意を向けさせます。紛糾している両者には、相手しか見えていないからです。

取っ組み合いであろうと、静かな反目であろうと、仲裁はその場のいら立ちや、荒れた空気を鎮める対処がスタート地点です。それがなくては、両者にまともな話を聞くこともできません。

職場でもめている同僚同士の仲裁は、基本的にしないほうがいいと思います。両者をよく知っていれば中立の立場は取りにくく、どちらかに肩入れすれば遺恨を残しかねません。ただ、両者が興奮して言い合っているような場面では、何がしかの介入が必要になります。

警察官も一本気の熱血漢が多いので、互いにぶつかり合うことがあります。以前、そんな場面に居合わせた私は、一方の警察官に「○○さ〜ん、電話ですよ」と言って2人を分けたことも。こういうときは嘘も方便ですね。

まずは紛糾する2人を引き離して冷静にさせる。解決は上司に任せるか、中立な立場で仲裁のうまい人に委ねる。無駄に巻き込まれて、当事者になってしまうことだけは避けたいもの。適度な距離を保つことが大事です。

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Y's LAB社長、やひさ行政書士事務所代表 屋久哲夫
1968年、埼玉県出身。91年東京大学法学部卒業、警察庁入庁。警視庁広報課長などを経て2013年警察庁官房付(警視正)。同年依願退職。現在、危機管理コンサルタントとして活動中。
 

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(西川修一=文 高橋盛男=構成 石橋素幸=撮影)