私の祖母は、田舎に住んでいたからか鍵を閉めないで外出するのが常でした。「盗まれるものなんて家に置いてない」を口癖にしていたのを覚えてますが、要するに近隣の人を信用してたのでしょう。実際、泥棒被害には無縁のようでした。

しかし今の時代、そうはいかない。都心に住んでいるならばなおさら。オートロックがあるにこしたことはないし、鍵も二重にするくらいの用心深さが欲しい。
でも、住まいによってはそうもいきません。ちなみに、記者の住むマンションはオートロック無しで鍵は一つ。しかも1階だから、不安で不安で……。

複数の鍵穴とノブに対面し、部屋に入るのも一苦労


対策を講じるために色々調べていたら、こんなものを見つけました。「ekoD Works(エコードワークス)」(東京都中央区)が11月より発売している、その名も『どこでも!? フェイクシリンダーマグネット』。ガチャ(200円/一回)で購入できるフェイクなシリンダー錠を家のドアに付けてみると、こんな感じになります。


鍵穴がいっぱい! とにかく見てくれがおもしろいのですが、どうやら狙いはそれだけじゃないみたい。だって製品ページには、「この国のセキュリティレベルを一段階引き上げる」と勇ましく書いてあるから。

というわけで、真意を探るべくekoD Worksの事務所へお邪魔してきました! ……ちょっと、待て。中へ入ろうとするも、ドアがいきなりこれです。


鍵穴がいくつもあるし、ドアノブも2つある! 構わず、下にあるノブを捻って開けようとしたら、こっちはダミーでした。


なんだよ!



そんなこんなを経て、ようやく中に入れた記者。では、フェイクシリンダーについて話を伺っていきましょう。お答えいただくのは、同社代表の福澤貴之さんです。

住宅メーカー在籍時の経験が発想の源だった


――このようなフェイクドアノブ、フェイクシリンダーをなぜ制作したのか、発想のきっかけを教えてください。
福澤さん 以前、住宅のメーカーに勤めていまして、その頃に思いついたアイデアです。常日頃、住宅の建材を見ながら「住宅周りをおもしろくできないかなあ」と考えていました。
――なるほど。
福澤さん やっぱり住宅って高い買い物で、特に自分のいた会社は分譲住宅を多く手がけていました。分譲住宅ってお客さんが決まらない段階で家を建て、建った後に販売するじゃないですか? そうすると、あんまり奇抜なことができないんです。奇抜な物件はお客さんを選ぶので、あまり“遊び”を入れられないんですよ。あと、奇抜なことをやりたい方って、自分で一から注文住宅としてオーダーメイドで家を作ります。
――はい。
福澤さん その後にメーカーから独立し、私も遊びだらけのことができるようになりました。ですので、当時「住宅の中にどういう“遊び”を入れようかな?」と考えていたイメージ・絵面を今になって形にしたんです。
――テンプレ化された住宅にも、後付けでこういう遊びができるということですよね。
福澤さん これくらいのアクセサリー感覚で住宅に“遊び”を入れられるようなアイデアがあってもいいんじゃないかな? ……というのが、根っこにありました。

ドアにたくさん付けて、フジツボみたいにしてほしい


――製品ページには「この国のセキュリティレベルを一段階引き上げる」と掲げられていましたが、もともとこのフェイクシリンダーは「防犯」という目的を意識しているのか、それとも“おもしろ製品”としての要素が強いのか、どちらでしょう?
福澤さん ビジュアルとして「鍵がいっぱい付いてたらおもしろい」とは、単純に思っていました。フジツボみたいに鍵が山ほど10〜20個付いているビジュアルがおもしろいなあと。
――自分はこの事務所に来た時、ノブと鍵穴がいくつもあるので本物と間違えました(笑)。
福澤さん あのドアノブは、皆さんちゃんと間違ってくれてありがたいです(笑)。ドアノブの方は遊びで作ったもので、販売は想定していません。


――ドアノブのサイズだと、カプセルトイにしにくいですもんね。一方、シリンダーの方はたかだか1個200円ですから「本物が1個あってダミーが1個ある」という感じではなく、たくさんのダミーをバーっと並べてほしいという思いでしょうか?
福澤さん そうですね。そうすると、見た目がマヌケで面白いんじゃないかと(笑)。
――いっぱいあればあるほど、おもしろいですよね。実際に事務所にダミーのシリンダーとノブを付けていらっしゃいますが、皆さんどういうリアクションをされますか?
福澤さん みんな、戸惑ったり驚いたりしますね。ノブをひねったらノブ自体が取れて「やべえ、壊した!」って(笑)。
――でしょうね(笑)。ところでシリンダーやノブがいっぱいになったことで、実際の防犯レベルが上がったと実感していますか?
福澤さん セキュリティレベルは上がってないんじゃないですかね(笑)。
――ハハハハハ!

たくさんのダミーの中に本物を混ぜ「どうせ、あの鍵穴も偽物」と思わせる計画


さて、ここからが本題。この『どこでも!? フェイクシリンダーマグネット』、どうやら“おもしろさ”のみ追求してるわけじゃなさそうです。実は、非常にシリアス(?)な目的が込められてるみたい。

福澤さん 扉以外のところにもシリンダーやノブを設置したと想像してください。街中の至る所にシリンダーやノブが増殖すると「鍵穴とはなんぞや」「ドアとはなんぞや」というゲシュタルト崩壊が起こるんじゃないかと考えました。
――どういうことでしょうか?
福澤さん 今の世の中はドア1個に鍵穴が1〜2個があり、それを開けるとドアが開くじゃないですか? でも、あそこにもあそこにもあそこにも鍵穴があって、使えない鍵穴が街中に大量にあると「鍵穴はどうせ偽物だ。鍵穴を回しても何も起こらない。基本、鍵穴ってそういうものだ。もはや、本物なんてないんじゃないか?」という認識になると思うんです。500個あるうちの1個くらいしか本物がなかったとしたら、鍵穴を開けようとすることが泥棒からしたら無駄な行為になる。
――あ〜、なるほど(笑)。使用者本人からすればどれが本物の鍵穴かわかるから実用的ですけど、初見の泥棒からすると「どうせ無駄だよ」という認識になるわけですね。
福澤さん そうです。世の中にある大量の偽物と区別がつかないので「鍵穴は、しょせん偽物だ」という認識になる。本物と比較して数百倍の数の偽物があったら、もはや意味がわからない(笑)。ハズレが多すぎるわけですからね。……という壮大な展望があって。実現は難しいでしょうが、そんなストーリーがバックにあります。エレベーターや冷蔵庫やトイレなど、世の中の至る所に鍵が溢れていたら「本物がどれで偽物がどれで」というレベルじゃなくなると思うんですね。









福澤さん 鍵穴が空気のように存在していたら、あえてそこの一個を開けようとは考えないでしょう。「あそこの空気、おいしそうだから吸いたいな」とは我々は思わないですが、そういうイメージです。
――なるほど……!
福澤さん これは“安易な発想でこの国のセキュリティレベルを引き上げる計画”です。製品ページに「木の葉を隠すなら森の中に隠せ。森がなければ作ればいい」と書きましたが、私はフェイクシリンダーで「森」を作りたいんです。森を作れば、木の葉一枚への興味はなくります。「どこでもダミーロック計画」と名付けているんですが。
――「もしかしたら砂金があるかもしれないのに、多すぎる砂へ興味を抱かない」という状況ですね。
福澤さん そういうことです。もはや、我々は砂金を探そうとも思わないですから。

真意、わかっていただけましたでしょうか? 鍵穴を森レベルにまで増殖させ、国全体のセキュリティレベルを引き上げる。そんな、不可能でありつつ意義のあるプロジェクト。


鍵穴たくさんのこのドアはフジツボのようであり、それでいて実は森だったのです。
(寺西ジャジューカ)