秋竹新吾(あきたけ・しんご)●株式会社早和果樹園代表取締役社長。1944年、和歌山県有田市生まれ。和歌山県立吉備高校(現有田中央高校)柑橘園芸科を卒業後、実家の果樹園を継承して就農。1979年、近隣の7みかん農家とともに早和共撰を創業する。2000年に株式会社早和果樹園へと改組して現職。早和果樹園>> http://sowakajuen.com/

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16年前の法人化を機に、みかんの生産のみならず加工や販売を含めた6次産業化に取り組む早和果樹園(和歌山県有田市)。急斜面でのみかんづくりは決して楽ではないうえに、働きやすさや条件も一般企業と比べて恵まれているわけではない。しかし、近年は新卒学生の興味が高く、地元の合同会社説明会ではブースに長蛇の列ができるほどの人気だという。学生を惹きつける職場の魅力はどこにあるのか。後編では、販売まで手掛ける理由や海外展開、人材確保の取り組みについて聞いた。

■自社ブランド販売へのこだわり

――現在は、加工品を大きな軸として取り組んでいらっしゃいますが、農家にとっては1次産業から2次産業へ、つまり生産から加工にも事業を広げるのか、さらに3次産業である飲食や小売にも参入するのか、というのは大きな論点ではないかと思います。秋竹社長は、事業領域をどのあたりまで広げるのがいいとお考えですか。

【秋竹】私たちは、小さいながらショップも運営しています。自分たちでつくって、売るところまでやっています。今後はネット販売をより強化していきたいと考えていて、6次化をさらに進めていこうとしているところです。

以前は、うちで絞ったジュースを、他の加工業者に原料提供したこともありました。でも、原料提供は利益があまり望めないんです。ある年には「これだけ欲しい」と買ってもらえても、相手の都合でその1年で終わってしまったこともあります。(自分たちの計画どおりに行かないことも多く、)原料提供は慎重にやらないといけないとも感じました。結局、自分たちのブランドで販売することが重要だと思っています。

――海外にも積極的に進出されています。特にアジアの台湾や香港などで、高級スーパーとタイアップの実績も上げられています。ただ、グローバル化については生産者によって意見が分かれるところではないかと思います。海外展開は手間暇がかかるからやめたほうがいいという意見もあれば、国内マーケットが減少傾向に向かうなか、生き残りのためには外に出ていくべきだという意見もあります。

【秋竹】やはり国内の人口が減ってマーケットが縮小していくわけですから、新たなマーケットを求めて海外に出ていくべきだというのが私の考えです。だから積極的に海外に出ていく。というよりも、それに輪をかけて、うちの営業部長が海外に行くのが好きなんです(笑)。この頃はしょっちゅう海外に販売に行ってますね。

国内で売る場合、私たちは観光地である白浜温泉や、近場では黒潮市場、お伊勢さんのおかげ横丁などで毎週のように試飲販売を行っています。自分たちの商品を広げようと思ったら、やはり知ってもらわないといけません。海外の場合も考え方は同じで、要請があれば香港、台湾、シンガポールにも行きます。現地で試飲販売したら、売上がぐっと上がります。向こうの人たちもうちの商品を大事に売ってくれますしね。そうやって国内同様、海外でもかなり広がりがでてきています。

■みかん農業が直面する問題とは

――(前編では)みかん農家の高齢化が進み、やめてしまう畑が増えていくと予想されるなかで、加工を手がける農業法人としては原材料のみかんをどうやって集めるかが課題だという話がありました。みかん農業全体を考えたときに、生産上の課題はどういうところにあるのでしょうか。

【秋竹】みかんづくりは急斜面の畑で行うので、生産性の非効率さが一番の課題だと思います。実際に見ていただくとわかるように、誰もが驚くくらいの急斜面です。なぜ急斜面かというと、急斜面で排水に優れた場所でつくると、皮や袋が薄くて、糖度も高い、良質のみかんができるからです。

ただ、急斜面での生産は非効率で、危険度も高い。個人農家ならケガは自己責任になるのでしょうが、会社の場合は会社の責任ということになります。作業する人たちの安全をいかに確保するか。ここに農業を法人化していくうえでの難しさを感じます。会社としては、できるだけ平坦な安全な場所でみかんづくりをしたいというのが本音。ですが、みかんの品質を上げていこうとすれば、急斜面は避けられません。

――急斜面には機械を入れるのも難しいでしょうね。

【秋竹】難しいです。手作業でやらなければならないことが多くて、大変です。せいぜい2トン車が現地まで入っていって、あとはモノレールで運ぶくらいですね。非効率かつ危険な作業環境を解決するような画期的な方法が生まれない限り、みかん農家が減っていく現状は止められないと思います。

■新卒学生の希望者が殺到

――人材について伺います。人材をどう確保していくかということも農業生産法人にとっての課題の一つになるかと思います。どういう人が農業に向いていると考えていらっしゃいますか。

【秋竹】私たちの場合、はじめのうちはどんな人が向いているかというよりも、とにかくうちに来てくれる人。当時、農業をやろうという人は少なかったので、中途採用で来てくれる人なら誰でも歓迎でした。それで県の就職支援センターを通じたマッチングに参加したりしましたが、これという人にはなかなか巡り会えませんでした。7、8年くらい前でしょうか、新卒の大学生が興味を持ってくれるようになったのは。

――新卒採用を始められた。

【秋竹】そうです。一昨年からは、一般の合同会社説明会に参加しています。和歌山市内の説明会では、参加企業およそ50ブースのなかで最も多くの希望者が私たちのブースを訪れてくれました。大阪の説明会でもたくさん来てくれます。以前と比べると、何か不思議なことが起きている感じです。ここ2、3年は大学生を中心に4、5人ずつ採用していて、千葉大や三重大、和歌山大、愛媛大などの国立大学からも人を採用できるようになりました。

――希望者が増えてきた今は、早和果樹園として必要な人材を、どのような基準で採用しているのでしょうか。

【秋竹】うちに興味を持ってくれる学生には、こう話しています。「安定を求めるなら、うちに来ないほうがいい。小さな会社だし、給料も高くない。でも、成長への意欲が強いなら、自分の力を目一杯試して、伸ばしていける楽しみはあるよ」と。安定よりも、伸びたいという気持ちがある人に来て欲しいですね。それとやはり、性格のいい人。ちゃんとコミュニケーションが取れる人が欲しい、というのはあります。

■対面での試飲販売がやりがいを生む

――人材は採用して終わりではなく、育てていかなければなりません。農業生産法人の場合、一般企業に比べて社内制度の充実もこれからだったり、育てるのが難しかったりして、2、3年で辞めてしまうケースも多いと聞きます。早和果樹園では、社員を定着させるために取り組んでいることはありますか。

【秋竹】ありがたいことに、うちに入社してくれた人たちは、意外と辞めずに続けてくれています。定着率は高いと思います。

――人材を定着させる秘訣は何でしょうか。

【秋竹】仕事にやりがいを感じてくれていることが一番大きいのではないかと思っています。例えば、観光地の土産物店などで土日に行う試飲販売に、社員が交代で行きます。自分たちがつくったみかんを加工して、自社ブランドで販売するのですが、それを試飲したお客さまが「おいしい、おいしい」と言ってくれる。自分たちの商品がお客さまに評価されるのを目の当たりにすることが、仕事のやりがいにつながっているのではないでしょうか。

――なるほど、生産から販売まで全部携われるのはおもしろいでしょうね。そんな会社は珍しいでしょうし。

【秋竹】もう一つは、うちには年配の従業員もいて、年の離れた若い人たちを大事にしてくれています。会社に家庭的な雰囲気があると思います。それと私が一番うれしいのは、試飲販売で訪れる取引先の会社の社長さんが、うちの社員のことを褒めてくれるんです。「早和さんの社員は一生懸命にやっている」って。それを私が社内の朝礼でみんなに言うんです。人は褒められればうれしいですから、お客さまや取引先に評価してもらったり、褒めてもらったりすると、仕事に張り合いがでる。そういうことも定着率を高めている要因の一つかなと思います。

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有限責任監査法人トーマツ
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農林水産業ビジネス推進室
農林水産業ビジネス推進室はトーマツ内の農業ビジネス専門家に加え、農業生産法人などの農業者、小売、外食、食品メーカー、金融機関、公官庁、大学他専門機関など外部組織と連携し、日本農業の強化・成長を実現するための新しい事業モデルの構築を推進している。詳細はWebサイト(https://www2.deloitte.com/jp/aff)参照。

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(有限責任監査法人トーマツ 秋竹新吾(早和果樹園)=談 大和田悠一(有限責任監査法人トーマツ)=聞き手 前田はるみ=文・構成 尾崎三朗=撮影)