ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんによる、話題の作品をランダムに取り上げて時評する文化放談。映画『ホドロフスキーの虹泥棒』について語り合います。

ホドロフスキーのとんでもなくすごい、人たらしぶり


藤田 『ホドロフスキーの虹泥棒』は、アレハンドロ・ホドロフスキーが1990年に公開した映画で、今、日本でも公開されています。

飯田 ホドロフスキーはチリ出身のロシア系ユダヤ人の映画監督、役者、詩人、作家で、20世紀が生んだカルトの王様みたいな人ですね。僕は好きですが、マニアではありません。触れてない作品もまあまああります。

藤田 映画でも、マンガでも、文章でも、メディアは問わず、ヴィジョンを実現化させようとする猥雑さは、ちょっと押井守を思わせるところもあります。

飯田 代表作の映画『エル・トポ』は西部劇のはずなんだけど、ガンマンが馬で歩く荒野が呪術的な土地にしか見えない。出てくる人間たちがいかれまくりでもう、観てくださいとしか言えない。同じく代表作である『ホーリーマウンテン』は冒頭から女性ふたりがなぜかシンメトリーに並んでいて頭を剃られるシーンに始まり、これまた全編が言語化困難な映像美のオンパレードで、最高に意味がわからないので何度も観てしまうという怪作です。
 ホドロフスキーは人脈もすごくて、チリではラテンアメリカ文学の傑作と言われる『夜のみだらな鳥』をのちに書くことになるホセ・ドノソといっしょに前衛演劇をつくったり、フランスに移住したときには『シュールレアリズム宣言』を書いたアンドレ・ブルトンに夜中2時にフランスに着いたから「今から会ってくれ!」って電話して「明日にしよう」ってたしなめられたりとか、幻になった映画『DUNE』では、のちにフランスのBD(バンドデシネ/フランスのアートコミック)作家として世界的に有名になるものの当時は知る人ぞ知る存在だったメビウスを抜擢したり(のちにメビウスとホドロフスキーが組んだBD『アンカル』は最初のシーンが男が落下してくるところで、終わりもまったく同じシーンで終わっていて世界をループしているというのがわかるんだけど、あれは『ジョジョ』第6部の終盤の永劫回帰展開に影響を与えているのではないかと……)。

藤田 『DUNE』でピンクフロイドに音楽の依頼に行ったらメシを食ってて待たされたので「態度が悪い!」って説教して、でもホドロフスキーの映像を観たフロイドのメンバーは結局引き受けることを決めたらしいですねw あとは、ダリと交渉して出演をオッケーしてもらったり。

飯田 ほかには……精神分析とタロットに傾倒したり、『ホーリーマウンテン』を撮っているときには当時若者を熱狂させていたカルロス・カスタネダと会っていたり。文化的にハイブリッドすぎる。

藤田 禅もやってたらしいですね。

すごい人と変な人を引きつける磁石みたいな存在


藤田 のちに『エイリアン』のデザインで一世を風靡するギーガーを映画の世界に誘ったのも彼でしょう? 触媒としての役割は本当にすごかったんでしょうねぇ……ビートルズを巻き込んで資金を出してもらったりとか。ホドロフスキーの文化的偉人とつながりまくる力というか、社交能力というか、ずうずうしさというか、行動力は、信じがたいですね。

飯田 異才、天才、狂人を引き寄せる才能、魅力の塊みたいな存在。メビウスと組んだ最後の作品『アラン・マンジェル氏のスキゾな冒険』にはいきなり言いよってきた女子大生が「私はあなたと子どもを作る。私はイエス・キリストの生まれかわりだ」みたいなことを言い出すんだけど、それはホドロフスキーの実体験が反映されてるらしいからねw

藤田 www それ現実で起こったら、すごい怖い。

飯田 『アラン・マンジェル氏のスキゾな冒険』は本当に凄い作品なのでこの機会に紹介しますけど、主人公はタルムード(ユダヤの教え)をソルボンヌ大学で教えている不人気教授なんですね。
 だけどいかれた女学生に押しよられてやっちゃうと「預言者を身ごもった」とか言われて「はぁ? 俺の精子おかしくて子どもできるはずないんですけど」と思うけど本当に生まれちゃう。
 セックスしちゃう前後に自分の分身(無意識? スキゾフレニアの象徴らしい)が現れてそそのかされるんだけど、そいつの進言(?)もあって神秘主義の講義はやめてフッサールやハイデガーの哲学を教えるようになると大人気。
 殺人者でジャンキーのチンピラに好かれたり、緊張するとうんこを漏らす体質になったり、4Pしてマリア・キリストを名乗る女性(のちに両性具有のキリスト=救世主になる)にはめたままチンピラにアナルを犯されて「兄弟、我慢してくれ! 苦痛の壁を通じてしか真実にはたどり着けないんだ!」と言われたり、チンピラが犯した罪に巻きこまれるようにして逃亡した末にコロンビアの麻薬組織の革命活動に加わり(驚きの展開)、主人公はシャーマンみたいなババアの言うとおりにして洞窟の中で一度死んで自分の分身と融合してなぜか若返ってイケメンになり、フランスに凱旋することになる。
 なんだその話? と思うでしょうが、本当にそういう話です。「あなたのウンチはあなたの過去なの! 過去から自由になりなさい!」とかパンチライン多数。

藤田 最近見かけなくなったイカれた筋の作品で、実にいいですねぇw

飯田 メビウスと組んだ代表作『アンカル』は神秘主義SFとしてすごいんだけど、すごすぎて話を追うことすら難しい。『アラン・マンジェル』は筋を追えるレベルのイカレ具合なのでおすすめです。

藤田 挫折した『DUNE』の絵コンテをメビウスが担当していて、企画がポシャってから作られたのが『アンカル』で、『DUNE』の息吹が残っていらしいですね。

飯田 ホドロフスキー作品は作中の人物以上に作家(監督)本人がおかしいので自然に変なものが出てきている感じがあって、なんというか、うらやましいですね。あんな発想、どうやっても出てこない。ああいう人がこの世で生きていくのは大変だと思うものの。

藤田 『ホドロフスキーのDUNE』のインタビュー映像を観ると、めっちゃ明るく元気な喋り方をしているおっちゃんなんですよねw 聖書に匹敵する映画を作るつもりだったとか、世界を革命するんだとか、平気で明るい感じで言えるあれはすごい。あの壮大さに、色々なクリエイターが勇気をもらうのもよくわかります。
 映画作りはビジネスじゃない、芸術だから、聖なる戦いの仲間になる戦士を選ぶんだ……とか言って、ダリに役者を頼みに行ったり。ピンク・フロイドにぶちぎれて説教しているかと思えば、『2001年宇宙の旅』の視覚効果の監督とは仕事しないとキレちゃうわけでしょうw その時点でホドロフスキー自身は大物でもなかったのにw で、有名ではなかったダン・オバノンをいきなり起用すると決めちゃうとか、色々バランスがすごい。

飯田 『ホーリーマウンテン』なんて本人が監督・主演で、マジでキリストに見えますからね(本人の自伝『リアリティのダンス』によるとあれはロシアの神秘思想家グルジェフをモデルにしているらしいけど、普通に観ればキリストにしか見えない)。あんなにイケメンで、かつマジキチだったのが、なんというか天は二物を与えた感がある。
 ドラッグをやりすぎてボロボロになってもおかしくなさそうな作風なのに、最近のインタビュー映像を見るとナチュラルでギンギンなのがすごい。

藤田 LSDだ! とか平気で口にするのに、映像で見た感じでは狂ってないんですよね。実際にLSDの経験が作品に生きていると自伝にも書いているのに。不思議。なんであんなに健康そうなお年寄りなんだろうかw

飯田 自伝を読むと明晰夢(起きたままで観る夢)をけっこう観てたみたいだから、本質的にはドラッグなんかいらなかったんだと思う。