50万人の聴衆が喝采!英国風プレゼンの“つかみ”

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■「最初の5分間」ですべてが決まる

私は、野村ホールディングスでただ一人の「シニア・コミュニケーションズ・オフィサー」です。毎日、どこかで、誰かに、日本語か英語でプレゼンテーションをしています。海外の機関投資家から客員教授を務める名古屋大学の学生まで、聞き手は様々。これまで一番大きかった会場は日本武道館。18年前にセミナーの講師を務めて以来、年間約3万人、延べ50万人以上の方々の前で話をしてきました。そんな私の経験から、成功のポイントをご紹介します。

第一のポイントは、結論から話すこと。日本語でのプレゼンは「起承転結」になりがち。結論に入るまで何十分もかかるのでは、聞き手は飽きてしまいます。プレゼンの成否は最初の5分で決まります。最初の5分で、「あっ、この人の話はおもしろい」とつかめれば、そのあとは何十分でも関心が続く。言いたいことは出し惜しみせず、一番最初にぶつけましょう。

プレゼンには大きなエネルギーが必要ですが、それは話し手が出すものではなく、聞き手からいただくものです。頷いたり、驚いたり、自分の話への手応えを感じると、大きなエネルギーになります。反対にあくびをする人が一人でもいるとエネルギーを奪われてしまう。その意味でも、最初のつかみが大事です。

その際、役立つのが「定点観測」。聞き手からタイプの違う人を5人程度選んで、反応を観察します。あるトピックについて、経営者風の男性は体を乗り出してきたけれど、お年寄りの女性はあくびをしている。そうした反応を適宜、確認します。お客様が1000人でも10人でも、つねに「1対1」のつもりで話すように心がけています。

第二のポイントは、英語をしゃべるように日本語を話すこと。日本語は美しい言語ですが、曖昧な言語でもあります。主語や目的語を省略しても、何となく通じてしまう。たとえば「話しました」という言葉は、日本語では通用しますが、英語で「spoke」と言ったら、「Who spoke what to whom?(誰が、誰に、何を話したの?)」と聞き返されてしまいます。つまり「英語をしゃべるように」とは、主語や目的語を明確にして話すという意味なのです。それだけで聞き手の反応は見違えます。

さらに「わかりやすく説明すること」も大事です。私のプレゼンでは難しい金融用語が多いため、できるだけ簡単な言葉で言い換えます。たとえば「外貨準備高」は「世界の国々がどの通貨を信用しているのかを表しています」という具合です。

第三のポイントは、じっとしていないこと。私がプレゼンするテーマでは、とりわけ扱うデータが多いですから、資料を配るようにしています。すると聞き手の顔は下を向きがちです。どうすれば顔を向けてもらえるか。そう考えて、マイクを持って場内を歩き回るようにしています。演台でじっとしていると聞き手の視線は固定されてしまいますが、場内を歩くと視線が動く。小さい会場では、大きなジェスチャーも交えます。体全体を使うことで、聞き手の関心を物理的に惹きつけるのです。

■「四次元の目」で話題を掘り下げる

そして、プレゼンにおいて何よりも重要なのは、自分の信念を話すこと。人間は信念を語るとき、自分の体からオーラが出ます。そのオーラでお客様の信頼を勝ち取るのです。自分なりのロジックを構築し、納得した内容を準備することができれば、よどみなく話すことは難しいことではありません。

自分なりのロジックを構築するには、世の中の変化に敏感になることです。私は書店に通ったり、テレビで国際ニュースを見たりして、金融や経済の動きを、歴史的な視野でとらえられるように意識しています。私はそれを「四次元の目で見る」と表現しています。

ある企業を見るとき、その企業を単独で見るのではなく、それが含まれるより大きな集合としてとらえることが大切です。企業には、それが属する業界があり、国と地域があり、さらにそれらを含む世界があります。その最大の集合である「世界」から、長い時間軸で日本、業界、企業を見ていくことで、将来を見通す目が養われるのです。なお、この手法については拙著で詳しく紹介しています。よろしければご覧ください。

準備でのポイントは、複数の結論を準備しておくこと。準備ができていれば心に余裕が生まれ、結論から話したくなります。もしプレゼンの項目が10個あれば、10個の結論を資料に書いておく。途中で話が脱線しても、結論がレジュメに書いてあれば、軌道修正がしやすい。同時に、だいたいの時間配分も想定しておきましょう。緊張すると、余計なことを話してしまい、最初の項目が長くなる。そうすると時間が足りず、慌ただしく終わることになります。これでは悪い印象だけが残ります。

私の場合、持ち時間が90分であれば、最初の10分間で「結論」を述べます。それから10分から20分まで世界経済の変化を語り、20分から40分ぐらいまでは旬のトピック、今ならアベノミクスの現状について話します。40分から50分ぐらいまではシェール革命とインフレ。50分から70分までは「フラット化する世界」の説明。そこから資産分散の話を10分。最後に日本の経常収支の話をして、ちょうど90分です。

■食事は抜いておき空腹で臨むべし

ただしプレゼンの成否は、その後の「Q&A」までわかりません。無事に話し終えても「Q&A」で手が挙がらなければ失敗です。海外では滅多にありませんが、日本では最初の一人の手が挙がらないことがある。20秒も沈黙が続くとしらけます。もし10秒たっても手が挙がらないときは、「先日の講演会でこのようなご質問があったのでお答えします」と短く話します。すると「呼び水」になって、会場から質問が出てきます。空気を操るのも大事なことです。

プレゼン前の体調管理も仕事の一環です。私は人前で話すときには朝食や昼食は食べないようにしています。人間は満腹になると油断します。反対に空腹であれば、神経が過敏になり、集中力が高まる。無理強いはしませんが、参考にしてください。

私はプレゼンに臨むとき、一人でも多くの人に笑顔で帰ってもらいたいと願っています。独りよがりに精緻なロジックを準備するのではなく、どうすれば聞き手に楽しんでもらえるかを考えます。聞き手からエネルギーをいただかなくては、いいプレゼンはできません。その方向さえ間違えなければ、自然といい内容になると思いますよ。

▼5人を「定点観測」して空気をつかむ

出席者のなかで「最大公約数」といえるタイプを5人程度決め、その人たちに向けて話す。(図1参照)

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⇒出席者が何人でも、つねに「1対1」のつもりで話せる!

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▼「演歌歌手」のように場内を歩き回る

演台に留まらず、マイクを持って場内を歩き回る。池上さんには「野村の新沼謙治」というニックネームも。(図2参照)

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⇒視線が動くことで、聞き手の顔が話し手に向く!

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▼英語で喋るように日本語で話す

【日本語】「話しました」 → (何となく)通じる
【英語】「spoke」 → Who spoke what to whom?(誰が、誰に、何を話したの?)と聞き返されてしまう

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⇒「私はAさんに日本経済の見通しについて話しました」主語と目的語が明確だと、聞き手の反応が見違える!

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野村ホールディングス シニア・コミュニケーションズ・オフィサー 池上浩一
1979年一橋大学社会学部卒業、野村証券入社。ロンドン大学に留学後、外国人投資家向けのアナリストに。2000年IR室長、06年7月から現職。著書に『これからの10年で成長するリーディング業界を予測するルール』。

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(野村ホールディングス シニア・コミュニケーションズ・オフィサー 池上浩一 構成=國貞文隆 撮影=永井 浩)