北アフリカの旧フランス植民地、モロッコのカサブランカ駅         (Photo:©Alt Invest Com)

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 前回の記事を掲載したあとに、ベルギーでIS(イスラム国)による同時テロが発生し、空港と地下鉄で30人以上が死亡する惨事となった。世界でもっとも安全なはずのヨーロッパでテロが頻発するようになった理由はさまざまだろうが、私の理解では、その深淵には長い植民地支配の歴史がある。

 近現代史をみれば明らかなように、日本は最後発の「帝国」で、最初の帝国主義戦争は1894年の日清戦争、朝鮮半島を植民地化したのは1910年だ。それに対してヨーロッパ列強がアフリカ、南北アメリカ大陸を侵略し、奴隷制で栄えたのは15世紀半ばの大航海時代からで、イギリスが東インド会社を設立してインドなどを次々と植民地化したのは1600年代だ。フランスのアルジェリア支配も1830年から1962年まで130年に及ぶ。日本とはその規模も影響力も桁ちがいなのだ。

 私見によれば、これが日本が中国・韓国などから過去の歴史の反省と謝罪を求められる一方で、欧米諸国が植民地時代の歴史を無視する理由になっている。日本の場合は謝罪や賠償が可能だが、ヨーロッパの植民地支配は現代世界の根幹に組み入れられており、いまさらどうしようもないのだ――イスラエルとパレスチナの対立はヨーロッパのユダヤ人差別と第二次大戦中の場当たり的なイギリスの外交政策が引き起こしたが、だからといって過去を「反省・謝罪」したところでまったく解決できないだろう。

 そのためヨーロッパでは、「植民地時代の過去」は日本とはまったく異なるかたちで現われる。

 前回は、2005年にフランス国民議会で与野党の圧倒的多数で可決された「(アルジェリアからの)引き揚げ者への国民の感謝と国民的支援に関する法(以下、引揚者法)」を紹介した。私たち日本人が驚愕するのは、この法律の第4条1項で、「大学などの研究において、とりわけ北アフリカにフランスが存在したことについてしかるべき位置を与える」と定め、さらに第2項で、(高校以下の)学校教育において「海外領土、なかでも北アフリカにフランスが存在したことの肯定的な役割」を認める、と明記したことだ。


[参考記事]
●日本とはまったくちがう歴史認識 フランスでは植民地支配は肯定的に評価する!?

 この第4条2項はその後、紆余曲折を経て廃止されることになるのだが、今回は平野千果子氏の『フランス植民地主義と歴史認識』(岩波書店)と、高山直也氏(国立国会図書館海外立法情報室)のレポート「フランスの植民地支配を肯定する法律とその第4条第2項の廃止について」に拠りながらその経緯を見てみたい。

2000年のアルジェリア大統領の訪仏が転機に

 フランスとアルジェリアの1世紀におよぶ支配と抵抗の複雑な歴史については前回述べたが、2005年引揚者法が制定される直接のきっかけになったのは2000年6月のブーテフリカ・アルジェリア大統領の訪仏だった。

 フランス国民議会での演説でブーテフリカ大統領は、フランスが植民地時代に行なってきたことに対する「悔悛」を求めた。またテレビ出演した際に、アルキ(アルジェリア戦争をフランス側で戦ったアルジェリア人。戦後、約5万人がフランスに逃れたとされる)をヴィシー政権時代のナチ協力者と同じ「対敵協力者(コラボ)」と断じ、彼らの里帰りを拒否した。

 アルジェリア大統領の訪仏に合わせるように、高級紙『ル・モンド』(2000年6月20日)の一面に、アルジェリア戦争中にフランス軍に逮捕・拷問されたというFLN(アルジェリア民族解放戦線)闘士の女性の証言が掲載された。その2日後、こんどは拷問を指揮したと名指しされた将軍が事実を認めるとともに、遺憾の意を表明する記事が掲載されるのだが、同日の別の紙面では、同じく名指しされたもう一人の将軍が告発の内容を全面的に否定し、「彼女には会ったこともないしこれは詐術にすぎない」と反論した。

 さらに翌日の紙面で、ポール・オサレスという別の将軍が、拷問に自ら手を下したことを認めたうえで、それを正当化した。オサレスは翌年、アルジェリア戦争を回顧した『特別任務』を刊行するのだが、「拷問でアルジェリア人から情報を得てテロを未然に阻止し、無実の人たちを救ったのであり、拷問は効率的で正当であった」と述べたのだ。この著作刊行後、オサレスは人権団体から「人道に対する罪」で提訴されている(オサレスはさらに、アルジェリア側についたフランス人の共産党活動家の拷問死に関与したとして訴えられた)。

 アルジェリア戦争を「汚い戦争」として見直すこうした動きに対し、ピエ・ノワール(黒い靴)と呼ばれるアルジェリアからの引揚者やアルキたちが反発し、それに右派・保守派の議員たちが呼応して、彼らの名誉を守るための法律制定が模索されるようになる。

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