欧州にやってきたシリア難民(Photo by Mstyslav Chernov)

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 パリ同時テロ事件からしばらく経ちましたが、ヨーロッパでのその衝撃は予想以上のものでした。テレビや新聞では今でも連日シリア爆撃に関する是非を問う議論が報道され、難民問題に関しては、受け入れ拒否の意見が徐々に強くなっています。

 夏ぐらいまではまだ、「人道的見地から受け入れるべきだ」という意見も強かったのですが、パリというヨーロッパの自由を象徴するような街の、最も文化的な地区であのような凄惨な事件が起きてしまったことは、大変なショックでした。

 私はパリ襲撃の報道を日本で見ていましたが、昼のワイドショーでも、夜のニュースでも、CSのマイナーなニュース番組でも気になったのが、過激派の生まれる背景に関する、大変表層的かつ他人事感覚な分析でした。

 私が見た限り、日本の多くのテレビ報道の分析を大まかに要約すると、事件容疑者がテロに加担したのは、移民一世や二世としてヨーロッパに育ち、普段から差別を受け、貧困に喘ぎ、社会から疎外感を感じていたからだ、そして、テロリストが生まれるのは、社会が差別をしたり、手を差し伸べないからだ、というものでした。

日本と比べ物にならないほど移民が社会進出している

 確かに、ヨーロッパにおいて移民への差別があるのは事実です。しかしながら、実際に住んでみると、フランスだけではなく、ドイツや、イギリス、オランダ、北欧諸国などは、日本と比べると人種や文化の多様化が進んでいるので、予想以上に異文化や異人種に対して寛容な社会なので、過激派になる理由を、差別や疎外感だけに求めるのは短絡的すぎないだろうか、と感じました。

 現にフランスやドイツ、イギリスの有名政治家に中には、有色人種だっていますし、ゲイがいても誰も驚きません。上場企業のトップが外国人ということもあります。また普段仕事をしていても、欧州の北部の方の大都市だと、多国籍化している組織が多いので、一体どこの国で働いているのか、よくわからなくなることさえあるほどです。

 大都市だと文化的にコスモポリタンです。パリには世界中から芸術家や文化人が集まり、ロンドンには世界中から金融業者や起業家が集まります。オランダには様々な多国籍企業が本社をおいています。フランクフルトやデュッセルドルフには、製造業や金融の企業が数多く集まります。

 このような欧州の都市ではイスラム教の人も数多く活躍していますし、そもそも欧州は日本よりも遥かに個人の資格やスキルで雇用する、という仕組みが発達しているところなので、本人にやる気があり、適切な訓練を受ければ、相応の収入を得ることは可能です。雇用や昇進に関して差別はありますが、しかし、日本と比較した場合、比べ物にならないレベルでオープンです。

 例えばイギリスだと金融街シティで本部長や幹部の中には外国人が大勢いますし、監査人やリスク管理者、ファンドマネージャのような専門職にイスラム教の人も大勢います。女性の場合はチャドルやヘジャブを被って仕事していても誰も何も言いません。そんな人は大勢いるからです。重要なのは仕事をするかしないかです。外国人に対する拒絶反応は日本のほうがよっぽど大きいです。

移民が欧州社会で求められる「同化」とは

 ただし、ヨーロッパのそういう都市では、地元のルールや決まりを守るのが「良き市民」の前提です。つまりある程度の「同化」が求められます。

 多様な人々が住むところなので、生活の前提となっているルールに違反をする人がいたら社会が回らなくなってしまいます。ですから、日本に比べると法律やコンプライアンスが重要になります。

 さらに、それらの国々は民主主義の国です。多様性や多文化を重視しますので、他人の文化に寛容であること、意見を聞くこと、平等や人権を尊重すること、女性や少数派の権利を守ることが、市民として受け入れられることの絶対条件社会の仕組みがそれらを前提として設計されています。

 従って、 社会の前提となるルールを否定する 集団や個人は問題視されてしまいますし、時には糾弾されることもあります。これは、サッカーや野球の試合に参加するのに、ルールを全く守らない人が怒られるのと同じです。

 ヨーロッパが民主主義ではなく、外国人に不寛容だったら、移民率が10〜12%にもなることはなかったでしょう。アメリカが14%ですから、ヨーロッパというのは実は思った以上に人種的に多様なところなのです。 ちなみに日本の場合はわずか1.9%です()。

日本メディアが喧伝する「疎外感」はテロの理由ではない

 私は東京でも働いてきましたが、東京では外国人政治家が閣僚になることはありませんし、上場企業の取締役や上級幹部は日本人男性で占められています。女性すら稀なのです。学校の先生や医師が外国人ということはまずありません。異なる文化の人が多くはないので、市役所や企業でも、従業員や利用者を、規則でガチガチに縛る必要がありません。殆どの人が同じ言葉を話し、暗黙知の文化を共有しているので、いちいちルール化する必要がないのです。こういう同質性は日本の強みでもあり弱みでもあります。

 都内でも郊外でも、外国人配偶者やハーフの子供と一緒にいると、道行く人がこちらをずっと眺めていたり、物珍しさから、店の人が異様に親切にしてくれることがあります。それは外国人がまだまだ珍しいからです。良い意味で田舎なのです。

 そういう田舎ですから、外国人が感じる疎外感は、ヨーロッパの大都市の比にはなりません。疎外感だけが過激派を生み出す、としたら、外国人がはるかに疎外感を感じる日本から、過激派が出てきたっておかしくありません。従って、ヨーロッパでは、移民やその二世三世としての疎外感以上の何かが、過激派を生み出しているとしか思えないのです。

 貧困に関しても同じで、フランスもイギリスもオランダもドイツも、貧困な人々はいます。ただし、貧困だから過激派になる、というのも短絡的な気がしました。

 貧困であっても、真面目に働いている人や、穏やかに暮らしている人、慎ましいけど楽しく暮らしている移民だって大勢いるのです。そして、生活保護は日本よりも遥かに受けやすいですし、片親家庭への補助だって悪くはありません。本当に困れば教会による支援もあります。収入がなくても楽しめる無料の公園、博物館、美術館も恵まれています。日本よりお金を使う場所がないので(店屋は日本よりも面白くありません)、私の感覚として、お金がなくて惨めに感じる場面は日本よりも少ない気がします。

 現に、イギリスやアメリカの政府や研究所は、かなり早い時点で、貧困層だけが過激派になるわけではない、と結論つけています。

 イギリスの諜報機関であるMI5の2011年の報告書によれば、イギリスでイスラム教過激派思想に染まる人の実に3分の2が中流階級出身であり、貧困と過激派思想の間には強い相関性がないとしています。

 この意見はアメリカのテロ研究者の間でも同じです。アメリカの有力シンクタンクであるランド研究所によれば、テロリストは貧困でも、教育レベルが低いわけでも、精神的な病にかかっているわけでもなく、比較的普通の背景出身であり、しかもテロリストのリーダーは裕福な家庭出身の場合が少なくないとしています()。

 ロンドン・キングズ・カレッジの「The Centre for the Study of Radicalisation」によれば、イギリスのジハーディストの殆どは、大卒の20代です。つまり、職能主義であり、資格主義のヨーロッパでは、差別や貧困とは最も縁の遠い人々なのです()。

銀行頭取の息子である実業家がテロを起こす理由

 例えば、2009年にアムステルダムからデトロイト行きの飛行機で、ブリーフの局部に隠した 爆弾の爆破未遂事件で終身刑を受けているナイジェリア人のAbdul Farouk Abdulmutallabはその典型でしょう。16人の子供の一人であり、父親はナイジェリアの銀行家兼事業家で、アフリカで最も裕福な人の一人に選ばれたこともあります。また、First Bank of Nigeria とナイジェリア連邦経済開発委員会トップを務めたこともあるという、ナイジェリアにおける大変有力な人物です。で、本人はUniversity College Londonというイギリスの有名大学の理系の学生でした。日本で例えるならば、都市銀行の頭取の息子である早稲田理工の学生が、航空機爆破未遂事件を起こしたような感覚です。

 アメリカ人ジャーナリストを誘拐したAhmed Omar Saeed Sheik はパキスタン系移民の子孫ですが、裕福な家庭出身です。Walthamstow にあるForest School()という私立の学校出身ですが、この学校はイングランドのクリケットチームのキャプテンが卒業生であるという名門校で、学費は年に300万円です。家族がパキスタンに引っ越した際には、一時的に現地の寄宿舎がある私立学校に通っています。帰国後ロンドンの名門大学であるLSEに入学し、統計学を専攻します。物価の高いイギリスで年に300万円も学費がかかる私学に子供を通わせるには、世帯年収が1000万円あるような家でも難しいのです。

 2007年にスコットランドのグラスゴー空港の自動車爆弾による爆破未遂で逮捕された容疑者5名はすべてが中の上の家庭出身であり、全員がイギリスの国立病院機構で勤務経験のある医師であったことが衝撃的でした。以下は逮捕された容疑者5名の背景です。

●Bilal Abdullah
イギリス生まれのイラク人。同年ロンドンでの爆破未遂事件の関与が疑われている。医師の息子であり、本人もイギリスの国立病院の糖尿病科で医師として患者の治療にあたる。
●Kafeel Ahmed
インド生まれのイスラム教徒でサウジアラビアで育った後にイギリスにやってくる。事件当時はAnglia Ruskin Universityで数値流体力学の博士号に取り組む。
●Mohammed Asha
サウジアラビア生まれのパレスチナ人。ヨルダンで育つ。ヨルダンでは天才児として超越した成績を残し、ヨルダン大学で医師免許取得。成績優秀だったため、イギリスのUniversity of Birminghamで神経医学を機会を得る。University Hospital of North Staffordshireなどの病院で神経医学の研究者として勤務し、イギリスのトップの神経医学者と働く。将来はイギリスを代表する神経医学者になると考えられていた。
●Sabeel Ahmed
インドで医師免許を取得し、さらに訓練を積むためにイギリスに渡航。Halton Hospitalなどで勤務する。Kafeel Ahmedの兄弟。
●Muhamed Haneef
インド出身のイスラム教徒。教師の両親の元で育ちインドで医師免許取得。オーストラリアの病院で勤務する。

テロの理由である「別の何か」を探る欧州社会

 パリの襲撃事件に関しても、実行犯が、本当に貧困や差別にあえいでいる弱者だったかどうかなのには、疑問がわきます。実行犯達はパリやベルギーの郊外に育ち、家族の結束は強く、特別裕福ではないながらも、特に貧困ではなく、バーで働いたり、スポーツカーに乗ったり、いたずらを楽しむ、その辺にいる若者達でした。スマートフォンやパソコンを使いこなし、あの複雑な襲撃計画を実行できる知能やコンピュータリタラシーがあったのです。極貧状態の人々であれば、十分な教育を受けていないので、スマートフォンやパソコンを使いこなすのは無理ですし、実行計画を理解することが不可能でしょう。定職についたり、自営業をやるのはもっと無理なはずです。

 日本ではあまり報道されませんが、イギリスやフランスで報道されるシリアに渡航するジハーディストや国内でテロに加担する過激派思想の人々の中には、比較的裕福な夫婦と子供、老年に差し掛かった女性、医師、エンジニア、救急隊員、大学生、元パンクロッカーの白人女性、自営業だった人など、様々な背景の人が含まれています。BBCの『Who are Britain’s jihadists?』()には、シリアに渡航したと思われるジハーディスト(過激派)の人々の写真とプロファイルが掲載されていますが、一人ひとりのプロフィールを読んでいくと、日本のメディアが強調する「欧州社会に阻害されてきた貧乏な有色人種の若者」とはかなり違うことがおわかりになるでしょう。

 ジハーディストの一人であるイギリスのAbu MuhadjarはBBCのに対して以下のように答えています。

「自分は大卒であり、イギリスの裕福な地域で育ち、家族関係は密接だった。家族全員は大卒で、自分は中流階級だと思う。家族は自分がここにいることは知らない」

 シリアに渡航してジハードに参加した理由に関しては「まずはじめの理由は宗教的理由。ムスリム同胞を守り、ムスリムの土地と血を守る。二番目は人道的理由であり、戦いは援助活動だと考えている」と述べています。

 私は時々パリに遊びに行きますが、パリ襲撃で攻撃された10区と11区というのは、気に入ってる地区なのでとてもショックを受けています。10区は西側に比べてホテルが安い上、お手頃な食堂も多いのでとても気に入っている地区です。ターミナル駅も近いため交通も便利ですし、小さな商店や屋台があり、ちょっと下町的感覚です。自分的には下北沢や中野のような感覚なのです。11区にはお洒落なバーや若い人が集まる本屋、アクセサリー屋があったりします。お手頃なカフェやクレープ屋さんもあります。夜この辺りをバスで通るのが好きでした。気取った感じとは無縁の居心地の良い地域です。

 どちらの地区も、様々な文化や人種が混ざり合い、音楽が流れ、人々は買い物やお酒を楽しむ、という、どちからというと気軽な歓楽街という感じのところです。そういうところが襲われてしまった。

 こういう地域をターゲットにした理由は、フランスやヨーロッパに対する疎外感や自らの貧困に対する不満という単純なものではない気がするのです。世俗的な生活に対する反感、人生を楽しむ人達への天誅、自分達の信条に合わない人々を抹殺したいという欲求。

 そういったものが襲撃の背景にあるのではないかと考えています。

 日本でもオウム真理教や日本赤軍などのテロリスト集団や、過激派活動に関わってきた人々の中には、高学歴の人や裕福な家庭出身の人も少なくありませんでしたし、医師や科学者さえいました。彼らの動機は差別や貧困の打開ではなく「別の何か」でした。現在世界に広がる過激派思想は、そういう「別の何か」に牽引されており、魅了された人々が現世の生活を捨ていることに注目する必要があるように思います。従って、原理主義の拡大を、ヨーロッパにおける貧困格差や差別だけに追い求める日本のメディアの分析は浅すぎるという他ありません。

著者プロフィール

コンサルタント兼著述家

May_Roma

神奈川県生まれ。コンサルタント兼著述家。公認システム監査人(CISA) 。米国大学院で情報管理学修士、国際関係論修士取得後、ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連専門機関、外資系金融会社を経てロンドン在住。日米伊英在住経験。ツイッター@May_Romaでの舌鋒鋭いつぶやきにファン多数。著作に『ノマドと社畜』(朝日出版社)、『日本が世界一貧しい国である件について』(祥伝社)、『添削! 日本人英語 ―世界で通用する英文スタイルへ』(朝日出版社)など。最新刊『日本人の働き方の9割がヤバい件について』(PHP研究所)が好評発売中!

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