『唐揚げのすべて うんちく・レシピ・美味しい店』(安久鉄兵著、中公新書ラクレ)

写真拡大

食卓で、居酒屋で、弁当で……唐揚げは、今や国民食と言っても過言ではない。コンビニではレジ脇に置かれ、主力商品としてその存在をアピールしているし、街を歩けば専門店も散見され、店先には、揚げたてをおいしそうに頬張る「家まで我慢できない」組が唇をテラテラと光らせている。

今回紹介する『唐揚げのすべて うんちく・レシピ・美味しい店』は、まさに人生のすべてを唐揚げに捧げている著者(「日本唐揚げ協会」会長)が、その歴史から美味しさに至るまで徹底的に論じた1冊だ。普段は何も考えず、本能の赴くままムシャムシャと齧りついているだけだったが、たまにはその口と手を拭って、唐揚げの来歴や魅力について思いを巡らしてみるのも一興ではないだろうか。

さて、そもそも唐揚げは、なぜここまでポピュラリティを獲得するに至ったのか? その要因を、著者の安久鉄兵は、私たちの食の形態・シーンをそれぞれ3つの形態に分けて、こう説明する。

唐揚げは、飲食の3形態(外食・中食・内食)、シーンの3形態(おやつ・つまみ・おかず)、いずれにもマッチする。つまり、私たちの食のスタイル網羅していることが、人気の秘密だというわけです。

これは、老若男女問わず人気の高い料理をいくつか挙げてみれば、より分かりやすい。

例えば、ハンバーグ。ファミレスの看板メニューの1つであり、冷凍食品も充実しているから弁当のおかずとしてもポピュラーな料理だ。飲食の3形態(外食・中食・内食)はどれもクリアしている。しかし、シーンの3形態(おやつ・つまみ・おかず)となると、唐揚げのようにはいかない。ハンバーグをおやつに食べるという話はまず聞かないし、居酒屋で出される挽肉料理といえば“つくね”と相場が決まっている。パスタも、餃子も、カレーも、飲食の3形態から見ると合格だが、総じてシーンの3形態では何かしら欠けてしまう。まず、この万能性が、唐揚げの大きな特徴であり強みだと言えるだろう。

とはいえ、唐揚げも最初から現在の地位を手にしていたわけではない。第2章「70年代、じつは唐揚げ革命が起こっていた」では、タイトル通り、70年代付近を大きなターニングポイントとして捉え、その歴史を紐解いている。ルーツの探索などはじっさいに本に当たっていただくとして、ここでは「70年代前後に何があったか」に話を絞ろう。

まず、国民食となるには、値段が手頃になることが必須である。だが、今では財布に優しい肉の代表である鶏肉も、かつては高級食材であり、めったに食べられるものではなかったという。

(前略)まだアメリカ軍の占領下にあった昭和25年(1950年)、鶏肉の小売価格(東京)は400グラム155円でした。牛肉は128円です。(中略)ところが、昭和45年(1970年)には、鶏肉400グラム306円80銭、牛肉548円で、牛肉のほうが高くなりました。以降、この差はどんどん開き、昭和60年(1985年)には、鶏肉400グラム460円、牛肉1404円と、牛肉は鶏肉の約3倍の値段になっています。

こうした逆転現象が起こったのは、鶏肉の生産コストが下がり、生産量が増えたから。そして、そのきっかけとなったのが「ブロイラー」である。

ブロイラーは、徹底的に合理化された鶏舎で、大量のヒヨコを短期間で飼育する生産方法およびそうして飼育された品種のこと。本書によれば、1880年頃アメリカで始まり、第二次世界大戦後に鶏種の改良や病気の予防、飼料の研究が進み、一大産業となった。そして、その生産方法は世界に広がり、日本でも昭和28年(1953年)頃から導入され、飛躍的に生産量を伸ばしていくことになる。

過去には、マンガ『美味しんぼ』などで批判の対象になったりしたこともあるブロイラーだが、この生産方法なくして唐揚げに今の地位はない。さらに、「日清から揚げ粉」の発売(1974年)、ファミレスの誕生(「すかいらーく」1号店のオープン・1970年)を契機とした外食の浸透、弁当チェーン「ほっかほっか亭」(1976創業)によって生まれた食形態「中食」などが追い風となり、唐揚げは、私たちの食生活において欠かせないものになっていく──。

こうした唐揚げ史を読んでいるだけでも面白いわけだが、タイトルに「すべて」と冠するだけあり、話題は多岐に渡る。「ご当地グルメと町おこし」「コンビニにおけるフライドチキン競争」といったビジネス方面や、美味しい唐揚げの作り方、果ては「美味しく唐揚げを食べ続けるために」と健康問題にまでアプローチするに至っては、思わず笑ってしまった。だって、唐揚げ本を読んでいて、「体が臭くならないように、体重が増えないように、腸の働きを高める酵素ドリンクを飲むのです」なんて文章に出くわすとは思っていないではないか。

兎角、唐揚げが食べたくなる本である。じつは、この『唐揚げのすべて』読んだのは1ヶ月ほど前のことなのだが、その効果は絶大で、以来街を歩いていても唐揚げが気になって仕方がない。完全に植え付けられた格好だ。来たる夏に備え、腹回りをどうにかしなければならない時期なのだが、あのカリ! ジュワ! が脳裏に浮かぶと、もうねぇ……。
(辻本力)