7月28日、東京都八王子消防署・浅川出張所前でバイクにまたがる須藤努隊員(左)と甘中誠隊員。甘中隊員が着用しているのは冬季用の革製つなぎ。(撮影:佐藤学)

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はしご車や消防化学車といった消防車両やハイパーレスキュー隊のような救助隊に比べ、地味ながら重要な任務を遂行する車両部隊が東京消防庁にいる。救急車や消防車両では容易に近づけない場所での事故や災害時の人命救助、林野火災などでの情報収集に機動力を発揮する消防活動二輪部隊、通称「クイックアタッカー隊」と呼ばれる部隊がそれだ。

 オフロードバイク2台と水槽付きポンプ車1台の組み合わせで編成されるこの二輪部隊は現在、都内9つの方面の消防署10カ所に配置され、約60人の隊員が3交代勤務で任務に当たっている。二輪部隊の出動は、隊員の安全を確保するために、原則的に雨天を除く日の出から日没までの時間帯で、出動命令がない時は、一般の消防隊員と同様の任務をこなす。オートバイ好きの若い消防隊員の間で人気が高い二輪部隊だが、厳しい学科試験と約3週間にわたる実技研修というハードルをクリアして初めて選抜される。隊員には、強靭な体力だけでなく、的確な判断力と人命救助のための基礎的医療知識などが要求されるからだ。

 都心から西に約50キロメートル、関東山地を背にする八王子市の外れにある八王子消防署・浅川出張所に、9人の隊員が勤務する。同出張所二輪部隊の守備範囲に、標高599メートルの高尾山がある。東京近郊のこの山には8つの登山コースがあり、どのコースも、1時間半から2時間程度の行程であることから、子どもからお年寄りまで、年間約200万人の登山客が訪れる。

 同出張所二輪部隊の重要な任務の一つに、この高尾山を始めとする山地での救命救助作業がある。急性心筋梗塞を起こした登山客救助のケースがその一つ。同出張所から救急車で出動、車の入れない現場まで救助・医療器材など約30キロの荷物を背負って歩くとなると、1時間半近くを要する。そんな状況下、隊員はオフロードバイクで登れる限界まで走行、そこから先は機器材を背負って走った。現場到着までに要した時間は15分ほどだったという。応急処置を施して山岳救急隊に連絡、ヘリと救急車によるリレーで八王子市内にある病院に搬送した結果、登山者は一命を取り留めた。

 同出張所が1年間に消火作業に当たる林野火災は平均8回。発生場所、時間、発生時の気象条件などによって、同出張所の二輪部隊に出動命令が下る。2005年に二輪部隊が出動したのは林野火災は2回で、この2度の火災で約5万3000平方メートルが焼失した。そのうち1回は、24時間連続して消火活動に当たった程の大規模火災で、出動した隊員はどの地域に火が回り、どの方面へどのくらいの速度で向かっているかなどの詳細な情報を本隊に連絡し、消火作戦に貢献した。

 浅川出張所の山饒覇(やまのは)兼治所長は「平地であればたいしたことのない距離でも、山中になると走行可能な道が限られており、二輪部隊でさえ近寄れない場所もある」と話す。そうした条件下でも活動できるように、隊員は月に1、2回、地形を熟知することも含めた警防調査を行い、山火事における火の方向や道に迷った登山者の居場所を探り当てる“直感”を磨き上げるという。「上空のヘリからでは、煙などで情報収集に限りがあります。隊員が現場に接近して、『人間の目』で確認するということがとても大切です」と山饒覇所長は、現場の隊員からの“生の情報”の重要性を強調。

 1995年1月17日の阪神・淡路大震災で、救援物資を配送する二輪部隊の活動を見て、東京消防庁のクイックアタッカー隊員になった甘中誠隊員(31)は、任務について「隊員は助けを求めているケガ人や急患者と最初に接触します。救助を待つ人に安心感を与えられた時に、隊員としての誇りとやりがいを感じます」と誇らしげに語る。

 二輪部隊員は、広報活動の一環で訪問する幼稚園や小学校では、子どもたちの人気の的だ。須藤努隊員(38)は「『どうしたら、隊員になれますか?』なんて質問を受けますよ」と笑いながら話す。「いざ、出動」という時のために、出勤日・休日を問わず、常に体力・知力のトレーニングを欠かさない隊員たち。一見、通常の消防活動とは縁がなさそうに見える二輪部隊だが、一般の人の目に触れないところで、地道ではあるが重要な活動を続けている。【了】

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