写真中央は、柏レイソルのGK菅野孝憲 (撮影:小川和行/フォート・キシモト)

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■狙い通りに試合を運んだ柏

柏は狙い通りに試合を運んだ。しかし振り返れば、決勝戦の90分間だけでなく、それ以前からの周到な準備があったからこその勝利だということが分かる。

このナビスコカップ決勝を含め、柏は“3バック5連戦”にあった。天皇杯3回戦岡山戦、J1第29節甲府戦、J1第30節浦和戦、ナビスコカップ決勝浦和戦、J1第31節広島戦だ。

そのためネルシーニョ監督は、すでに天皇杯の時点で「同じシステムの相手との連戦が続くので、先のことも考えながら、このシステムで経験を積んでいく」と明言している。

岡山戦、甲府戦と連勝を挙げ、攻撃面では課題こそ残ったが、守備に関しては安定感が戻った柏。ただ、浦和のシステムは独特である。そこで鍵になったのが、ナビスコカップ決勝の前哨戦となった第30節の浦和戦だった。「目の前の試合に勝ちに行く」というスタンスを持つネルシーニョ監督のこと、手の内を隠すために“捨てゲーム”という位置付けをしたとは思えない。

だが、優先順位から考えれば、ナビスコカップのタイトルを取るために、リーグ戦は勝ちにはいくが、それでも“決勝戦を見据えたテスト”という意味合いは相当強かったのではないかと見ている。例えば、浦和を仮想した紅白戦を行っても、または練習試合を組んでも、結局は“仮想”であって、それは浦和ではない。したがって決勝戦の目前に“本物”の浦和と試合を行えることは、またとないチャンスだ。現時点で自分たちの3バックがどの程度浦和相手にハマるのか、そしてどのような課題が出るのか。それを肌で感じ、捻出させ、決勝戦までの練習で完成形に仕上げていく。

■森脇のサイドが柏の狙い目となった

リーグ戦の対戦は、立ち上がりに2失点を喫した柏が1-2で敗れた。あの序盤の2失点は、柏が浦和の2シャドーを捕まえ切れずに喫したものであり、その2シャドーのマーキングもさることながら、「前からどれだけ勇気を持って捕まえに行けるか」と栗澤僚一が話していたように、柏が前線からパスの出どころとなる浦和の3バックにプレスを仕掛け、相手をけん制するところから始まり、そこからそれぞれがマークをつかみ、ズレを生じさせないことが大事だと知る。

どの位置でマークするか、どのゾーンに入ったら受け渡していくか、その守備の取り決め・約束事が第30節の浦和戦で明確にできたことは非常に大きかった。前から捕まえられれば、ダブルボランチと3バックは、浦和の2シャドーの受け渡しに専念できる。ネルシーニョ監督の「敗れたが収穫は多かった」との言葉は、今になって思えば虚勢や撹乱の意味を込めたものではなかった。事実、決勝戦ではそれぞれがマークをはめに行き、浦和の前線3枚に良い形でボールを受けさせる形を作らせていない。柏の守備は、完全に浦和をはめ込んだのである。

そして柏が決勝戦でワンチャンスを生かしたゴールシーン、あれもまた、「狙い通りの形」だった。

浦和の3バックは那須大亮、槙野智章、森脇良太が組む。“空中戦”という部分では、那須と槙野は強さを発揮するが、森脇は制空権を取れる選手ではない。しかも森脇は攻撃的で、頻繁に上がっていくため、柏から見た左サイドにはスペースが生じやすく、右サイドからファーへのクロスが入った時に、カバーに入る選手がいないことが目立つ。そこは狙い目だった。

ただ、柏の2シャドーの左はレアンドロ・ドミンゲス。彼は空中戦に強い選手ではない。そこでネルシーニョ監督は、工藤壮人に「流れの中でレアンドロとポジションチェンジをしてもいい」との指示を送っていた。流れの中で工藤が左に入る、またはクレオが左に流れたケースには、右サイドから対角線状のクロスでファーサイドのスペースを突く。決勝のゴールシーンは、まさしく森脇が上がり、ゴール前左にはスペースがぽっかりと空いていた。

代わりに平川忠亮が降りてクレオを見ていたが、工藤もクレオも、藤田のクロスが入る瞬間に一度ニアへ動いてマーカーを食い付かせて、一気に誰もいないファーのスペースに入っている。入念なスカウティングから導き出した浦和のウィークポイントと、そこ突く一撃必殺のプレー。藤田が膝を負傷し、「あのボールしか蹴れなかった」と、文字通り“怪我の功名”があったにせよ、決勝の舞台で狙っていた形を成功させてしまうところに、柏の勝負強さが感じられる。

■1点のリードを守り切り、シナリオを完遂

リードを奪えば、あとはどう逃げ切るかだ。ブロックを作って虎の子の1点を守り切る、とは言っても容易に試合を進められるわけではない。ともすればラインが下がり過ぎ、ハーフコートゲームばりに押し込まれる危険性が発生する。

こうなると効いてくるのがレアンドロ・ドミンゲスの存在だ。個の能力に長け、一発のあるレアンドロがいることで、柏の攻撃は縦に速くなり、そこにキープ力の高いクレオ、決定力のある工藤を絡めれば、少ない人数でもカウンターで押し返せる。実際に後半の柏は狙い通り何度もカウンターを発動し、チャンスの数では浦和を上回っていた。柏のカウンターが多くなり、浦和が自陣の深い位置でファウルを犯せば、今度はジョルジ・ワグネルの“左足”という飛び道具が威力を発揮する。

終盤、カウンターやセットプレーでチャンスを得た柏。フィニッシュの部分で質の高さを発揮していれば、おそらく追加点を挙げて試合を終わらせることができていたはずだった。それができなかったため、浦和のモチベーションを最後まで削ぎ落せなかったが、それでも数多くの局面を紐解いてみると、まるでネルシーニョ監督の策略通りに試合が進んでいったように思えてしまう。

「選手との信頼関係、選手とリスペクトの関係があれば、選手はミッションを実行してくれます」

また新たにタイトルを手にした智将は、優勝後の会見でそう言い、自らの描いたシナリオを遂行した選手たちを称賛した。

■著者プロフィール
鈴木潤
国内育成年代から海外サッカーまで取材するフリーランスのサッカーライター。サッカーマガジン、サッカーダイジェストの専門誌をはじめ、スポーツナビ、Footballista、サッカー批評などに寄稿中。