ムハンマド・ヤシン・アラム・ペレスだとされるISの動画に登場したスペイン語話者

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 8月23日夜、イスラム国が常に使っているチャンネルにて「バルセロナ征服」というタイトルで2分57秒の動画が公開された。バルセロナで連続テロ事件が1週間前に起きた後だけに、この動画についてスペインの各紙が翌日24日、一斉に取り上げた。

 彼らの動画ではいつもスペイン語は画面の字幕に現れるが、今回はその一部で初めてスペイン語で喋っている人物が映った場面が登場した。画面にスペイン語で喋っていたのは二人の人物だ。一人はアラブのアクセントのある人物で、彼のスペイン語は幾分理解し難い。もう一人はアブ・ライス・アル・クルドゥビと画面で紹介されたが、スペインの諜報機関は彼がムハンマド・ヤシン・アラム・ペレスであると明らかにした。

◆ISの動画に登場した男の母親

 ムハンマド・ヤシン・アラム・ペレスについて、スペインで大きな関心を呼んでいる。

 彼の母親トマサ・ペレス(41歳)はマラガ出身のスペイン人で、幼少時はコルドバ県の小さな町で生活していた。18歳でモロッコ人のテロリストと付き合い始めてから彼女の人柄は一変し、通学も放棄。19歳で長男が生まれてからは住居は定まることなく、コルドバ市郊外のアルコレアでの生活から始まって、バルセロナ、スウェーデン、モロッコ、セウタ(アフリカ北端のスペイン統治領)と移り住んだ。2011年にモロッコで彼女の夫、アブデラ・アラムが爆薬物の所持や麻薬組織の資金操作などをしていたとして10年の禁固刑の判決を受けて収監。それがまた切っ掛けとなって彼女はモロッコを出て、トルコ経由で4人の子供(男子3人と女子1人)を連れてシリアに向かったのである。シリアには既に上の子二人がイスラム国に参加していたという。

 彼女に纏わる経緯が公然となっていたのは2014年にスペイン紙『El Mundo』が彼女のことをクロニカ(年譜)として取り上げたからであった。スペインでは彼女は「カリフのスペイン女性」と呼ばれいる。このクロニカの中で記述されているが、彼女の両親は彼女の夫から<「娘とはもう二度と会うことはないだろう」>と言われたという。

 彼女の両親は、6人の孫がいることは勿論知らされていないし、シリアまで行く旅費をどのように工面したのか疑問に思っているという。(参照:「El Mundo」)

 今回、イスラム国の動画でスペイン語を喋っているムハンマド・ヤシン・アラム・ペレスは彼女の長男なのである。彼と、アラブ訛の強いスペイン語の男の2人は、次のようなことを言っている。

「イスラム国に移住することが出来ないならば、ジハードには国境はない。どこにいてもジハードに成れる」「アラーはそのようにするあなた達を喜ぶ」

「あなた達との我々の戦いは地の果てまで続く」「キリスト教の連合(米国主導の国際連合)から出なさい。そうでないと、我々はあなた達を安心させることはない」

「キリスト教徒のスペイン人達よ、ムスリムの血をばら撒いたことを忘れるな」「あなた達の殺戮、イスラム国に対して実行していることだ。それに我々は復讐するのだ」「アラーの神の許しを得て、アル・アンダルスは過去にそうであったように戻す」「そこはカリフの地だった」(参照:「El Confidencial」)

◆今もなお「テロ警戒レベル4」

 スペインは現在も「テロ警戒レベル4」を維持している。

 しかし、今回のバルセロナとカンブリルスの連続テロの解明で、テロ対策においてミスがあったこともその後の調査で解明されている。

 例えば、16日未明にアルカナルで起きた爆破事件で、カタルーニャ自治警察が素直に治安機動隊のテロ専門特殊班の調査を受け入れていれば、即座にそれがテロと関係しているというのが判断されたであろうと言われている。自治警察は爆破の現場検証を許可した判事の同伴のもとに現場に立ち合わた際に、判事は麻薬に関係した爆破とは思えないと言ったことに対して、そこに居合わせた自治警官は「それは想像し過ぎだ」と答えたという。あの時点で、自治警察はその爆破がテロと関係しているとは推察しなかったのである。彼らが爆破がテロと関係していると判断していれば、即座にその場で死体となっていた導師の身元を確認して彼が危険人物であったということも判明していたはず。そこから、導師に師事していた今回の実行犯などの割り出しも出来ていたはずであった。