『風俗で働いたら人生変わったwww』水嶋かおりん/コア新書

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最近増えている風俗業界の本。その中でも、当事者が業界のことを理路整然と書き出した「風俗で働いたら人生変わったwww」はバイアスがかかっていなくて、冷静にその世界のことがわかる良書だ。風俗従事者を不幸な観点で見ることなく、生きる知恵に長けた者として書いてあり、それは、誰もが自分と置き換えて考えることもできる。
特に、水嶋のクレバーさや人間性を感じたのは、ストーカー対策の項目。ストーカーになりそうな客の扱い方の詳細は本を読んでいただくとして、人を追いかける気持ちが行き過ぎることを、彼女は本のなかで断罪しない。人間は多面体であって、良いことも悪いことも等価であることをわかっているからだろう。彼女は追いかける人のエネルギーを転換させるのだ。
性を通して人間と触れ合いながら自分の人格を高めていく著者の水嶋かおりんにインタビューした後編です。
前編はコチラ

──「風俗で働いたら人生変わったwww」は、文章がしっかり書いてあって読みやすかったです。個人の感情によってないのも入りやすい理由でした。
水嶋「それはお客さんの影響かもしれません。私が得意にしているお客さんの中には、わりとものごとを小難しく考えたがる方が多いんですね。私、インテリちゃん落とすのがすごく好きなので(笑)」
──ハハハ、そうなんですねー。
水嶋「言葉遊びして楽しみたいんですよ。銀座のホステスさんなんかでもお客さんからの支持が高い方というのは、言葉遊びができたり情緒が分かったり、お客さんをお客さんの見たい世界へと誘うことができるような方なんですよね。風俗にもそういうところはあって。この嬢とだったらピロートークが楽しめる、みたいなこととかが意外と重要。お客さんのカラダをいじりながらウパニシャッド哲学について語るみたいな。ハハハ。もう、意味分からないですよね。フハハハ。」
──ハハハ、たまたまそういうインテリ系のお客さんがよくいらっしゃるようになって、深めていこうと思われたのか、もともと水嶋さんにそういう資質があったから、インテリ系のお客さんがくるようになったのか?
水嶋「どっちかな? どっちもかなあ? 私は、他人はすべて教科書だと思っていて、その人の脳みその中を知って、その面白いところを全部頭に入れさせていただきたいんです。それこそ、一冊の本を読むよりもひとりのお客さんと60分向き合ったほうが学びが多いと思います。そこで学んだことが、次に出会うお客さんとの接客にも活かされて、と、学びが私を通してお客様とお客様の間をグルグル循環していくような感じですね(笑)」
──10代のとき、どんな本を読んでいましたか?
水嶋「10代のときは、本は読んでなくて、雑誌ばっかりでした。雑誌は『装苑』などのファッション雑誌、『メンズノンノ』『ポパイ』などのメンズ雑誌。男の子が好きなものを知っていたほうが男の子と会話できますから」
──10代から風俗のお仕事されていたんですよね。
水嶋「もともと男の世界が好きなんです.車、釣り、料理、音楽など多岐にわたる雑誌を読んで情報収集しました。読書らしい読書は20代からですね。ただ、それも趣味的な視点というよりは実用的な視点によるもので、例えば北沢拓也さんの官能小説で言葉責めを覚えたり、と学習的な意味合いが強かったです。あるいは『プレジデント』や日経新聞などを読んでいるのも、接客上の要請から。22、3歳の女子が日経読んで、うしろの『私の履歴書』がどうだったとか言うと、おじちゃんたち大喜びなんで。ハハハハハハ。私の読書は全部ネタ探しですねえ。あと、20歳のときに太宰治の『人間失格』を読んで、こんなひどい人がいるなら、私はまだマシって思いました(笑)。恵まれた環境に生まれ育っていながら、こんなくさくさして女々しくて、人を巻き添えにして心中した結果、相手は死んでしまったのに自分だけ生き残るとは、なんてひどい人なんだと。この主人公に比べたら、私なんか全然マシ、人間合格レベルだと思っていました。太宰読んで元気になったって話をメンヘラちゃんに言うと、『わかるー』って共感されますね(笑)」
──お仕事している合間に、読書しているんですか?
水嶋「お店の待機中ですね。『プレジデント』と新聞を買って、お店に出勤して、合間に読んでいました。仕事が終わったら、コンビニに行って、ファッション誌からカルチャー誌、エロ本まで、とにかく立ち読みして、ネタを仕入れて。こういうことを毎日繰り返していましたね。『マンキュー経済学』や「マネジメント」といった、意識高い系の方が喜ぶようなものも読むようにしました。やっぱり経営やマネージメントをやりたい人たちって、その観点でものを会話できる人に対して心を開く気がします。まずは、その人格を成す土台を知り、そこから、お客さんの言動の根拠を解釈した上で、どういう関係性を作っていったらいいか考える。反対に、堅さばかりでは野暮になりかねませんから、『楽しい』『美味しい』『嬉しい』などの感情的な形容詞を使うと柔らかさも表現できて、関係性をより深めていけるかもしれませんね」
──ベースに紙媒体があるんですね。ネット世代だと御著書のような文体にはならない気がしました。今回の本の前に「私は風俗嬢講師」を出したときは、どういうきっかけだったんですか?
水嶋「あれを出したのは、梁石日さんの『闇の子供たち』という本が映画化されたとき、タイで上映が中止になったんですよ。それについての是非を問うトークイベントが阿佐ケ谷ロフトであって、そのあとの打ち上げに誘われて出席したのが、担当編集さんとの出会いでした。自己紹介する機会があって、自分は処女の喪失がレイプだったんだけど、行為後に5000円というお金を差し出されて、自分にはじめてついた値段が5000円という安価だったことに感慨深いものがあり、この映画を見てて気持ちがぎゅうぎゅうしました、みたいなことを話したんです。そうしたらそこに同席していた編集さんが、興味をもってくださって」
──書くのは苦じゃなかった?
水嶋「昔から文章を書くのは好きでした。小学校のときに書いた作文が新聞に載って、特別賞をもらったこともありました」
──だからこそ、風俗の仕事でもいろいろな物語を作り出すことができるんでしょうね。最初からこういうきっちり文体なんですか?
水嶋「いえ、はじめのエッセイはゆるい文体で、今回のも、最初はもっとゆるい文体で書いていたんです。でも、締め切り間際になって文体に違和感を感じ始めて。なんていうか、風俗嬢のイメージを更新するために書いている本のはずなのに、こんな柔らかい文体では従来のイメージに追従しているだけなんじゃないか、と。内容だけではなく、パフォーマティブなレベルにおいてもイメージを壊したかった。だから、あえて堅い文体に変えることにしたんです」
──自分で自分の文体にダメ出しをした?
水嶋「実は文体変えを最初に提案したのは編集さんだったんです。編集さんも私と同じ違和感を感じていたみたいで。いずれにせよ、ギリギリでの方向転換だったので、お正月返上で、パソコンに向かっていました。干涸びながら(笑)」
──でも、その提案をちゃんと引き受けたところが立派です。
水嶋「いえいえ。私はプロの物書きじゃありませんから、編集さんの才覚に任せたほうがこの場合いいんじゃないかって思って。コアマガジンさんは、元々エロ本を多く出してる出版社さんで、お互いに性産業のことはポジティブに捉えていて、また性産業に対する偏見や誤解についても十分に知悉してる。だからこそ、間口は絶対に広くしておこうってことで合意して」
──しっかりした文体の中に、ときどき、(凡庸)とか(余談)とかツッコんでいて。
水嶋「自虐な(笑)」
──そこが面白かったです。
水嶋「ありがとうございます」
──引き出しがたくさんおありなので小説は書かないんですか?
水嶋「それは大変ですよね。私が理想とするのは、自分の体験や発言が、いろんな人たちの創作素材になっていくことです。それこそ、昔の吉原は文化発信していたわけで。風俗という場が、有象無象が集まって何かわいわいがやがやしていて楽しそうみたいな場所になるといいなと思っているんです」
──風俗業界のジャンヌ・ダルクのようですね。
水嶋「ジャンヌ・ダルク? アハハ。いや、単純に利用してほしいですよね。利用されるって言うとネガティブに聞こえるかもしれませんが、自分に利用価値がなければ、利用すらされないわけで。私の利用価値をみなさんでどんどん高めてほしいです(笑)」
──ジャンヌ・ダルクじゃないか、幸福の王子みたいなことに。
水嶋「ハハハ」
──生い立ちを読むと悲劇的ですが、それを払拭されてここまでに。
水嶋「いま、生きづらい人が多いじゃないですか。その上で生きづらさの原因である社会を変えようとすることも大事だけど、個々人がレジリエンス、つまり逆境力をもってしまったほうが楽だよみたいにも思うんです。しょうがないじゃん、やるしかないじゃんというとこに自分を持ち込むくらいでしか、たぶんこの状況は突破できないんじゃないかなと思います」
──この間、「なぜ『地雷専門店』は成功したのか?」(地雷嬢を売りにした風俗店・鴬谷デッドボールの成功方法を書いた本)も読んで、すごく面白かったんですよ。水嶋さん、そこの総監督さん(経営者)とイベントしていましたよね。
水嶋「あの本、読んだんですねー。良かったら、今度一緒に行きましょう(笑)」
──ぜひぜひ(笑・行くって何をしに!?)。あのお店も、本来、お金にならなそうな女性をお金化というか社会化させているでしょう。
水嶋「そうそうそう」
──デッドボールの本と水嶋さんの本は、風俗に関わってない人が読んでも参考になります。ふだんの生活にも勇気がもらえる言葉満載です。
水嶋「そうです。この2冊を読めば、とりあえず、風俗の上と下が全部わかるみたいな(笑)」
──こうじゃないとダメっていうことが社会に多いじゃないですか。そこから外れるとなしみたいになるけど、どんな人でもありっていうか、水嶋さんやデッドボールさんが作る場は、当事者でない私が言うとなんですが、オアシス的な感じがします。
水嶋「オアシスがありますね、楽園が。少なくともデッドボールさんには、多様性を許容するだけの懐の深さがある。是非、他のお店さんも見習って欲しいところです」
──携わっている人を、外野が悲しい人として捉えるものではない。
水嶋「人は多面体なので、悲しいところ、面白いところ、うれしいところ、すごいところと、いろいろな面があるんです。みんなそうですよ。ふつうの仕事されている方も悲しいことがありますよね。入稿ギリギリでノーが出て、悲しいみたいな(笑)」
──なぜか風俗の世界の人に対して、外野が上目線でつい語りがちですけど。
水嶋「自分より可哀想な人がいるってことは、人にとって快感なんですよ。風俗の世界に、“自分たちの方がまだましだ”というファンタジーを求めているんですよね。先ほど話に出た、貧困ドキュメンタリーを作ったNHKさんをはじめ、真面目なメディアさんも、そういう切り口でしか語れない。実際、テレビ局の方がセックスサミットにいらしたとき、”なんでこう悲しみのベラドンナみたいな切り口になってしまうのか? そうじゃなくてもっとポップカルチャーとしての目線で取材できないのか?”ということを聞いてみたら、やっぱりそういうふうにはいかないのだと言っていましたから」
──コンビニで低収入の女性が結果風俗に行き着きました、というふうにしか描けないわけですね。
水嶋「偏ってますよね。この本がそうした偏向を緩和する一助になれば幸いです。変な話、風俗嬢を好きになってくれなくても構わないんですよ。ただ、たとえ嫌いなのだとしても、私たちはここに存在し、また存在し続けていくわけですから、嫌い合いながらも共存共栄していこー(はぁと)みたいな(笑)」
──水嶋さんはこれからの目標は?
水嶋「いま30歳なので、あと20年、30年経って、日本の中枢を担う年齢になったときのためにも、いまのうちからがんばらないとなって思っています。いまのこの国、けっこうやばいですよね。ほんとはもっと寛容だった気がするのに、どうしてこんなにぎちぎちに国民を縛るようになっているんだろうと心配になる。寛容と不寛容ってすごい近い場所にあったんだなと痛感してます。この状況をドラスティックに変えていくことは難しくて、でも何もしないわけにはいかないから、目の前のことからひとつひとつ改善していきたい。近いところでは、東京オリンピック開催を前に、風俗店が片隅に追いやられていきかねない状況になんとか抗うことですね」
(木俣冬)