新雑誌『相撲ファン』で監修を務める荒井太郎/1967年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、百貨店勤務を経てフリーライターに転身。相撲ジャーナリストとして専門誌に寄稿、連載。およびテレビ出演、コメント提供も多数。著書に『歴史ポケットスポーツ新聞 相撲』『歴史ポケットスポーツ新聞 プロレス』『東京六大学野球史』『大相撲事件史』『大相撲あるある』など。

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今年もはじまった大相撲初場所。初日としては過去最高の懸賞130本がかかるなど、大相撲人気の回復が伝えられている。新創刊した『相撲ファン』も先週8日に発売後、たちまち増刷が決定した。この『相撲ファン』で監修を務める相撲ジャーナリストの荒井太郎に、最新の相撲界事情と初場所の展望、大相撲が注目を集める背景を聞いた。

《大本命は白鵬。とにかく研究熱心です》

─── 初日は横綱・大関陣が安泰でした。今場所の優勝争いというと、どうなるでしょうか?
荒井 やはり横綱・白鵬が大本命です。白鵬は基本的に尻上がりに調子を上げていくので、星を落とすとしたら序盤戦だと思います。実際、初日に当たった小結・栃煌山は先場所も危ない場面があり、嫌な相手だったはずなんです。初場所が荒れる展開になるとすればここがひとつのポイントかなと。

─── 初日の11日、白鵬対栃煌山の結びの1番には過去最高の50本の懸賞がかかるなど注目を集めました。
荒井 はい。ただ、この初日を白鵬がしっかり勝ちをおさめました。あとは、先場所で金星を許した小結・高安とも序盤で当たると思うので、そこで、一、二戦でも落とすようなことになると面白い展開になるんですが……このまま序盤戦で星を落とさなければ、力的には頭ひとつどころかふたつ図抜けていますので、大本命であるのは間違いありません。

─── 先場所の優勝で大鵬の優勝回数(32回)に並んだわけですが、単独1位となる33回目の優勝も、今場所一気に達成してしまいそうですか?
荒井 そうですね。調整も順調みたいですし。

─── 白鵬の強さの秘密っていうのは?
荒井 やっぱり身体能力が優れているのもありますし、あとは、反応速度が圧倒的に速いですよね。後ろを取られたとしても、パッと向き直る速度というのは、他の力士よりも0点何秒か明らかに速いです。

─── そういった反応速度ははまだぜんぜん衰えてない?
荒井 衰えてないですね。あとは、もともと体が柔らかい上に体幹もかなり強いので、故障しにくいことも大きいです。

─── 横綱昇進以降、7年に渡って欠場が1日もありません。
荒井 普段からストレッチに始まり、四股やすり足といった基礎運動を怠らないからこそだと思います。その辺は若い力士にも見習って欲しいですよね。そこに加えて、白鵬はとにかく研究熱心です。過去の名力士たちの映像も含めていろんな取組の映像を何度も見て研究しているといいますし、相手がこう来たらこう出る、といった引き出しは多いですよね。頭の中には何手も先の展開まで描いていて、それを考えてやるんじゃなくて、瞬時に体が反応している感じです。いくつもある引き出しの中から、瞬時に選択できるのが白鵬の強みです。

《日本人が昔から認めてきた「横綱」という立場》

─── 1点、気になっていることがあります。長い大相撲の歴史の中で、あの千代の富士でさえ届かなかった大鵬の優勝回数に並び、そして更新するというのはとんでもない偉業だと思うんです。ただその割には今ひとつ盛り上がりに欠ける印象があります。
荒井 ええ。だからそれが白鵬とっての課題ですよね。相撲は間違いなく強いけど、相撲以外も含めた横綱としての振る舞いにおいて物足りないところがあるというか。あとは、相撲自体も横綱としての威厳にちょっと欠けますよね。

─── たとえば?
荒井 土俵からもう出た相手に対して駄目押しをする場面が、最近でいえば、名古屋場所での豊真将戦や先場所の照ノ富士戦などで見受けられました。ああいった駄目押しっていうのは、気合いが抜けきれなくて押してしまった、というのとは明らかに違います。

─── 相撲の流れでそうなった、とうわけでもなく?
荒井 はい。何か意図があるとしか思えないですね。豊真将戦では土俵を降りてもなお相手をにらみ続けていました。豊真将が立ち合いで変化したことに対して憤っているように感じましたが、相手にしても白鵬が強いからこそ、立ち合いで変化したりと工夫をするわけじゃないですか。それに苛立つというのも横綱としてどうなのか? その一方で、白鵬自身も変化というか、立ち合いであからさまに呼吸をズラしていく場面も見受けられます。そういった面が、日本人が昔から認めてきた「横綱」という立場とは違うのかな、と。

─── 以前、荒井さんが書かれた記事でも、《白鵬の目指すべき道は史上最強の「グランドチャンピオン」ではなく、心技体を極めた「日下開山」でなくてはならない》とありました。(※日下開山=現在の大相撲の最高位である横綱にあたると共に、横綱に相当する力士に与えられた名誉・ 称号としての呼称)。
荒井 相撲というのは、競技スポーツでもありながら、立ち合いでは両者ともに相手に合わせる、という一見矛盾した点も持っています。勝つことを求めてやれることは何でもやる、ということももちろん大事ですし、それが白鵬の強さたる所以でもあるわけですが、そこは横綱として威厳を持ってしっかり「あわせて」欲しいところですよね。ただ、相撲協会もそういった点で苦言を呈したり、ということはあまりないようです。腫れ物に触るように、本人に直接注意しないで、親方に伝えたりしている状況です。

─── その辺の評価のズレ、というのはなぜ生まれるのでしょうか? 
荒井 これだけは言いたいのが、ライバル不在という側面があるにせよ、白鵬が強いのは間違いないんです。でも、本来なら、歴代優勝回数を更新する、となればテレビで特番が組まれてもおかしくないんです。雑誌でも特集号が出るのが普通です。千代の富士が31回目の優勝をして、いよいよ大鵬の記録に並ぶかも……というときでさえ、かなり盛り上がっていました。それが今、あまり盛り上がってないっていうのが白鵬に対してのマスコミの評価なんだと思います。そこは、すごくもったいないですね。

《期待したいのは輝、阿武咲、高安》

─── 今回、新創刊した『相撲ファン』では、新関脇の注目株、逸ノ城を巻頭から特集しています。逸ノ城も含め、注目すべき若手力士というと誰になるでしょうか?
荒井 今年上半期の様子を見てみないと、という点はありますが、期待も含めると輝(かがやき)ですね。20歳の新十両で、身長192、体重145kg。中卒の叩き上げで以前から大器と言われていたんですが、先場所でようやく新十両に上がってきました。この輝と、今場所新十両の18歳、阿武咲(おうのしよう)。この2人を次は取り上げたいなと思っています。あとは先ほども名前を挙げた、小結の高安。高安はそろそろブレイクしそうな感じがあります。

─── スピード出世で大銀杏(おおいちょう)を結えない「ちょんまげ力士」という点では、逸ノ城とともに遠藤も人気です。今場所初日にさっそく直接対決があり、遠藤に軍配があがりました。ただ、出世争い、という点では逸ノ城がリードしています。遠藤がもうひとつ上がりきれない原因はどこにあるんでしょうか?
荒井 遠藤は巧いんですけど、まだ物足りない点があります。どんなに巧くても立ち合いの当たりが弱いと相手に主導権が渡ってしまいます。自分の形になる前に持ってかれちゃうんですね。今回、逸ノ城相手には一気に寄り切って勝ちましたけど、そこをもっと身につけないと、上で定着するには厳しいですよね。
(オグマナオト)

(後編に続く)