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『張り込み日記』著者:渡部雄吉、構成と文:乙一/ナナロク社

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茨城県水戸市にある千波湖のほとりで、切り取られた男性の身体の一部が発見された。死因は絞殺。身元を隠そうとしたのか、遺体は酸で焼かれた状態だった。その後、遺留品として回収された手拭いの切れ端が、東京下町の旅館で使用されているものと判明。捜査は東京におよぶ──。

写真家・渡部雄吉(1929-1993)のドキュメント写真集『張り込み日記』が企画された目的であり、最大のコンセプトだろう。乙一は書く。

この写真集にはトリックが使用されている。嘘というべきだろうか。

「茨城県下バラバラ殺人事件」は、解決までに半年以上を要した。しかし、前述したように、渡部が刑事たちに同行したのは20日間程度である。つまり、この写真集に収められた写真は、捜査のごく一部を切り取ったものに過ぎない。事件の全貌を記録したものではないのにもかかわらず、そう見えるというのはどういうことか。

どの写真をどのような順番で配置すれば事件を追いかけているように見えるのか、というディレクションをおこなった。映画のような写真集にしたいという意向を版元であるナナロク社から聞かされていた。

作家である乙一に求められたのは、限られた素材と事件の顛末を綴ったテキストによって、いわば物語を構築するという役割だったのだ。よって本書は、ドキュメント写真集でありながら、フィクションにおける語りの手法やテクニックが透けて見える、ひじょうにユニークな内容になっている。この、あとがきにおける種明かしによって、ドキュメンタリーとしてはもちろん、ミステリ小説として、フィクションの教科書として……と、読者に多様な楽しみ方を提供してくれるのが、ナナロク社版