1950年に60歳ほどだった日本の平均寿命は現在83歳であり、今後もどんどん延びていくと考えられています。高齢化社会と聞くとネガティブな印象がありますが、人間が長寿になることで、これまでに人類が得たことのない充実した人生が得られるのではないか?ということで、今行われている「長寿」だけではなく「老いそのものを遅らせる」研究と、それが実現した社会について、Gregg EasterbrookさんがThe Atlanticにまとめています。

What Happens When We All Live to 100? - The Atlantic

http://www.theatlantic.com/features/archive/2014/09/what-happens-when-we-all-live-to-100/379338/

目次

◆人間が長寿になるまでの歴史

長寿の鍵はクジラが握っている?

◆肉を食べタバコを吸い100まで生きる

◆人の寿命はどこまで延びるのか?

◆教育と寿命の関係

◆高齢社会と政治

◆退職後のビジョンが変化する

◆自然界における「長寿」の意味とは?

◆人間が長寿になるまでの歴史

人間の寿命に関する変化は19世紀から始まります。1840年から、毎年人の平均寿命は3カ月ずつ延び、1840年に45歳だったスウェーデン人の平均寿命は今では83歳になり、20世紀初頭に47歳だったアメリカ人の平均寿命も79歳になりました。これからも1年ごとに3カ月寿命が延びるとすると、今世紀末にはアメリカ人の平均寿命は100歳になるはずです。



平均寿命の延びは、抗生物質の発明や戦争などとはあまり関係なく、独立した存在と考えられています。もちろん国家間の貧富の差から違いはあり、年ごとの傾向などもありますが、全体として見れば滑らかな上昇を見せているのです。

どんどん長くなっていく人の寿命に対応するため、Googleは老化現象や老齢疾患に立ち向かう新会社「Calico」を発表。アメリカ・カリフォルニア州でも加齢を専門に研究するBuck Instituteという施設が設立され、ラボの中で虫の寿命を5倍にすることに成功しています。

老化に備えて豊かな社会を作ろうとする動きがある一方で、高齢化が一定のリスクを生み出すことも明らかです。子どもを作る年代が減るため少子化が起こり働く世代は減少、政治の場は高齢の人々に支配され若年層の出費を多くするような投票が行われる恐れもあります。社会保障や企業年金が当初の予算をオーバーしてしまい年金を受領できない人々が出現し、高価な福祉サービスを強いられたり、医療費がかつてないほどに膨らむ可能性だってあります。

しかし、これらの悲観的な見方がある一方で、物事が良い方向に向かう可能性もあります。例えばアルツハイマーやその他の病の原因が「老い」そのものであり、これからの技術で「老い」の到来自体を延ばせるとしたら、寿命が延びるということは「死ぬまでの期間を延ばす」のではなく「健康的に過ごせる期間を延ばせる」ことにもなるのです。つまり、病院にかかることなく、いきいきと働き、収益を生み出すことで、これまでイメージされていた「老後の生活」とは別の形の豊かな人生が送れる可能性もあるのです。



上記のような未来を叶えるための「老い」に関する研究は多方面で行われています。Buck InstituteのGordon Lithgow博士によれば、人間に対して有効かどうかは不明であるものの、既に無脊椎動物の寿命を延ばす薬は開発されているとのこと。

老いを遅らせる薬と聞くと怪しげな響きですが、実際にGregg EasterbrookさんがBuck Instituteを訪れたところ、施設内には若い人が多く、シリコンバレーのスタートアップのような雰囲気だった様子。少し前までは奇異の目で見られていた「老化を遅らせる」研究が、わずか15年の間に生物学の最先端をいく研究となったのです。

Buck Instituteで行われている研究の1つに「イースト菌の染色体に手を加える」というものがあります。染色体によっては取り除くと菌が死んでしまうのですが、取り除く対象を間違えなければ菌の寿命を延ばすことが可能なのです。なぜこのようなことが起こるのかは目下調査中ですが、「哺乳動物にも同じ事が行えたら」と願いつつ、職員たちは日々研究に明け暮れています。

またラボではマウスを健康的に長く生き延びさせるための研究も行われています。20年前であれば虫の寿命を延ばすことでさえも至難の業だったのですが、今では博士号取得者であれば誰でも行うことが可能。寿命の短い小さな生き物の寿命を延ばすのは比較的簡単なことだとのことで、老化に伴う心臓の機能障害の発症率を抑えつつ、薬でマウスの寿命を1.25倍にすることができたそうです。Buck InstituteのCEOであるBrian Kennedyさんは、既にマウスの寿命を健康的に延ばす分子を5〜10個発見しており、次はこれを人間に転用する番だと語っています。

寿命延長作用がある免疫抑制剤のラパマイシンは現時点で最もトライアル段階に近い薬で、革新的な潜在可能性を持っていると考えられています。しかし倫理的な問題に加え、人命延長の試みには時間と費用がかかりすぎるという点が難しいところ。

長寿の鍵はクジラが握っている?



by jdegenhardt

これまでにも老化を遅らせるという研究がなかったわけではありません。ノーベル賞を受賞した量子化学者のライナス・ポーリングさんはビタミンCを大量に摂取することで寿命を延ばせると発表しましたが、ビタミンCの大量投与には毒性があることが後の研究で明らかになっています。

また、10年ほど前にはSirtrisというスタートアップが赤ワインの有用性を模倣した薬を開発しようとしました。イギリスの製薬会社グラクソ・スミスクラインは現在の価値にして約860億円でSirtrisを買収しましたが、いまだに薬は開発されていません。

ガンや老化の研究を行うブルース・エイムスさんもアセチルカルニチンというアミノ酸が抗酸化物質と結合することで老化を遅らせアルツハイマー治療にも役立つと提唱しました。体は酸化する必要があるため、抗酸化物質が多すぎると体に支障を来す危険があるのです。エイムスさんは自身にアセチルカルニチンを投与し、85歳になった現在でもカリフォルニア大学バークレー校で働いていますが、彼が長寿を楽しんでいるかどうかは不明。またアセチルカルニチンは植物や動物の中に存在する物質のため特許がとれず、製薬会社が興味を示していないのが現状です。

今日の研究で、マウスにおいてですが、カロリー制限と長寿の間に関係があることも確か。小食である小動物の寿命が長いという事実が判明したことは、老化防止を試みる研究にとって大きな成果です。人間に対する効果は不明ですが、人に対しても同じことが言えるなら低コストの老化防止法になり得ます。しかし、Buck Instituteの研究者は「カロリー制限のダイエットは北カリフォルニアの一時的な流行で、実際にカロリー制限を行うグループに会いましたが、全然健康的には見えませんでした」と語りました。

若いマウスの血を年老いたマウスに輸血すると若返りに効果があるという研究結果も出ています。研究の目標は若いマウスの血に含まれる何の物質が成熟した細胞に利益をもたらすのかを明らかにすることで、これが分かれば実際に輸血することなく、投薬によって成熟した細胞を若返らせることができるわけです。

老化について研究を行う機関は他の哺乳動物のDNAに含まれる健康長寿のカギも探しています。クジラは人よりガンになりにくく、ホッキョクグマは高脂肪食にもかかわらず動脈にコブができません。もしこのような差異を生み出す生物学上の理由がわかれば同様の効果を引き起こす薬が開発可能です。新たなDNAを開発するよりも自然のあり方を模倣する方が実現可能性が高く見える、ということで「長寿を可能にする薬」は遺伝子だけでなく、多方面から研究されているのです。

◆肉を食べタバコを吸い100まで生きる



by Simon Hayhurst

「健康にいい食べ物、悪い食べ物」というのは線引きが難しく、これまでに発表されている研究結果も決定的なものではありません。不健康な生活をしていても長生きできる人は存在し、例え体重を管理し、野菜を食べ、砂糖をとらず、エクササイズをして、しっかり睡眠を取ることが勧められていても、その根拠はそれらが「健康の常識」だからであって「長寿をもたらすことが証明されている」からではないのです。薬に関しても、健康長寿に対する効き目の有無はテスト期間が長期にわたるため通常以上に見極めが困難です。さらに100歳以上の人々はタバコを吸い、予想以上に飲み物を取らず、菜食主義者もほとんどいないため、長寿をもたらす決定的要因というのが見当たらず、研究が混迷を極めているとのこと。

ボルチモアで長期にわたって老化の研究をしているLuigi Ferrucciさんは「『年老いた時になる病気のサインは、若いころに既に出ている』という研究結果は存在しており、慢性疾患を予防するため、若いころから健康に気をつかう人もいます。しかし、長寿を引き起こす主たる原因が生活習慣にあるのか遺伝にあるのかは、いまだに分かっていません」と語りました。

そもそも老いは、細胞の老化を意味します。我々の体を構成する組織や臓器は弱く繊細なもので、ガンを顕著な例として、細胞はしばしば機能不全を起こします。そして傷ついた細胞を修復せねばならない時、近くにある細胞は修復を求める信号を送ります。若い時はこのシステムが非常によく機能するのですが、老化するにつれて間違った信号を送るようになるため、修復作業が停滞し、細胞が炎症を起こすことで心臓病・アルツハイマー・関節炎などを引き起こすのです。つまり、逆向きに考えれば、この修復作業の停滞をなくすことができれば慢性疾患を避けることも可能と言えます。

「慢性疾患が50歳を過ぎたころから急激に増えてくるのは偶然ではありません。加齢は慢性疾患の主要な原因であり、老化細胞を除去したり細胞の分泌をストップさせることができれば、慢性疾患のリスクを少なくすることが可能なのです。老化細胞の集積について理解することが大切です」と語るのはBuck InstituteのJudith Campisiさん。

前述した免疫抑制剤のラパマイシンは細胞が送る誤った修復信号をストップさせる働きがあり、Mayo Clinicの研究センターでも細胞の老化を遅らせる他の物質について研究が行われています。人は年を取るとできないことが多くなってきて、多くの人が最終的には寝たきりの状態になります。しかし、寿命を迎えるまでの時間を元気に過ごすことができれば、個人にとっても社会にとっても寿命が延びることは刺激的なことになり得ます。

「ガンとの闘い」という言葉があるように、これまで医学の進歩は個々の病との攻防のように見られる傾向がありました。しかし、乗り越えるべきものが「病」ではなく「時間の経過」そのものであるという認識が広まれば、病気ごとにアプローチを行うという医療のあり方は大きく変化するはず。100年前であれば「老化を治療する」という考えはばかばかしく聞こえましたが、今は「老化を治療する」ことがそこまでばかげた考えではなくなってきているのです。

◆人の寿命はどこまで延びるのか?



by Peter Liu Photography

「1年ごとに3カ月、人間の平均寿命が延びる」という傾向は、戦争や病気の流行にかかわらず、ここ200年の間変わらず見られてきました。バイオ技術の進化に左右されず、このまま平均寿命は延び続けるのでしょうか?この問題に対する意見は分かれています。

「このまま人間の平均寿命は延び続ける」とするのは人口統計学を研究するMax Planck InstitutesのJames Vaupelさんで、対する反対派はイリノイ大学でパブリックヘルスを研究するJay Olshanskyさんです。

Vaupelさんは2002年に1840年代から見られる平均寿命延長の傾向を論文にしており、食生活・公衆衛生の改善や医学の知識など、特定の発展や発見が寿命延長を引き起こす原因にはならないと結論づけています。Vaupelさんは100歳になるまで平均寿命が延び続けていくことを「合理的シナリオ」と呼んでおり、現在に至るまで見解を変えていません。

もう一方の立場が「平均寿命の延長はまもなく壁にぶち当たる」というOlshanskyさんの見解。20世紀に見られた平均寿命の延びは乳幼児の死亡率が低下したことに起因しており、乳幼児死亡率が最低ラインまで落ちた現在の状況では、これ以上延びる余地がないというものです。「ワクチンが開発され、若い人の命が多く救われるようになりましたが、年老いた人々の寿命を延ばすという医療の変化が平均寿命全体の延びを助長するわけではありません」とのこと。Olshanskyさんは「もしガンがなくなっても、他の慢性疾患が待ち構えているので、アメリカ人の平均寿命は3年長くなるだけだろう」と語っており、21世全体で見れば10歳ほど平均寿命が長くなるだけと考えているようです。

全体的に見れば、アメリカにおける環境の質は向上しています。喫煙と飲酒をやめる人が増えたため、それによって引き起こされる病の死亡率は減少しました。殺人による死亡率は全体の上位15位にも入っておらず、温室ガスを除いた有毒な空気や水もなくなってきており、肺ガンが引き起こされる割合も減少しています。温室ガスが地球の気温を上げていますが、寒冷環境よりは温暖環境の方が人間は長生きできます。

このような状況の中で注目を集めているのが、「我々が何を選択したかで寿命が決まる」という考えです。

100歳以上の人のゲノムを解析するボストン医療センターのThomas Perls教授は、キリスト教の一教派であるセブンスデー・アドベンチスト教会の人々が同年代の人間よりも長生きであることに注目しています。彼らはタバコを吸わず、酒を飲まず、多くの人が菜食主義です。日常的に運動を行い、毎週「休日」をしっかりと取ります。しかしPerls教授がそれよりも着目したのが、セブンスデー・アドベンチスト教会の人々は大きな社会的グループを作っているということ。「常に他人と関わることはうっとおしくも感じられますが、全体として見ると長寿に役立っているように見える」とPerls教授は語りました。

近年において「常に他人と関わること」は減ってきています。家庭には両親と子どもが数人、というパターンが多く、宗教的な行事やコミュニティの行事とは疎遠で、祖父母とは離れて暮らし、面と向かって顔を合わせる替わりに電子機器を通してコミュニケーションを取ることもあります。しかし、長く生きるためには他世代の人々で構成される大きなグループが最も適しているのです。

◆教育と寿命の関係



by Visha Angelova

個人の寿命を測定する最も適した方法は教育だと語るのは、コロンビア大学で医療政策について研究するJohn Rowe教授。「私が人の寿命を予想する時、相手の年齢と何年間教育を受けたかを尋ねるでしょう」とのこと。

「教育が寿命に関わる」という傾向は1950年代ごろから顕著に見られており、Jay Olshansky氏が行った最近の研究によれば、1950年ごろから高校を卒業していない女性の寿命が短く、反対に高学歴の女性の寿命が長くなっているそうです。今日のアメリカでは、高学歴の人はそうでない人に比べ10〜14年ほど長生きすることが分かっています。アメリカにおいて教育を受けられない人々は年々緩やかに減ってきているものの、「教育が受けられなかったために死期が早まる」という傾向が強くなってきているのも確か。学士を持つ人々は年収が高く、タバコを吸わず、肥満にもなりにくく、医者の指示を聞く傾向にあります。また結婚した人は健康を維持する傾向にあるとも考えられているのですが、大学を卒業した人は結婚率が高く離婚率が低いことで知られています。

空気はきれいになり、公衆衛生は整い、病院には緊急処置室があるなど、社会の環境はどんどん良くなってきていますが、アメリカの公立高校の立地は悪く、公立大学の予算は削られてきています。一方で費用のかかる私学の教育制度はインフラが整っています。教育が長寿の切り札であるならば、これは討議すべき状況です。

◆高齢社会と政治



by Michael Foley

また、政治の世界が高齢の人々によって支配されてしまうのも大きな問題。特に、日本は現在の中央年齢が46歳であり、2040年には55歳にまで上ると見られています。高齢社会の中ではイノベーションや新しい考えが生まれず、政治家や裁判官が高齢者で埋め尽くされ、若年層から搾取するような決定がなされる恐れがあります。

These maps show where the world’s youngest and oldest people live | GlobalPost

http://www.globalpost.com/dispatch/news/health/140904/map-youth-elderly-world-political-unrest-economy-unemployment



アメリカの中央年齢は日本ほど高くありませんが、これは移民を受け入れているのも大きな理由です。日本は少子化に加え移民を受け入れない体制のため、平均年齢が高くなる傾向にあるのです。

現在の日本の状況について外交問題評議会のSheila Smith氏は「世界においても、日本の若者有権者の投票率は最悪です。若者は高齢者が政治のシステムを自分の好きなように操作しており、政治に関わっても無意味だと考えています。彼らは未来を想像してわくわくすることがないのです」と語りました。

日本の若者は高齢者の所得が少なくなっていることに気づいているものの、一方で祖父母が自分で何とかしてくれるものだと思っています。そして平均寿命が延びていき、のんきな若者が大人になった時、両親や祖父母が世話を期待していることに気づくのです。日本の新しい世代では一人っ子が多いため、一人の人間に金銭的な世話と身体的な介護の両方がのしかかることも考えられます。

◆退職後のビジョンが変化する



by Viewminder

アメリカの平均年齢は日本より低いのですが、同じ事態が生じることも十分に考えられます。1940年代のアメリカでは65歳に達した人の約17%が退職者として生活を送っていましたが、今やその割合は22%になり、これからも増加していくとみられています。しかし、社会保障は20世紀に作られたシステムのままです。1961年に制定された早期退職優遇制度を選択した人が得られる金額は、早期退職しなかった人に比べて少ないのですが、「人生は短いから」といって早期退職を選ぶ人もいます。世論調査によると、アメリカ人は「自分がどれくらい長く生きるか」について過小評価しているとのこと。

これまでの社会保障制度がこれから通用しなくなるということは、我々は新たな「退職後のビジョン」を持つ必要に迫られているということです。つまり、「退職後は社会保障制度で得たお金で働かずに暮らす」のではなく、「高齢になってもフルタイムで働く」のです。

そうなれば公共政策・雇用者の姿勢、いずれもが変化します。銀行は第二の人生を送る高齢者に対して基本的に貸し付けを行いませんが、働く高齢者たちにとっては必須です。また高齢者・障害者向けの医療保険制度であるメディケアを受け取る年齢であっても、働いている限り民間の健康保険に加入する必要が出てきます。制度が整えば、雇用者にとっても高齢労働者はよい働き手になってくるので、若者労働者よりも価値があるものとなり得ます。また一方でフルタイムで働くよりもストレスの少ない状況下でパートタイムとして働く方がいいという人も出てくるはず。そうなると、ボランティアサービスの役割は高齢者へと移っていきます。「退職後も働く」というとネガティブなイメージを持ってしまいそうですが、健康な体で長生きできれば、「退職後の生活」をこれまでよりも豊かなものにもできるのです。

◆自然界における「長寿」の意味とは?



by Éole Wind

これまで自然淘汰は「老いた生き物は若い生き物に資源を譲るために死を迎えるべき」という考えだと思われてきました。しかし現在では、自然淘汰の仕組みは「老いた生き物の死を望む」というより、単純に長寿の生き物に対するメカニズムを持っていないのだと考えられています。

国立老化研究所の研究者であるFelipe Sierraさんは「進化の観点から見れば、人間が生殖可能年齢を過ぎて長生きすることも、反対に早死にすることも、どうでもいいのです。繁殖を終え老いた生き物が後世によい遺伝子を残すことはなく、何かに食べられてしまう」だけであり、自然淘汰の対象となるのは若い生き物のみであるというわけです。

一世紀前は「閉経は今存在する子どもや孫にエネルギーを注ぐための、人間だけに備わった進化的適応」だと考える説が存在しました。このおばあさん効果と呼ばれる説は長寿の要因の1つと思われていましたが、今では閉経がライオンやヒヒにも備わっていると分かっており、淘汰圧の1つというよりは加齢した細胞の機能不全という見方も出ています。

つまり、遺伝子の繁栄という役目を終えた生き物に対し、自然界は長寿となるか否かに関心を払わないということ。例えば、成長期の体にはカルシウムが必要であり、若者の体にはカルシウムを処理するための新陳代謝能力が備わっていますが、人生の後期においてカルシウムは動脈硬化を引き起こします。男性ホルモンの一種であるテストステロンも若者の体には必要なものですが、高齢の人々にとっては前立腺ガンの要因となるものです。「進化に方向を与える」という自然淘汰はこれから繁栄する生命に対して起こりますが、そうでないものに対しては「防御」の方向性を与えないのです。

例えもし老化の速度を落とせたとしても人間が不死身になることはあり得ません。事故や伝染病によっても死を迎えるし、慢性疾患から逃れたとしても体は徐々に死に向かっていきます。しかしBuck InstituteのBrian Kennedyが言うには、「自然淘汰によって老化のスピードが遅くなることがないのならば、薬によって老化のスピードを遅くするチャンスはあるということです。若い体は完璧であるが故に改良の余地がないのですが、年老いた体にはまだまだ改良の余地があり、進化が始まっていないと言えるのだから」とのことです。

では健康的な体のまま寿命が延びたとしたら、どのような世界が生まれるでしょうか?一世紀前、大学は若者が短い人生に備える場所でしたが、今では大人の生徒が増え、将来的にはあらゆる年齢の人々で溢れる可能性もあります。大学でのイベントは生徒だけでなくその親やコミュニティを魅了し、数十年後には18〜80歳の生徒が講義を受ける時代がやってくるとの見解も。



また、既にテレビの広告が高齢者に向けて行われているように、高齢者をターゲットにした商品も今後増加していくでしょう。最近の神経学の研究で、加齢によって人の報酬系が活性化しにくくなることが分かっており、高齢者は、若年層や中年層が流行のファッションに反応するようには欲求を生みだしません。消費の行き過ぎで非難されていた人々の欲求は長寿になることで減るので、ある意味釣り合いが取れるとも言えるのですが、この点を踏まえてマーケティングのあり方も変化していくはずです。

10代後半から20代後半の若者は、その他の年齢層よりも犯罪に関わる傾向が強いのですが、社会が高齢化するにつれて犯罪や暴力も少なくなっていくことも予想されています。Steven Pinkerさんは著書である「The Better Angels of Our Nature」の中で「これまでの歴史において、世界の人口は増加しているが、人の社会における暴力は一貫して低下傾向にある」と述べており、ストックホルム国際平和研究所が「25年前に比べて世界全体の軍事費は3分の1になっている」と報告していることからも、この傾向が伺えます。

過去の戦争が終わりを迎えたのは経済的な理由もありますが、「加齢」もまた1つの理由なのです。ベトナム戦争やイラク戦争を支持したのは若者が多かったのですが、人は年を取ることで賢くなっていくため、年齢を重ねるにつれて戦争への熱意は消えていくことが研究で分かっています。高齢化した社会でこれらの知恵を利用することだって可能です。

また人生が後期に差し掛かるとロマンティックな欲求や物事の重大性というのは薄くなっていき、情熱は落ち着きます。そしてこれまでの蓄えや思い出の編集作業に当たるのです。「幸福に生きられるために重要なもの」を研究するプリンストン大学の心理学者Daniel Kahnemanさんはこの点について、「結局、思い出だけが持ち続けられるものなのです」と語りました。豊かさは実際の資産ではなく、自分の中に何を持っているのかなのです。

そして「家族」を中心とした人間関係を「友人」を中心としたものにすることも考える必要があるかもしれません。人間社会のユニットの起源は不明確ですが、寿命が短かった時代において、男女が成し遂げるべきことは子どもを産み、育てることでした。しかし寿命が延びた時代では子育てが人生の中心ではなく、子どもが独立した後に「友情の時代」がやってくる可能性があり、そのために人生の前半で友情を育んでおく必要があるのです。そしてこの「ユニットの変化」は働き方やヘルスケアのあり方の変化よりも大きな影響力を持つ可能性があります。

人間社会にとっても自然界にとっても、寿命の延びがもたらす変化は未知のものですが、変化がやってくるのは確かです。自然界において『死はできるだけ先延ばしにすべきだ』という価値観は存在しません。長寿が実現する社会は、自然界から分岐した動きであることを覚えておく必要があるのです。