『殺人出産』村田沙耶香/講談社
2013年に第26回三島由紀夫賞を受賞した村田沙耶香の最新作品集。

写真拡大

ルールは簡単。
10人子供を産めば、殺したい人間を一人殺していい。

村田沙耶香の最新作品集『殺人出産』。そのタイトル作である中編小説の舞台は、〈殺人は悪だった〉時代から100年後の日本。
避妊技術が発達し、セックスは〈愛情表現と快楽だけ〉のためにある。出産の主流は、人工授精。恋愛や結婚による出産はほぼなくなり、人口の減少は歯止めが効かなくなっていた。

そこで海外から導入されたのが、出産のきっかけを殺意に求める、「殺人出産制度」だ。
誰かを殺したいと希望する者は、「産み人」となって10人の出産を目指す。達成すると合法的に一人殺すことができる。
性別は関係ない。男でも人工子宮を埋め込んで出産できる。
間違えてはいけないのは、単なる殺人は違法であるということ。罰として、牢獄の中で死ぬまで出産に従事する「産刑」に処せられる。
条件付きとはいえ殺人が罪にならない、ショッキングな制度と出産方法が存在する世界。
そこで、人々は何を考えているのか?

〈うーん、そうだなあ。ちょっとだけ気になってる人は、いるかな。でも一生かけて殺すのに、本当にその人でいいかっていうと、悩んじゃうんだよね〉。
主人公・育子が勤める会社の昼休み。会議室では産み人になった人の噂や自分たちがなる可能性を、育子と同僚が恋愛相談みたいなノリで話している。
能天気すぎるように見える。けれど、それには理由がある。

出産に掛かる時間や痛み、死産などのリスクは今と変わっていない。10人も産むという過酷な条件。ゆえに、誰もが気軽に産み人になるわけではない。
殺人は悪という意識のある世代も多い。殺人出産制度はまだ、普及段階。制度の裏に潜む身近な死の危険に、人々は気づいていない。

でも、変化は確実に訪れている。
夏休みのある日、産み人をどう思うかと育子に尋ねてくる、従妹のミサキ。小学生だ。殺人出産制度による出産が、珍しくなくなりつつある世界。そこで育つ世代の先がけでもある。
子供を産んで人口増に貢献しているなんて偉い、〈学校で学んだ通り〉に答える育子。
ところが、〈育子ちゃん、教科書みたい〉と不満そうに言われてしまう。
ミサキにとって、誰かが殺意をもって子供を産み、そのために誰かが犠牲となるのは自然なこと。もっと産み人が増えればいいのに、とさえ思っていた。

〈確かに、世界は変わった。あまりにも変わった〉。と、育子は恐怖を覚える。

でも、私(三十路を超えた独身男)からすると、悪くない変化にも見える。
恋愛をして結婚をして子づくりするって、手続きが多くて面倒だし、ハードルが高い。
結婚のプレッシャーもなく、何なら男の自分でも産める(陣痛が怖いけど…)。人の殺意を買ったりしなければ、案外よさそう。
いざとなったら、命ができる過程なんて気にしなくてもよくね?と、正直思ってしまう。

でも、育子には育子で本音がある。
耳触りのいい言葉で、殺人出産制度の意義とすばらしさを信じこませようとする、学校の教師。何の疑問も持たずに、教えられたことを受け入れる同級生たちに、違和感を持ちながら生きてきた。
殺人衝動を抑えきれず高校生で産み人なった姉の環(たまき)。彼女の存在が、制度を肯定も否定もしきれない複雑な感情を、育子に植え付けてもいた。
一方で、ミサキのような新人類も現れる。しかし、どちらのことも理解しがたい。
姉が10人目の出産を達成する瞬間は、刻々と迫る。〈殺されるのは自分なのではないか〉という不安と共に、現実とどう折り合うべきかで悩むのだが…。

収録作は、命の重さ・命の尊厳といった言葉の意味や、世の中のモラルを揺さぶる問題作ばかり。
三人で付き合う恋愛が、若い世代でブームとなった世界を描く「トリプル」。性を排除した結婚生活を営む夫婦が、〈清潔な繁殖〉のために思わぬ事態を招いてしまう「清潔な結婚」など、「殺人出産」に勝るとも劣らない不穏さとぶっ飛び具合。

なによりそこから期待されるおもしろさのハードルを、間違いなく飛び越えてくるのが村田沙耶香の真のすごさ。入門編としても最適な本書をぜひ!
(藤井 勉)