「岸辺のアルバム」DVD-BOX
山田太一脚本の名作ドラマ。1977年放映

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10人の脚本家がそれぞれ1話完結のドラマを執筆する/TBS「日曜劇場」の『おやじの背中』。
先週は、日本ドラマ界の巨匠・山田太一が満を持して登板した第7話「よろしくな。息子」が放映された。

主演は渡辺謙と東出昌大。演じるのは実の親子ではなく、新たに家族になる父と子だ。渡辺の実娘、杏と東出が結婚秒読みと噂されていることもあり、「よろしくな。息子」というタイトルも相まって放送前から話題を呼んでいた。山田は脚本を当て書き(キャストに合わせて物語を作ること)することで知られており、今回も渡辺と東出の関係性を想定しつつ物語を紡いでいったことだろう。

舞台は東京スカイツリーを仰ぎ見る東京の下町。コンビニで働く祐介(東出)の前に、中年女の強盗(柴田理恵)が現れる。女を説得し、事を荒立てないまま見事に処理した祐介を見ていたのが、靴職人の高村(渡辺)だった。祐介の立ち居振る舞いに感服する高村だったが、実はお見合いで断られた女性・泰子(余貴美子)の息子こそが祐介だった。泰子のことが諦めきれない高村は、話題にのぼった祐介を一目見ようとコンビニにやってきたのだ。

高村は、靴の話になると話が止まらなくなる一途な男。かつてイタリアで修行した経験を持つせいか、頑固一徹な職人というよりは饒舌で少しラテンな雰囲気をまとっている。仕事の邪魔になるからといって家庭を持たなかったが、50半ばになってからは寂しさも感じるようになっていた折、友人に紹介された泰子に夢中になる。
泰子は、看護師やヘルパーを派遣する小さな会社の社長として働く女。日々の仕事に忙殺され、再婚どころか異性との付き合いにも興味がない。
泰子との母子家庭で育った祐介は、就職先で上司のいじめに遭って3年たたずに会社を辞めてしまった若者。コンビニで働きつつ、自分の今の境遇を「人生の途中」と捉える聡明な青年だ。

「よろしくな。息子」では、3人の心のやりとりが自然な会話とふんわりとしたユーモアとともに描かれていく。面白いのは、登場人物たちの体温が総じて少し高いところだ。

高村は泰子のことが諦めきれず、祐介が働くコンビニに顔を出し、祐介の行動に感服して自分の弟子にならないかと誘う。そして再び出会った泰子にも、恋心をはっきりと伝える。
「素晴らしいですよ、あなたも、坊やも」
「私はすっかりあなたに参りました」
「あなたとも、やっとめぐりあった」
声高に叫ぶでもなく、思わせぶりに振る舞うでもない。渡辺謙のけっして器用とは言えないまっすぐな芝居がセリフを臭く感じさせない。

泰子は祐介を弟子に誘う高村の真意を確かめるため、高村の工房に足を運ぶ。最初は息子を巻き込まないよう注意していたが、自分の仕事にプライドを持つ高村と話をするうちに心の奥底に芽生えていた好意に気づいてしまう。
「会いたくて……来てしまいました」
「だって、こんないい人、これから会えると思えないし……結婚だってこれが最後のチャンスかもしれないし……!」
よろよろと高村に歩み寄り、その手を取って「ふぁあ……男の人、とっても、とっても久しぶり……」と声なき声を漏らしながら打ち震える余貴美子の表情が素晴らしい。

母親のマンションを訪れた祐介は、いきなり半裸で母のベッドにいる高村の姿に仰天するも、近い将来、自分の父親になるだろう高村を戸惑いつつ受け入れる。
「お父さん……呼んだことないことに気が付いてます」
「お父さん、お父さーん!」
東出は立ち上がり、「お父さん、どうかよろしく」と、まっすぐに頭を下げる。その様はとても清々しい。

高村も、泰子も、祐介も、自分の気持ちに正直になり、言葉にして、行動する。まるでそれが、小さな幸せを手に入れるための一つの方法なんだと言っているようだ。

ところで、山田太一はけっしてほのぼのとした人間模様ばかりを描いてきた脚本家ではない。『ふぞろいな林檎たち』(83年)では、三流私立大学生の主人公たちに就職や恋愛を通して、容赦なく残酷な現実をつきつけた。『岸辺のアルバム』(77年)では、幸せそうに見える家庭が裏側で崩壊していることをあぶり出し、最終回ではマイホームごと濁流で押し流してみせた。

ジャーナリストの田原総一郎は、山田を「常に敗者を描こうとしている」と評している。いつだって山田の作品は、社会や現実の荒波に揉まれながら懸命に生きる無名の人々に寄り添おうとしてきた。東日本大震災の後は、『キルトの家』(12年)、『時は立ちどまらない』(14年)など、積極的に震災に見舞われた人々をモチーフにした作品を発表し続けている。

けれども、そんな人々だって、いつも無力感に打ちひしがれているわけではない。かつて山田は、筆者によるインタビュー(『サイゾー』13年10月号)に対してこう語っている。

「全部世の中の流れのままというわけではない。できたら、みんながもう少しマシになりたいと思っている。めざましいハッピーエンドなんてありえないんですけど、どんどん時間が動いているから、幸福だってじっとしていないし、絶望だってじっとしていない。その中で、なんとか生きている。そこで、自分が自分の主役になれればいいですよね」

仕事が10倍うまくやれなくても、他人を出し抜けなくても、経営やマーケティングに長けていなくてもいい。誠実に働き、少し不器用で、でも自分に正直な人たちが、この世の片隅で少しぐらい幸せになってもいいんじゃないか。山田太一は作品を通して、そう語りかける。そのために必要なのは、ちょっとした体温の高さだ。何もかもうまくいく「よろしくな。息子」は一種のファンタジーのようにも見える。けれども、ファンタジーのあたたかさが今の厳しい世の中には必要なのだろう。

ラストシーン、港の見えるカフェで祐介はガールフレンドを高村と泰子に紹介する。両手を振って祐介たちを出迎える50男の稚気が微笑ましい。高村は泰子と手をつなぎ、夕陽の中を4人で歩く。主題歌はカーペンターズのヒット曲「遥かなる影 Close To You」だ。

なぜかしら? あなたが近くにいるといつも
急に小鳥たちが姿を見せるわ
きっと私と同じね 小鳥たちもあなたのそばにいたいのね

“あなた”とは、高村でもあり、泰子でもあり、祐介でもあり、このドラマを見ている誰かであり、この文章を読んでいる誰かでもある。

さて、今週は緒形拳、ビートたけしらとともに重厚な作品を生み出してきたベテラン脚本家、池端俊策による「駄菓子」が放映される。主演は大泉洋とのことで、シリーズ中もっとも若い親子だという。
(大山くまお)