ついに発表された幾原邦彦監督作品「ユリ熊嵐」! 情報のさらなる公開を待ちながら、読んでおきたい小説がある。辻村深月の『ハケンアニメ』。幾原監督をモデルにしたアニメ監督「王子千晴」をめぐるアニメ業界小説だ。

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「少女革命ウテナ」「輪るピングドラム」の監督、幾原邦彦の新作アニメが発表された。5日前からはじまっていた、「ピングベアプロジェクト」サイト上でのカウントダウン。今日2014年8月25日、カウントがゼロになった。
タイトルは「ユリ熊嵐」。タイトルの下には「LOVE BULLET」の文字。キャッチフレーズは「その透明な嵐に混じらず、見つけ出すんだ」。

キャラクター原案は森島明子、キャラクターデザインは住本悦子、アニメーション制作はSILVER LINK。同名のコミックが2014年3月から「コミックバーズ」で連載開始している(漫画担当はキャラクター原案と同じく森島明子)。

軽く漫画版第1話の内容を説明してみよう(試し読みもできる)。
クラスで存在感のない〈透明な女子高生〉椿輝紅羽は、転校生の百合城銀子に対して「実は彼女は、人間ではなく熊なのではないか?」という疑問を抱いている。紅羽は銀子のことが気になってしかたがないのだが……?
1話の段階では「???」という部分はあるものの、まだそこまでおかしな展開になるわけではない。ただし、2話・3話と続いていくと、「?????」が増えていく。

実は2013年の3月、「少女革命ウテナ」関係のトークイベントですでにPVが公開されている(逆に言えば、PVが公開されてから1年半を経ての今回の発表だ!)。
そのPVでは「ユリ裁判!」「運命のキス!」という単語が行きかっていたのだとか。「少女革命ウテナ」の「世界を革命する力を!」、「輪るピングドラム」の「生存戦略ー!」といった、これぞ幾原ワールドというワード。今後アニメ放映に向けて情報が増えていくにつれて、ますます「?」も増えていくのだろう。

「ユリ熊嵐」に向けて、読んでおきたい本がある。8月22日に発売された辻村深月の『ハケンアニメ!』だ。これは雑誌「an・an」(アンアン)で連載されていた、アニメ業界を舞台にした小説だ。タイトルの「ハケン」とは「覇権」で、そのクールで1番(一般には、売上的な意味で)のアニメを指すネット用語のこと。

本著は全3章で、それぞれ主人公は違う。ただし、中核となる人物がいる。彼の名前は「王子千晴」。初監督作品である「光のヨスガ」が伝説となり、「日本の地上波アニメの歴史を十年進めた」と言われる人物だ。作品だけではなく、外見もいわゆる美少年的なイケメンで、立ち居振る舞いの自由さはまさに「王子」。
しかし王子千晴は、「ヨスガ」以降9年間沈黙を続けた。助監督や単発の演出などは務めても、監督作品を世に送り出すことはなかったのだ。
『ハケンアニメ!』」は、そんな王子監督が9年ぶりの新作アニメ「運命戦線リデルライト」を発進させる物語だ。彼と仕事をするためにアニメ業界に入った若手プロデューサーの有科香屋子が、彼に振り回されながらも奮闘する。

この王子千晴が、幾原邦彦をモデルにしているのは明らかだ。連載中から「これは幾原では?」と言われていたが、今回単行本の謝辞に幾原の名前があるため、はっきりと認められた形になる。
幾原は「少女革命ウテナ」の劇場版を作り終えたあと、12年間監督作品を作らなかった。『ハケンアニメ!』の「運命戦線リデルライト」は、現実の世界では「輪るピングドラム」だ。超大手のアニメーション会社(「トウケイ動画」)出身者、つかみどころのない性格、すさまじい仕事へのこだわり、熱狂的なファンがいること……どうしても幾原を連想する。
もちろん王子千晴と幾原邦彦には異なる点がある。「輪るピングドラム」が製作されたとき、『ハケンアニメ!』のようなことが起こっていたわけではないはずだ。それでも、どうしても重ねてしまう。

「たった数分の映像が、その人のその後を変えてしまうことがある」
「ええと、ハケンって、つまりは覇者の権利ってこと?」「嫌な言葉ですね」
「ベルダンディーや草薙素子を知ってる俺の人生を不幸だなんて誰にも言わせない」
本著に登場する文章や王子千晴の言葉は、本心からの強い表現。著者の辻村深月が確信と実感を持っていないと書けないものだ。

『ハケンアニメ!』で描かれる結末も、やはり『輪るピングドラム』という作品がたどったものに似ている。作中で王子千晴が語った言葉はここでは紹介しないが、「ユリ熊嵐」が発表されたことで、真実になったような感覚がある。
『ユリ熊嵐』の放送開始までの数か月間。『ハケンアニメ!』を読んで、そわそわした気持ちを少しでも落ち着けたい!
(青柳美帆子)