■永井幸治 プロフィール
1969年生まれ。讀賣テレビ放送株式会社編成局アニメーション部プロデューサー。1993年読売テレビ入社。1999年まで音楽番組、バラエティ、情報番組のディレクターやコメディの演出を担当。その後、7年間の営業職を経て、アニメプロデューサーに。これまでの担当番組は『結界師』、『ヤッターマン』、『夢色パティシエール』、『べるぜバブ』など多数。『宇宙兄弟』では番組立ち上げから携わっている。

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劇場版アニメ『宇宙兄弟#0』の永井幸治プロデューサーに聞く、『宇宙兄弟』の魅力と映画秘話、後編です。(前編はこちら)

《こちら側もNASAもみんな大変でした(笑)》

─── 『宇宙兄弟』はテレビアニメ化と同時に実写映画化もされました(2012年)。アニメだからこそやりたかったこと、意識したことは何かありますか?

永井 アニメだからやりたかったことよりも、「宇宙開発もの」っていうのが珍しいテーマなので、他ではやったことがないようなことにもどんどん挑戦していきたいと思ってやってきました。原作の編集担当の方とも相談していろんな仕掛けはしてきましたね。企画して動いてダメだったこともいくつかあります。テレビアニメの中でいうと、国際宇宙ステーションからのアフレコとか。そもそもこの作品ではNASAのロゴを使っているんですけど、このロゴを使うだけでものすごく大変なんですよ。

─── 想像するだけで絶対に大変だと思います。

永井 もう本当に、NASAの許諾を取るのがものすごく大変なんです(笑)。アニメの場合、ロゴが出てくるシーンの絵は全部NASAにチェックしてもらってようやく使用許諾がもらえるので。

─── 作品に対して包括的に使用許諾をもらうのではなく、毎回その都度許諾をもらうんですか?

永井 そうです。シナリオもぜんぶ英訳してチェックしてもらいます。たぶんNASAの広報の人もこんなに大変なことになると思わなかったでしょうね(笑)。きっと、「どうせ1クールぐらいで終わる作品だろ?」と考えていたと思うんです。それが蓋を開けてみたらテレビ99本に加えて映画も!? と。だから、こちら側もNASAもみんな大変でした(笑)。でも、制作スタッフは毎回すごく頑張ってくれたと思います。

─── 他に、今回の映画に限らずテレビアニメ版も含め、この作品で大変だったことはありますか?

永井 いや、あまり大変とは思わなかったですね。この作品はワクワクすることがたくさんあって楽しいんです。僕自身は行っていないんですけど、日々人が航空機で体験する無重力訓練に関しては、原作者の小山(宙哉)さんも渡辺歩監督も実際に体験しているんです。

─── おぉ、スゴイ!

永井 スペースシャトルの最後の飛行となった「アトランティス」号の打ち上げも、監督やスタッフは見に行っています。僕に関していえば、先週一週間で3人の宇宙飛行士に会いました。こんな経験ってなかなかないですよね。普通の生活のなかでは絶対に起こりえないようなワクワクする大変が本当に多いです。それと、宇宙飛行士の人たちも『宇宙兄弟』を好きでいてくれています。それもまた楽しいですね。

《他のアニメよりドラマのほうを意識している》

─── 永井さんは、アニメのプロデューサーになる前は?

永井 アニメ担当になる前は、7年ぐらい営業にいたんですけど、その前は、情報番組や音楽番組のディレクターをやっていました。あとは大阪だったのでコメディの演出にも携わったことがあります。

─── アニメというジャンルにやってきて、ギャップなどはありましたか?

永井 それまでテレビ番組を作ってきた感覚とは違うものがアニメ界にはたくさんあったので刺激的でしたね。一方で、アニメ界には閉鎖的な一面もやっぱりあります。そこで、僕が携わる作品では「アニメとしてだけじゃなく、テレビ番組として考えたときはこういうことも必要だよね」といった視点を入れるようにはしてきました。

─── 具体的には?

永井 今、アニメ作品の多くの体制は、深夜アニメが本数的にも主流です。そうなると、作る上での感覚も、「好きな人が観てくれたらいい」となりがちです。ただ、テレビ番組の本来の感覚からすると、コアなファン以外のたくさんの人にも観てもらわないと意味がない。それがやっぱりマスメディアの仕事だと思うんです。

─── たくさんの人に観てもらうためには、という視点が必要だと。

永井 甘いモノが好きな人に甘いモノを奨めれば、それはそれで喜んでもらえると思います。でも、もっとこんな甘いモノもあるんだよと他の味も入ったモノを奨めてみたり、甘いモノに興味がない人にも手を伸ばしてもらえるようなものにしていかなくちゃいけない。
アニメが特に好きじゃない人たちにどうやって訴えていくのか? それをやり続けることが結果的にはアニメファンを増やすことになると思って、普段はやっていますね。

─── アニメだからどうこう、ではなく、純粋に魅力的なコンテンツを作っていくということですね。

永井 そうですね。だから僕の場合、他のアニメよりドラマを意識していることが多いです。ドラマは時代に合わせてどんどん変化しているので参考になることが多いですね。最近のドラマではどうしてこのテーマを扱っているのか、これをアニメに落としこんだらどうなるだろう? ということはよく考えています。

《スタッフ全員、続編は作りたい》

─── 映画を観て改めて感じたのが、こんなに仲のいい兄弟ってあるのかなぁと。そこがまたうらやましく感じる部分でもあるんですが。

永井 兄弟もそうですけど、あそこの家族、南波家がもうすごいですよね。

─── 確かに、あんな家族もなかなかないと思います(笑)

永井 特にあの親はすごいと思います。ああいう親がいたら、本当にいい子供が育つだろうなっていう。まぁだからこそ、六太、日々人というキャラクターが成立するんだろうな、と感じる部分でもあります。六太と日々人って、実はものすごいスーパーマンではありません。じゃあ何がすごいのかといえば、“人間力”。それって、勉強とか努力とか学校で学ぶこととは関係ない“考え方”のところなので、そこはやっぱり親の影響力が大きいでしょうね。

─── 今回の映画でも、南波・母の印象深いセリフがいくつもありました。

永井 ああいうことを言える親だからこそ、ああいう発想の子供が育つのかな、と。まあそれを考えた小山さんがやっぱりすごいなと思いますけど。

─── 映画のクレジットではその南波・母と南波・父のフルネームがはじめて明かされていました。

永井 実は、アニメが始まるときに、この二人の名前を決めませんか? と僕の方から小山さんに提案して決めてもらっていたんですね。

─── ということは、映画のために作った名前ではない。

永井 ずっと前から決まっていたんですけど、でも、ずーーーっと悩んでいたんですよ。どこで出そう? と。たとえば、フロリダヒューストンに行くときの、飛行機の航空券に書いてあるとか。

─── その演出も素敵でいいですね。

永井 ところが、出すチャンスを逃してテレビ放送も終わってしまった。ただ、僕があるイベントで、いつか明かしますよ、ということは宣言してしまっていたので、映画でなんとかしよう、と。でも、映画本編の中では名前を入れるチャンスがなかったので、エンディングのクレジットで入れました(笑)。南波・母役の田中真弓さんからは「あれを見て大号泣しました」とメールをいただきました。

─── そういった隠しネタや、より深く映画を楽しむためのヒントは他にも何かありますか?

永井 アポとの出会いについてもそうですし、日々人の月での事故はこのおかげで助かったのか、といったエピソードもいくつか盛り込まれています。映画の冒頭でタンポポが描かれているシーンもちゃんとつながります。ですので、映画観る前にもう一回、原作・アニメの1話目から見直したほうがより深く楽しめると思います。「あー、ここにつながってる!」という気づきがたくさんあると思うんです。僕なんかこの3日で10回くらい観ているんですが(笑)、観るたびに「あぁ、そうだったね」という点がたくさんあります。だからこそ、何回観ても飽きることはなかった。ぜひ、皆さんにも何度でも観てもらいたいですね。

─── 最後に、テレビアニメ版は、日々人がロシアに旅立ち、六太はアスキャンからサブクルーへとステップアップするところで終わっています。続きを期待しているファンも多いと思いますが、今後の予定は?

永井 スタッフ全員、続編は作りたいと思っていますし、『宇宙兄弟』に携わっている人間はみんな作る気でいます。一番大きな理由は原作に追いついてしまいそう、というところで一回休止した状態です。ですので、その時の編成状況にもよりますが、原作が貯まったところで再開したいと思っています。

『宇宙兄弟#0』全国公開中
(C)宇宙兄弟CES2014
公式サイト: http://www.uchukyodai-movie.com
原作:小山宙哉(講談社「モーニング」)
監督:渡辺歩/脚本:小山宙哉/音楽:渡辺俊幸
主題歌:ユニコーン「早口カレー」「Feel So Moon」(Ki/oon Music)
アニメーション制作:A-1 Pictures  
声の出演:平田広明(南波六太)、KENN(南波日々人)、有本欽隆(エディ・J)、大塚明夫(ブライアン・J)ほか
配給:ワーナー・ブラザース映画

(オグマナオト)