孫正義氏

孫正義氏がこれまでに経験したタフな場面をケーススタディの形で完全再現。
あなたは正しい判断を下せるだろうか。

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Q. 海外から強敵参入。組むか、戦うか

1996年、ソフトバンクは米ヤフーに筆頭株主として参加。ネット業界の最先端を走ることで、ビジネスの幅がぐんと広がった。その直後、ヤフーの日本法人「ヤフー」を設立。抜群の知名度を生かして開始された日本語検索サービスやオークションサービスは、アクセス数、広告売り上げともに順調な伸びを示す。97年には、ヤフー株式を店頭登録銘柄として公開し、さらに弾みをつけた。ところが思わぬ強敵の襲来。そこで選択。A案は、相手の条件を呑み強敵と手を組む作戦。B案は、血で血を洗う決戦で雌雄を決する作戦。
【A】相手の要求を呑む【B】合弁せず自力で対抗する(正答率30%)

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クルマ、バッグ、カフェ、パソコン……。現在、生活のあらゆるシーンに外資系企業の製品・サービスが溢れています。日本を魅力的な市場として進出してくる企業も相次いでいる。いわば現代版「黒船」です。国内企業は黒船の襲来にはいつの時代にも神経を尖らせます。

そこで選択です。突如外国生まれの強敵が現れる。ジョイントベンチャーを組んで敵を味方にしてしまうか。あるいは対抗して真っ向勝負するか。

eBay(イーベイ)は99年秋に、日本法人「イーベイジャパン」を設立しました。インターネットオークションで世界最多の利用者を誇るアメリカの会社の日本版です。当時アメリカではイーベイがヤフーと戦っていて、イーベイが優勢でした。アメリカのヤフーはオークションに関しては大変苦戦を強いられていたのです。

実はアメリカでイーベイが上場する前、僕はイーベイの創業者たちを説得していました。

「君たちはヤフーと合併すべきだよ」

交渉時の感触は悪くはなく覚書まで交わし調印も済んでいました。ところが最終の本契約の直前で流れた。もしも、その合併がうまくいけばアメリカのヤフーはもっと強かったと思います。

そんな因縁の間柄であるイーベイの日本進出の話を聞き、僕は当初、先方にジョイントベンチャーを提案した。

■なぜ強大な黒船に勝つことができたのか

しかし、先方がその合弁につけた条件が、どうしても納得いくものではありません。そして検討のうえ、決心した。自前で対抗する。ヤフーオークションで強大な黒船を迎え撃とう、と。

結果、アメリカではボロ負けしたヤフーが、日本では完全な勝利を収めました。名うての黒船も、わがヤフオクには太刀打ちできなかった。2002年3月、ヤフオクに会員数がまったく追いつく気配がないなどの理由で、イーベイは日本から完全撤退しました。

当時のイーベイジャパンの担当者は、「サイト自体は向上していたが、著しい業績の改善が見込めなかったこと」や「上場企業のイーベイ(アメリカ)としては、よりリターンの高い投資を行う必要があったこと」を撤退の理由として挙げました。アメリカではトップ企業のイーベイも日本ではやられっぱなし。打つ手がほとんどなく、思うように儲けが出せなかったわけです。

それだけヤフオクの知名度は日本国内で絶対的だった。黒船が到来しても、会員がフラフラとそちらに流れる現象がなかったということなのでしょう。

ネットオークションはその仕組み上、売り手は客の多い場所へ集中します。ネットオークションでモノを売る場合、買い手の多い環境で売ることが儲けを生み出す近道ですから、売り手は小さなオークションサイトには見向きもしない。そんな好循環に助けられ、世界でその名をとどろかす黒船を日本から追い出すことができたのです。

今、振り返っても、ヤフオクがイーベイに勝利した、この一件は我々にとってとても重要だったと思います。あるジャンルで「圧倒的ナンバーワン」になって初めて、本質的な存在理由を獲得することができる。つくづくそう思うのです。とりわけ情報産業における「ナンバーワン」というポジションの重みは相当なもの。2番では敗北と同じです。1番になれば自然とゆとりが生まれ、新しい技術開発にチャレンジし、ライバルにはないアイデアを実行に移せます。すると、その余裕のおかげで、お客様にも一層丁寧に接することができる。そうして本物のサービス業が出来上がっていくのだと思います。

■「風林火山海」の精神が大勝利をもたらす

黒船・イーベイとの一戦は終始一貫して我々の圧勝でした。しかし決して最後まで手を緩めなかった。それは僕がつくり上げた「孫の二乗の法則」の中の「風林火山海」の精神があったからです。

「孫子の兵法」に、僕がオリジナルで「海」を加えた。この海、「呑み込むこと海の如く」という意味です。これは戦いを展開する方法を示しています。武田信玄は「風林火山」の4文字を旗印にしました。風林火山で戦いをして、あたりは死人の山。みな疲弊しているけれど、そのままで戦いを終わりにしてはいけない。戦いが終わり、広い、深い、静かな海のように全部を呑み込み、平らげて、そこで初めて戦いが終わるのです。なぜなら焼け野原の下では、またそこから火が起こることがあるから。そこから下克上が始まる可能性があるのです。それでは世は治まらない。動乱のままです。平和な状態まで持っていって初めて戦いは完結するのです。

■京都大学経営管理大学院准教授 曳野 孝氏が解説

IT業界ではwinner takes all。トップの企業がマーケットシェアを根こそぎ持っていきます。90年代のマイクロソフトWindowsが好例です。当時はアップルのMacintoshが質的に優位という声もありましたが、実際はWindows派が圧倒的多数。それはWindowsとMacintoshに互換性がなく、ユーザーは数が多いほうに合わせたほうが便利だったからです。このように利用者が多いほど利便性が高まる性質を“ネットワーク外部性”といい、情報産業ではそれが特に働きやすい。

孫さんもネットワーク外部性の大切さは肌身に染みてご存じのはず。だからこそイーベイの参入時には共存より戦う道を選んだのでしょう。現在も通信業界トップはNTT。ソフトバンクが一定以上成熟した後も積極的な姿勢を崩さないのは、やはり「2位は敗北と同じ」と強く思っているからかもしれません。

●正解【B】――「圧倒的ナンバーワン」になるためには、ときには強敵とも戦う必要があるから

※本記事は2010年9月29日に開催された「ソフトバンクアカデミア」での孫正義氏の特別講演をもとに構成されております。設問文等で一部補筆・改変したものがあります。

(大塚常好、小澤啓司、原 英次郎、宮内 健、村上 敬=構成 小倉和徳、浮田輝雄=撮影 時事通信フォト=写真)