『みんなのおうちカレー』(柴田書店)。レシピを提供するのは、大宮エリー(作家)、野崎洋光(分とく山)、ナイル善己(ナイルレストラン)、齊藤輝彦(アヒルストア)、なかしましほ(料理家)、按田優子(料理家)、山戸ユカ(料理家)、千松信也(猟師)、高橋みどり(フードスタイリスト)、森蔭大介(モリカゲシャツ)、高橋 林(楽屋)、間口一就(ロックフィッシュ)、荒井隆宏(荒井商店)、松川 治(エスビー食品)、田中真司(トロパン トウキョウ)、寺田聡美(寺田本家)、諏訪吉重(悠久堂書店)、オオヤミノル(コーヒー焙煎家)、谷 昇(ル・マンジュ・トゥー)、天野ひろゆき(キャイ〜ン)、計20名。

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柴田書店が「おうちカレー」とな?

柴田書店といえば、プロユースの料理本を多数刊行する出版社。一般向けのレシピ本も出版するが、そのラインナップの大半を占めるのが、手にズシリと重い料理の専門書だ。ハードコアな「食の専門出版社」が「おうちカレー」の本だなんて、ベクトルが間逆なんじゃないの?

そんな興味から手に取ったのが、今回紹介する『みんなのおうちカレー』である。どんな本かを簡潔に言えば、いろいろな人が普段自宅で作っているカレーを紹介するレシピ集、ということになるだろう。

となると、まず気になるのが、誰のカレーが載っているかだ。レシピを提供しているのは、料理人や料理家、ユニークなところでは猟師や料理本を数多く揃える古書店など、何らかの形で「食」に関わる仕事に従事する人々を中心とする20名。タレント・文化人をメインにせず、アクセント的に入れてくる人選に、「食の専門出版社」のこだわりが垣間見られる。

「おうち」と冠が付くように、本書で紹介されるカレーは、作り手の「生活」のなかから生まれてきたものばかりだ。よって、「毎日がだいたい二日酔い」と語る作家・大宮エリーのレシピはターメリック(ウコン)多めだったりするし、『ぼくは猟師になった』という著書もある猟師・千松信也のレシピでは、普通に入手するのは難しいであろう鹿肉(もちろん獲物)が使われる。あるいは、テレビの料理番組でもおなじみ、「分とく山」の料理人・野崎洋光が、カレーを「野菜をたくさん食べるための(中略)スパイシーけんちん汁」と位置づけるのも、やはり生活側の料理と捉えているからだろう。

カレーには生活が表れる。だから、なんだか人間くさい。よく「本棚を見ればその人のことが分かる」などと言うが、それってカレーも同様ではないか。カレーには、作り手の性格や人柄が、自然と滲んでしまう。

そうした人間くささは、作る上でのさまざまな“こだわり”に表れる。だが一方で、肩肘張らず、その日の気分で“なんとなく”作られるカレーが多いのも『みんなのおうちカレー』の特徴だ。私にとって本書の最大の魅力は、その家カレーゆえのユルさ、自由さなのだ。ガチガチに厳格なレシピの安心感もあるが(迷わないで済むから)、この本に関しては、必ずしも「再現」を目的にしなくてもよいような気がする。実際、目次ページにある注意書きにも「調味料やスパイスの分量、火加減、加熱時間などはあくまでも目安です。味見をして、好みに合わせて加減してください」って書いてあるし。

さて、本書はレシピ本である。レシピ本である以上、作ってナンボ。今回は、簡単かつ我流のアレンジをかます余地がありそうな3品に挑戦してみた。

まずは、同じ酒飲みとしての共感から、大宮エリー作「ほっとできるほうれん草カレー」を。

このカレーは具材の使い方がユニーク。ほうれん草、マッシュルーム、サツマイモとたいへんシンプルな構成だが、すべて鍋で茹でた後、半量はそのまま、もう半量はミキサーでピューレ状にして使う。あとは、ニンニクとショウガを炒め、先ほどの野菜(両方)、豆乳、スパイス、野菜のブイヨンキューブを入れて煮込むのみ。拍子抜けするほど簡単だ。

味は、豆乳&ピューレ効果か、ひじょうに濃厚(ほうれん草を2束使っているから、というのもあるだろう)。本書のなかでワインバー「アヒルストア」の齊藤輝彦が「野菜だけのほうがストレートというか、スパイスの“彩度”を高く表現できます」と指摘するように、野菜オンリーのこのカレーは、もったりとした舌触りの後に、ガツンとスパイスが主張してくる。

ただし、塩味はかなり薄め。それもそのはず、塩分を担っているのは野菜のブイヨンキューブのみだ。「北海道や沖縄の知人から取り寄せた無農薬・無科学肥料の野菜を好きなだけ入れます」ということだから、なるほど、これは野菜を味わうためのカレーなのだろう。ちなみに、私は塩を小さじ1足してちょうどよかった。

最大の収穫は、具材の半量をピューレ状にするというアイデアだろう。何より食感が面白いし、具材を変えることで無限のバリエーションが可能だ。

続いては、市販のルウを使用した一品。おつまみレシピ本『バーの主人がこっそり教える味なつまみ』でもおなじみ、銀座のバー「ロックフィッシュ」の店主・間口一就の作る「ポテトサラダ感覚のひき肉カレー」は、マッシュポテトをご飯に見立てた“おつまみカレー”という変り種だ。

牛挽肉とたっぷり入れた赤ワインのなせる技か、口に入れるやいなやワイルドな旨みがむわっと広がる。さらに、注目すべきはマッシュポテトだ。セロリを茹でて作る「セロリ水」でジャガイモをのばすという発想に唸る。香味野菜をカレーにではなく、マッシュポテトの方に仕込ませるセンスには脱帽だ。濃厚かつ爽やかな味わいにお酒が進んでしょうがない。また、残りは冷凍保存して、翌日トーストに載せて食べた(朝から飲みたくなって困った・・・)。

そして最後に、今回もっとも目から鱗だった、http://www.excite.co.jp/News/photo_news/p-2495967/料理家・按田優子による「メティを効かせた優しいカレー」を紹介したい。「スパイスから作るなんて、ハードル高いよ」などと思っている人は、騙されたと思ってトライしてみて欲しい。

このカレー、カスリ・メティとアジョワンシードという、ちょっとマイナーなスパイスが使われてはいるが、今や世はネット社会、通販で簡単に手に入るので問題ナシ(しかも安い)。スパイスから作るカレーは、スパイスを「揃える」ところにハードルがあるだけで、逆に言えば、基本的なものさえ揃えてしまえば、あとはひじょうにラクチンなものも多い。そして、これはその極地である。タマネギを飴色になるまで炒めるどころか、まず炒める行程が無い。骨付きの鶏もも肉、ムング豆、野菜をただ順に煮るだけ。味付けも塩オンリー。唯一の手間は、最後にギー(バターで代用)とアジョワンシードを別鍋で熱して香りを出す一手間のみ(これをかけながら食べる)。

さらに驚くべきは、カレーにはだいたい入っている基本的なスパイス(クミン、コリアンダー、ターメリック、カイエンヌペッパー等)が一切入っていないこと。最小限の香り付けスパイスのみなのに、なんだこのしっかりとした味は!? おそらくは鶏の骨から出た出汁と、煮崩れた豆のトロみがキモだと思われるが、まさに引き算の美学!(私は「辛くしたい時は唐辛子を」という言葉に従い、カイエンヌペッパーを小さじ1加えた)

もともとカレーはよく作る方だが、『みんなのおうちカレー』のおかげで、すっかりカレー熱に取り憑かれてしまった。ちなみに、このレビューを書き終えた現在、気付けば1週間以上カレーを食べ続けている。そろそろ身体からスパイスの匂いがしてくるかもしれない。
(辻本力)