昨シーズン、ヤクルトのファンの心境は複雑だったはずだ。ウラディミール・バレンティンが日本記録となる60本塁打を放ち、ルーキーの小川泰弘は16勝を挙げて最多勝と新人王を獲得。しかし、チームは6年ぶり最下位という屈辱。さらに、これまでチームの精神的支柱だった宮本慎也の引退。喜んだり、怒ったり、悲しんだり......まさに激動の1年となった。

 迎えた2014年。最下位からのリベンジに燃えるヤクルトのキャンプを見るため、沖縄県・浦添市民球場を訪れた。

 2月12日、午前10時。雨のため室内練習場でウォーミングアップ。野手陣は佐藤真一ヘッドコーチの指示に耳を傾ける。だがバレンティンは、隣にいる相川亮二に何度も話しかけるなど落ち着きがない。ストレッチが始まると、今度は田中浩康の背後に忍び寄って帽子を拝借。相川やミレッジに自慢げにそれを見せる。ランニングが始まると、上田剛史もバレンティンのいたずらの被害を受けたようで「もー」と声を上げ、バレンティンは「ボーシ!」と叫ぶ。チームの中心には、いつもバレンティンがいるような気がした。

 室内練習場の前では、雨の中、数十人のファンが選手たちの動きを見つめていた。大久保さん(42歳/男性)は、ヤクルトを応援して35年という筋金入りのファンだ。

「昨日、宮本さんが取材でここに来ていたのですが、姿を見せただけで球場の空気がピリッと引き締まっていた。宮本さんの存在感の大きさをあらためて感じました」

 宮本引退後、現時点でヤクルトに明確なチームリーダーは決まっていない。ファンの中でも誰がふさわしいのかを決めあぐねているようである。大久保さんの意見はこうだ。

「年齢的には、相川亮二(37歳/捕手)や森岡良介(29歳/内野手)がいいんだけど、彼らは生え抜きじゃないし......。畠山和洋(31歳/内野手)って言いたいところだけど、彼には余計な負担をかけず自由にプレイしてほしい。本当なら川端慎吾(26歳/内野手)あたりにやってもらいたいんだけど、まだ若いからね......」

 ヤクルトのファンとしてキャンプの見学に来ていた平島さん、石井さん、岩井さん、砂川さん(すべて19歳/男性)の4人も、揃って頭を悩ませていた。

「去年は宮本さんの引退を念頭に、田中浩康(31歳/内野手)がキャプテンになり、宮本さんの後継者として期待されたんですが、ケガなどもあってうまくいかなかった」(石井さん)

「川端、山田哲人(21歳/内野手)、上田剛史(25歳/外野手)の3人がチームを引っ張っていってほしいけど、リーダーと呼ぶには若すぎる」(岩井さん)

「やっぱり田中しかいないんじゃないかな。生え抜きだし、年齢的にもちょうどいい」(砂川さん)

「パッと浮かぶのは相川なんです。年齢的にも。生え抜きかどうかより、ヤクルトの場合、キャッチャーはどうしてもファンからの評価が厳しくなりますからね。古田敦也の存在があったので」(平島さん)

 そして4人の会話は停滞する。

「川端は好きな選手だけど、今、それを求めるのは酷だと思います。今年1年を通して活躍した時に、来季以降のリーダーとして期待したい。そうなると、今年のリーダーは田中かなぁ。そのためには試合に出て、結果を残してほしい」(石井さん)

 球場の階段に座る、ヤクルトの帽子をかぶった男性に声をかけた。柏木さん(57歳)は野球が好きで、春と秋のキャンプ地めぐりを5年続けているという。

「宮本選手の引退で、ヤクルトに野村克也さんの教えを受け継ぐ選手は誰もいなくなったんですよね。個人的には、捕手のリーダーがいいと思うけど、相川は野村さんと接点がないでしょう。野村イズムを理解していればいいんですが......(笑)」

 その時、室内練習場からバレンティンが出てきて、即席のサイン会が始まった。柏木さんはその光景を眺めながら話を続けた。

「アレですね、バレンティンをキャプテンにすればマスコミからも注目されていいんじゃないですか。でも言葉の壁があるから無理ですね。だったら田中をリーダーにして、バレンティンに補佐という肩書きをつけるのはどうでしょう。本人もやる気を出すだろうし、チームにもいい影響を与える気がします。あっ、ちょっといいですか」

 そう言って、柏木さんはカバンから厚めの手帳を取り出し、「私もサインもらってきます」と照れくさそうに走っていった。

 昼を過ぎると、選手の出入りが激しくなり、ファンの動きもサイン収集や写真撮影で慌ただしくなる。声をかけても、その視線は選手の動きにありそわそわして落ち着かない。小倉さん(22歳/男性)と中川さん(23歳/男性)は、忙しい中、次期リーダーについて答えてくれた。

「リーダーは川端かな。コミュニケーション力がありそうだし、元々ヤクルトは若いチームというイメージがありますから」(小倉さん)

「いきなり若手に任せると、『自分がチームを引っ張らなきゃ』ってプレッシャーにつぶされるかも。生え抜きじゃないけど、相川がいいかも。WBCの経験もあるし......」(中川さん)

 午後になると雨も上がり、グラウンドでは川端とルーキーの西浦直亨(22歳/内野手)の特守が始まった。スタンドに座るファンは、静かに練習を眺めている。特守を終えてクラブハウスに戻る川端選手に声をかけた。

―― 宮本選手のいないキャンプとなりました。

「(宮本)慎也さんが引退して、キャンプではチーム全体に気の緩みが出てしまうと思っていたんですが、始まってみたらそんなことはありませんでした。選手同士で『いつも以上に気を引き締めよう』って話したことを、みんなが実行しています」

―― 昨シーズン、ケガからの復帰後、70試合で打率.311をマーク、9月には月間MVPに選ばれました。今季はチームを引っ張る選手としても期待されています。

「僕自身、そんな意識はありません。中学、高校と一度もキャプテンをやったことはないですし、どういうものなのかもわかりません。それより、1年間フル出場したことがないので、まずは1年間グラウンドに立つことが先決です。その後に、慎也さんがやって来たことを僕はずっと近くで見てきましたから、少しでも引き継げたらいいなと思います」

 偉大なリーダーを失ったヤクルトだが、新しいリーダーが自然と生まれた時、これまでと違った魅力あるチームに生まれ変わるのだろう。焦っても仕方がない。新しいリーダーが誰になるのか、宮本慎也のいない2014年のヤクルトをじっくりと見ていくしかない。

島村誠也●文 text by Shimamura Seiya