泉鏡花×中川学:繪草子「龍潭譚」(3万円 税込)。金属である錫を表紙カバーに。淵の部分は柔らかいので自然に曲がったり破れたり、変化を楽しめる仕組み。また題字には銀箔を使用。時間が経つにつれ、酸化していくのも面白い。

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1冊3万円! そんな豪華な絵本がある。「不況で低価格低コストでモノを作るといわれる時代に、あえて真っ向から勝負する本だな」と気になって、同本のアートディレクションを担当した「iD.」の泉屋宏樹さんに話を聞いた。

■ 作り手の熱い想いが集結した絵本

明治〜昭和時代にかけて活躍した泉鏡花(いずみきょうか)の短編小説「龍潭譚(りゅうたんだん)」を絵本化したという同本は、本を構成するパーツ一つ一つが多くの職人による手作業のため、この世に200冊の限定本だ。「高い本は売れるのか?」という疑問をはねのけ、1年をかけ、口コミなどですでに70冊が販売済み。購入者は、泉鏡花を愛する人はもちろん、絵やデザインに惚れて購入する人、子どものために買う人、さまざまだという。

本が売れないという時代に3万円という高価な絵本の発売。不安はなかったのだろうか?
「まずは、泉鏡花の絵本を『自費出版でも作りたい』と熱望したイラストレーターで、僧侶の中川学(なかがわがく)さんの強い思いと、関西の職人さんら、多くの人の手を介してできた傑作本なので、不安はありませんでした」と泉屋さんは胸を張った。

■ 五感で楽しむ本

本を触って驚いた。表紙は、錫箔(すずはく)という金属でありながら淵は柔らかい素材で、変幻自在だ。1冊ずつ、職人さんの手で張られた「錫箔」の表紙。多くの製本所で「できない」と断られたという。なぜ、錫箔にこだわったのか?

「錫が、大阪の産業のひとつであったことと、錫は鏡のような輝きを出してくれるので、『泉鏡花』の名前にも合う。面白いことに、泉鏡花のお母さんの名前と奥さんの名前が『すず』だったりと、これは『錫』を絶対に使いたいと思いました。また、大阪は腕のいい職人がたくさんいます。職人にはかなりの苦労をかけましたが、錫は錆びず、本の装丁にはぴったりでした。関西の職人のモノ作りに対する心意気を感じてもらえると思います」

題字はあえてシルクスクリーン印刷で「銀箔」をのせた。時間の経過とともに、空気に触れて酸化し、色が変化する仕組みだ。「どう楽しむかは自由。錫は金属でありながら非常に高い柔軟性を持っているので、端が破れたりするのも味がある。常に進化する本なんです」錫箔の淵部分が柔らかいため、梱包は真空パックとこだわる。泉屋さんの手作業だ。

また、中川さんの絵と物語に合わせて、各章ごとにイメージ音楽が作られた。封入されたCDを聴きながら本を読みすすめる。本を開くと感じる懐かしいインクの匂い。目に飛び込む中川学さんの幻想的なイラストレーション。聴覚や視覚、触覚と、読者の五感を刺激する本なのだ。

一見、CDはどこに入っているか分からず「宝物探し」のようにワクワクする装丁。CDをパッケージしているツツジ模様のデザインは、手彫り細工のような高度な加工技術で、こちらも職人泣かせの作業だったという。

■ 関西から世界に伝えたいモノづくり

特別な装飾を施した本は、出版社などでことごとく断られたが、泉屋さんらのモノ作りに対する姿勢に賛同した今泉版画工房株式会社は、出版社ではないが、「お金は関係ないから作ろう」と出版元になってくれた。

「『時代の逆をいってる』と言われることもありますが、大阪の職人さんは時間やコストなどの問題を無視して、『やってみよう』と無理難題にこたえてくれた。みんなの熱意は目には見えませんが、モノになって、きっと読者の心に届く」

印刷から製本、梱包まで多くの人の思いがぎっしり詰まった「龍潭譚」。本当に好きな人に買ってもらいたいという思い。モノづくりにかける多くの人の情熱。本を手にとれば、その思いが瞬時に伝わる。大人向けの絵本のようだが、本を手に取るだけで、いろいろな人の想いが、しっかりと大人や子どもにまで伝わるに違いない。

「デジタル社会で本棚に置けない本も流通していますが、『本』という存在を、再認識してもらえるモノが作りたかった。職人さんたちの技術があるから、モノが作れるということが伝わると思います。『龍潭譚』を購入してくださった人の手に届いて、どう進化していくのか、考えるだけでも楽しみです。115年の時を超え現代に生まれた鏡花本、ぜひご堪能ください」(泉屋さん)
(山下敦子)