『一億総ツッコミ時代』槙田雄司(著)/星海社

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ツッコミとは何か。いろいろな解釈があるかもしれないが、大辞泉では『漫才で、ぼけに対して、主に話の筋を進める役』と定義されている。
ただ、多くの人にはこんな経験があるのではないだろうか。話しの筋とは関係なく、ちょっと噛んだだけで「今噛みましたね?」と言われたり、「ここツッコむところですよ!」と、一方的なツッコミを受けたり、またはその逆だったり。

ボケが発生していない状況下でのツッコミは、些細な失敗などの「指摘」として使われることが多くなってきた。そんな世の中に警鐘を鳴らしたのが、「作詞作曲モノマネ」などで知られる芸人・マキタスポーツこと、槙田雄司さん著『一億総ツッコミ時代』だ。

本書について、どのような流れで出版に至ったのか。本書の担当編集者である竹村さんに経緯をお伺いしてみた。

「ネットを眺めていると、ニュースに対して『そろそろひとこと言っとくか』『これはひどい』などとコメンテーターでもないのに上から目線で発言する人が目につき、普段から気持ち悪いな〜と思っていました。マキタスポーツさんがその空気を『ツッコミ高ボケ低』と表現されていて、これは世に問うべきだと思い企画が形になっていきました」

「ツッコミ高ボケ低」とは、ツッコミの供給が高まりボケの供給が減っている状態を、気圧配置になぞらえた著者の造語である。
愛の無いツッコミはただの指摘となり、相手に緊張感を与えるだけでなく「ツッコミを入れた以上、自分もミスができない」という油断ならない状況を生み出してしまう。これではどうにも生きづらい。

そのような「ツッコミ高ボケ低」社会に対して、どう対処すればよいのか。著者が勧めているのは、「ツッコミ志向からボケ志向へ」そして、「メタからベタへ」の転向である。
では、本書でいう「ツッコミとボケ」、「メタとベタ」とは何か。著者はこう定義している。

□ ツッコミ:自分では何もしないのに他人がすることについて批評、ときに批判すること
□ ボケ:他人の視線を気にせず何かに夢中になれる、そして自ら何かを行動に移すこと
□ メタ:客観的に、鳥瞰的に、ものごとを「引いて」見ること
□ ベタ:どんどん行動に移して人生を楽しむこと

さて、あなたはどちらにあてはまるだろうか。

この定義でいうと、「金持ちと貧乏人」という映画などでよくある設定にも同じようなものが見える。真っ直ぐで、いつも何かに夢中でアツくて行動的。そんなベタな行動を繰り返す貧乏人を、当初は「やだやだ」とメタ視線で見ている金持ち。
しかし、いつからか金持ちは貧乏人のベタな行動に心動かされ、最終的には金持ちもベタな行動をするようになり、やがてハッピーエンド。

他にも「熱血教師と冷めた生徒」など定番ものは数多くあるが、そう思うと、世間ではメタが増えてきていながらも、根底には「ベタへの憧れ」が強くあるのかもしれない。そして、人にはもともとベタの要素があり、いつの頃からかメタが生まれてくるのではないだろうか。しかし、なぜメタは生まれてしまうのか。竹村さんに聞いてみた。

「自意識過剰や自己愛だと思います。自分を守りたい、傷つきたくない、という思いが人をメタにしていきます。そしてツッコミという一見「表現」に見える行為は、自意識を守りつつ自尊心を高める格好の手段なのです」

他者ではなく自己のみに目線を向けてしまっていることがメタを生み、そして傷つく前に誰かにツッコミを入れることで、結果的に自分をがんじがらめに縛ってしまうようだ。
なお、ツッコミ志向からボケ志向に転向すると、一番大きく変わる点は何なのだろうか。

「人生が楽しくなり、また自信もつきます。マキタさん自身も長らく『評論家』でいたのですが、あるときから自らの芸を見せ、笑われることを覚悟してから、人生が楽しくなったそうです。若い人は特に自意識過剰で他人にツッコまれることを避けがちですが、ツッコまれて世間に身を晒さないと自分というものは形成されません。ボケになり、世間に叩かれることで自分がどういうものかがわかり、『自信』にもなると思います」

と竹村さん。私は、自分がツッコミ志向でありメタであるように思う。そしてやはり「自信」が無い。「自信」とは「自分を信じる」ということであるが、自分が形成されていないがゆえに、なかなか自分を信じられないのかもしれない。
恥ずかしい、みっともないと思っていても、正直な自分をちゃんと受け入れてボケに転じることで、人生はもっと華やかで楽しいものになるのではないだろうか。

なお、私の愛すべき友人の話しではあるが、彼女が時たま見せるボケ的な行動にツッコミを入れると、 彼女は自分の新たな一面に気づくようで、「こんなにおもしろくしてもらえて幸せ!」と心から喜んでいるのである。彼女こそ、私の中ではボケとベタ、そのものだったりする。
これが、本書で言われているボケとツッコミの「大イチャイチャ大会」なのかもしれない。

最後に、竹村さんが思う「おもしろくてベタなもの」について伺ってみた。

「たくさんありますが……『クリスマスにチキンを食べる』でしょうか」

密かにベタに憧れつつメタから抜け出せない、またはツッコミという名の指摘にどう対処すべきか悩んでいる人は、指南書として本書を読んでみてはいかがだろうか。是非とも、本書は最後の一文まで読んでいただきたい。

さて、もうすぐ師も走る12月を迎える。今年こそは、ここ何年も書いていなかった年賀状を書いてみようか。「ミカンの食べすぎに注意!」なんて、ベタな一文を添えながら。
(平野芙美/boox)