ニュースの教室:14限目「雇用1000万人増」 ―ビジョンに欠けた経産省の錯誤―

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医療介護やヘルスケア、新エネルギーなど将来有望な産業が、
2020年までに約1000万人の雇用を生み出す。
そんな試算が経済産業省から出た。(4/22日経)
この数字は、いささか現実離れした試算のように思われる。
しかし、試算の錯誤からも、学べるものはある。
ところで錯誤とは、「実際とズレてしまった観念」のことだ。

試算は、経産省の産業構造審議会の新産業構造部会で公表される。
部会はこの原稿を書いている4月23日夕刻に開かれるので、
経産省のホームページではまだ公表されていない。
日経記事は記者クラブか関係者の資料提供に拠るものだろう。

新産業構造部会は昨年10月から今年の2月までに5回の会合を重ね、
その都度、詳細な「議事要旨」と「資料」とが公表されている。
かなり精力的な研究と討議がなされているように見えるが、
実際には、同一傾向の意見や資料が順次公表されているようだ。
今回の記事の内容にも、すでに公表されているものが多かった。
ともあれ日経の記事は下のように報じた。

・経済産業省によると医療介護やヘルスケア、新エネルギーなど、
将来有望な産業が、2020年までに約1000万人の雇用を生み出す。
・雇用増の根拠は、ヘルパーら介護現場の働き手のほかに、
研究や技術開発で専門性の高い人材の需要が高まるためだ。
・経産省は人材教育や転職支援の関連企業を金融面から支援し、
製造業などから成長産業への人材の移動を促す。
・退職者の補充も考慮した試算では、医療介護は269万人、
新エネなど「対事業所サービス」が321万人、
ヘルスケアなど「対個人サービス」が303万人増えるとした。
・産業間の人材移動が円滑に進めば、20年の平均賃金は532万円と、
10年の386万円から4割近く上昇するともみている。

医療介護とヘルスケアで572万人の雇用が生まれるだろうか。
たしかに介護サービスへのニーズは飛躍的に高まっている。
しかし介護サービス職を希望する人は少ない。

それは厚労省の「賃金構造基本調査」を見ればよくわかる。
年収300万円前後に分布する職種が、
看護補助者、ホームヘルパー、福祉施設介護員、
スーパー店チェッカー、洗濯工、調理師見習い、なのである。

チェッカーや洗濯工の低賃金は、職種難易度によるものだが、
看護、介護職の低賃金は、医療・介護保険制度によるところ大だ。
現在の仕組みのままで医療・介護サービスを増やせば、
それだけ人件費が増大し、税と保険の負担が重くなる。

産業間の人材移動が進んで平均賃金が4割上昇と読んでいるのは、
この分野の高度医療機器やロボット生産を想定しているためだろうか。
だとすれば、269万人の雇用増はとても果たせない。

雇用増は労働の海外移転がないサービス業に拠るのが王道だ。
介護の世界で、人のサービスそのものの付加価値を高めるには、
機器やシステムの扱いや通信スキルを、サービスとは別々にせず、
サービスに関わる人たち自身に、公的に付加することだ。

そのことによってサービス労働価値を上げ、賃金も上げられる。
また関連する機器、システム、通信の開発や高度化、普及化が、
現場の実践のフィードバックによって加速することになる。

大きなプランは、統計と試算だけからは得られない。
現場の不都合が現場だけでは解決できない点を見出し、
それを改善、解決する道筋を目に浮かぶように示すことだ。
この作業をビジュアル化と言い、その提示をビジョンと言う。
目に浮かばないプランは、概して空論なのである。

文●楢木望
ビジネスエッセイスト/ライフマネジメント研究所所長
『月刊就職ジャーナル』編集長、『月刊海外旅行情報』編集長を歴任。その後、ライフマネジメント研究所を設立、所長に就任。採用・教育コンサルタント、就職コンサルタント、経営コンサルタント。著書に『内定したら読む本』など。