文協力=スコット・シールズ

■攻撃サッカーが復活した2つの理由

 当然の話だが、対象に近づけば近づくほど全体を見渡すことは難しくなる。昨年、インテルが慎重かつ抜け目のないサッカーでチャンピオンズリーグを制した後、悲劇的なほど冒険心に欠けたワールドカップを経て、我々は「リスクを回避するサッカー」の時代が幕を開けたと考えた。

 だが、そうではなかった。ジョゼ・モウリーニョがビッグイヤーを掲げた1年後、バルセロナとマンチェスター・ユナイテッドはともに攻撃的なサッカーでチャンピオンズリーグ決勝へと勝ち上がり、ウェンブリーでも堂々と打ち合いを演じた。試合は一方的な内容だったかもしれないが、そこには攻撃サッカーの魅力が詰まっていた。

 これはどういうことだろう。ホルヘ・バルダーノがかつて予言したように「サッカー界に本格的にテレビの時代が訪れた」ということなのだろうか? 確かに、ヨーロッパの各クラブは以前よりもずっと、観客を沸かすことの重要性を認識し始めている。「あのチームのサッカーは退屈だ」という批判は、10年前ならクラブ幹部が気にするようなことではなかった。だが、現代のクラブ経営陣は、「退屈なサッカー」と呼ばれることを何よりも恐れる。最大の財源であるテレビ放映権や、グッズの売り上げに関わってくる問題だからだ。この流れは、サッカーに勝利とエンターテインメントの両立という、ファンにとってはうれしいテーマを持ち込みつつある。実際、プレミアリーグの1試合平均ゴール数は、2008ー09シーズンの2.47から、翌シーズンは2.77、そして昨シーズンは2.79と確実に上昇傾向にある。

 だが、サッカーを戦術的な視点から見れば、バルダーノよりもっと良い説明ができるかもしれない。簡単に言えばこの5年ほどで、サッカーが「守りにくく」なったのではないか、ということだ。この数年、サッカー界には明確な2つの傾向がある。1つは、フィジカルではなくテクニックを武器とするプレーメーカーが再び台頭してきたこと。もう1つは、システムのスタンダードが4ー4ー2から4ー2ー3ー1に移行したことだ。言うまでもなく、この2つは根底でリンクしている。要するに、中盤にスペースが生まれたのだ。

■オフサイドの改正が現代の潮流を生む

 この流れを決定的なものとした最大の理由は、実は2005年にあった。オフサイドルールの改正だ。「オフサイドポジションにいても、プレーに関与していない選手は反則を取られない」という新ルールによって、オフサイドトラップは信頼できない戦術になった。オフサイドラインの裏側にプレーに関わらないダミーの選手を置き、戦略的にラインを崩そうとするチームが相手になると、最終ラインをむやみに上げることはできない。1990年代の欧州のトップクラブはいずれも、対戦する両チームが40メートルの幅に収まるような、極めてコンパクトな布陣を敷いていた。しかし現在、有効なプレーエリアは50〜60メートルにまで伸びている。

 プレーエリアが広がり、コンパクトな布陣をキープできない場合、4ー4ー2の弱点は明確に現れる。中盤のフィルターが効かないのだ。特に、4ー3ー3や4ー2ー3ー1のチームと対戦した場合、4ー4ー2ではセントラルMFの人数が合わず、中盤のセンターのエリアにフリーな選手を作ってしまう。さらに、陣形が間延びすると、中盤と最終ラインの間に危険なスペースが生まれやすい。これはシステムの構造から生じる、ほとんど永遠の弱点だ。要するに、4ー4ー2はコンパクトでなければ機能しない。例外は自陣にDFとMFを並べてコンパクトにする場合だけだが、これだとカウンター以外の攻撃はできなくなってしまう。

 こうして、システムの主流は4ー4ー2から、よりピッチ全体をカバーしやすい4ー2ー3ー1へと移ってきた。結果、以前よりパスが通りやすくなり、フィジカルよりテクニックを重視したサッカーが台頭してきた。パトリック・ヴィエラではなく、セスク・ファブレガスの時代になったのだ。これらはすべて、2005年をスタートラインとして考えることが可能だ。

■ユナイテッドにおけるルーニーの特殊性

 ここで疑問を感じる人もいるかもしれない。トップレベルで4ー4ー2の有効性が低下した現在、プレミアリーグで最も強力なチームの一つであるユナイテッドでは、4ー4ー2がしぶとく生き残っている。これはどういうわけだろうか?

 疑問を解くカギは、ウェイン・ルーニーのプレーにある。試しに、昨シーズンのチャンピオンズリーグでユナイテッドとシャルケが対戦した際の、ルーニーとラウール・ゴンサレスのプレーエリアを比較してみよう。両チームのシステムはいずれも4ー4ー2で、ルーニーとラウールはともに2トップの一角でプレーした。ラウールは典型的なセカンドストライカーだが、普通のFWよりもずっと献身的に守備をこなすタイプ。しかし、ルーニーのプレーエリアはラウールよりもずっと低く、もっと言えば、このプレーエリアは4ー2ー3ー1のトップ下のプレーヤー、例えばメズート・エジル(レアル・マドリード)よりも低い。ここまで来ると、ほとんどセントラルMFとさえ言えるかもしれない。

 一般的に、セカンドストライカーはパートナーの背後から前線に飛び出すFWだ。しかし、ルーニーは時に、パートナーを置き去りにして中盤に下がってくる。これが、今やトップレベルでは有効でないはずの4ー4ー2が、ユナイテッドで生き残っている真の理由である。ルーニーがセカンドストライカーとしてプレーする時、彼は実質的にセントラルMFの役割を兼ねている。

 それなら、ユナイテッドのシステムは4ー2ー3ー1なのではないか? いや、そうではない。試合開始のホイッスルが鳴る時は、ルーニーは必ず前線に位置している。だが、そこから状況に応じて、下がる必要性がある場合に限って中盤に下がるのだ。これは、いわゆる「リベロ」の逆バージョンとでも言えばいいだろうか。サッカー史で最も有名なリベロであるフランツ・ベッケンバウアーは、DFとして最終ラインでプレーしながら、状況に応じて自由に中盤まで攻め上がり、攻撃を分厚くした。一方でルーニーは前線でプレーしながら、状況に応じて守備を分厚くするために中盤に下がる。2つのゾーンを自由に行ったり来たりできるという意味で、彼はまさに「リベロ型FW」と呼べるだろう。

 この特徴が、最も顕著に現れるたのがチェルシー戦だ。プレミアリーグ第5節のチェルシー戦、ルーニーは恐らく今シーズン初めて、中盤に下がりながらプレーした。そう、ルーニーは4ー3ー3のチームを相手にする時、まさに4ー4ー2の弱点が明らかになる状況において、そこをカバーするために中盤に下がっている。これがアレックス・ファーガソン監督の指示によるものなのか、ルーニーの自発的な動きなのかは分からないが、とにかく、ユナイテッドの4ー4ー2には必要に応じて陣形を崩せる柔軟性がある。そして、それを作り出しているのがルーニーなのだ。

■バルサがメッシ用に考案した「偽の9番」

 2011年の現在、ルーニーのユニークなプレースタイル以上の「変種」と言えば、リオネル・メッシを置いて他にない。いわゆる「偽の9番」という役割だ。彼はシステム上はストライカー(=9番)だが、9番が本来いるべきポジションを無視して中盤やサイドへ流れては、チームメートが攻め上がるためのスペースを巧みに作り出している。そのプレーを、典型的な3トップのセンターFW、例えばディディエ・ドログバなどと比べれば、どれだけ異なる動きをしているのか分かるはずだ。メッシの幅広い動きと巧みなボールキープ、そしてアタッカー陣との連動性は見事と言うしかない。今のバルサは彼が攻撃のスイッチとなり、相手DFに全く的を絞らせない流動的な攻撃を披露している。

 昨シーズン、マンチェスター・シティでカルロス・テベスが見せていたプレーも、本質的にはメッシと同じことだった(もちろん、バルサのようにスムーズにはいかなかったが)。シティは攻撃と守備の連動性がさほど良いチームではないから、その両方をつなぐテベスの働きは大きかった。今シーズン、ロベルト・マンチーニ監督は新加入のセルヒオ・アグエロに同じようなプレーを期待しているのだろう。実際、今のシティを見ていると、アグエロはしばしば中盤に下がってボールをさばいている。

 メッシの話に戻ろう。「偽の9番」の周囲では、逆足のウイングが動きまわる。ワイドなポジションから「偽の9番」が空けたスペースに進入し、ゴールを狙うことを主な役割とするFWだ。これは世界の至るところで流行の戦術になりつつある。昨シーズン、アンドレ・ヴィラス・ボアスはポルトで、チームで最も得点力があるフッキをウイングにした。左利きの彼が右サイドから中央に入り込む動きは、この逆足ウイングの最も典型的なサンプルと言える。バイエルンでは右利きのフランク・リベリーが左サイド、左利きのアルイェン・ロッベンが右サイドを担当している。

 このタイプのウイングは今後も広まっていくだろう。そして、ワイドな位置からクロスを放り込むのは、基本的にはサイドバックの役割に移行するはずだ。

■組織の中で個を生かす最新鋭のアタッカー

 新たな攻撃戦術は、プレーヤーに新たな役割を要求する。これがユニークなプレースタイルを生み出す条件になる。その点で、ルーニーやメッシは現代の最先端を行くニュータイプのアタッカーだ。彼らの驚くべきスタイルとクオリティーの高さは、単に個人として優れているために可能になったのではない。それなら、メッシはアルゼンチン代表で、ルーニーはイングランド代表でもっと良いパフォーマンスができていなければおかしい。だが、年に数回のキャンプと試合をこなすだけの代表チームでは、クラブチームと同等の連動性を求めることはできない。だから、彼らは本来持っている能力を生かし切れない。

 これは恐らく、現代サッカーの最も大きなトレンドと言えるだろう。そう、個人ではなくチームの力が問われる時代になったということだ。ルーニーとメッシは、優れた個の能力をチームの中で最大限に生かすことができる。言い換えれば、彼らは組織と連係の力を高めるスキルを持っている。そしてこのスキルこそ、今のサッカー界において最も貴重な、極めて特別な能力なのだ。
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【浅野祐介@asasukeno】1976年生まれ。『STREET JACK』、『Men's JOKER』でファッション誌の編集を5年。その後、『WORLD SOCCER KING』の副編集長を経て、『SOCCER KING(@SoccerKingJP)』の編集長に就任。『SOCCER GAME KING』ではCover&Cover Interviewページを担当。