視力を失いながらも音楽を通して歩み続けるひとりの男性が、石川県白山市にいます。

希望を乗せた音色が響く

夢や希望を乗せたトランペットの音色は、能登半島地震の被災地の人々や次世代を担う子どもたち、多くの人たちをつないでいます。

2026年9月、石川県金沢市の涌波会館に招かれたのは、藤井幹人さんと、ひろみさん。幹人さんはトランペット奏者、妻のひろみさんはフルートも奏でる声楽家です。

届けるのは「元オーケストラ奏者」

現在60歳の藤井さんは、石川県金沢市に拠点を置く「オーケストラアンサンブル金沢」の設立から36年間にわたって在籍したトランペット奏者でした。

「真っ白で深い霧の中にいる」

◇藤井幹人さん…「今は人の顔であったり、姿とか、色であったりとか、そういうものは認識できなくて、本当に真っ白い世界にいる感じですね。深い霧のなかにいるような状態です」

藤井さんは32歳のとき、光を感じる網膜に異常をきたす難病「網膜色素変性症」と診断され、以来、徐々に視野が狭まり、40代のころには楽譜が読めなくなってしまいました。

◇藤井さんの妻・藤井ひろみさん…「白地に黒の楽譜というのが一般的だと思いますが、白黒反転というのは黒地に白、学校で黒板にチョークで白い字を書きますが、そんな状態です。目にやさしいというか、夫はだんだん光の調節ができなくなってくる病気なので、白い楽譜は眩しくって、何が書いてあるのか分からなくなってきた」

妻やオーケストラアンサンブル金沢の団員たちのサポートもあって演奏活動を続けてきた藤井さん。前へと踏み出します。

走る楽しさと出会う

金沢マラソンへの挑戦です。

◇藤井幹人さん…「外を走れるということが、こんなに楽しいということを教えてもらった。解放感ですね」

藤井さんは視覚障がいランナーを支援する伴走者と出会い、2017年から3年連続で金沢マラソンに出場。2019年には見事、自己ベストを更新する3時間34分47秒でフィニッシュしました。

もうひとつの困難に

常に前を向き続けてきた藤井さんを、もうひとつ、難病が襲います。血液のガン「多発性骨髄腫」です。2022年のことでした。

◇藤井幹人さん…「オーケストラのリハーサルの休憩中に自分の席に戻ろうとしたとき、間違って50センチくらいのひな壇を降りてしまったんですね。背中に激痛が走りまして、そのまま救急車で病院に運ばれまして、検査の結果、背骨が3本陥没骨折してまして。多発性骨髄腫のせいで背骨が3本折れてしまったと」

オーケストラの退団を決意

その後、目がほとんど見えなくなり、定年を前にした2024年、藤井さんはオーケストラアンサンブル金沢を退団しました。

今度は音楽を届けにいこう

◇藤井幹人さん…「指揮者が見づらくなったり、コンサートマスターが見づらくなったりしてきたので、何度も何度も辞める直前に妻と話をしたのですが、今までオーケストラだと、私たちの演奏を聴きに来てくださっていたが、今度は僕らが音楽を届けに、普段音楽会に来ることができない方々に聴いていただこうと思って活動を始めました」

能登半島地震が襲う

とき同じくして県内を襲った能登半島地震。藤井さんは妻とふたりで被災地をまわり、時間が許す限り音楽を届け続けました。

石川県の珠洲市、七尾市、穴水町、中能登町、志賀町など、被災地での演奏会は50回を超えました。

震災、そして2026年8月末の豪雨でも大きな被害を受けた、富山県氷見市にも活動を広げています。

不治の病がふたつ「きっと意味がある」

◇藤井幹人さん…「僕の目の病気は、原因も治療法もないんです。血液のがん「多発性骨髄腫もまだ完治する薬がないそうです。不治の病を僕の体はふたつも持っていて、だけどそのことにはきっと意味があると思いました。、あきらめない、そして明るく、生きていくこと…そういうことを続けていこうと思います」

「演奏に励まされました」

◇訪れた被災者は…「藤井さんの演奏や話を聞いて、私も能登半島地震の震災にあってから今までのことを思い出していました。もう頑張ろうと思いました」

◇氷見市姿地区・山本譲治区長…「氷見市には地震や大雨が襲ってきた。復興に向け、藤井さんとは何度も話し合ってきました。藤井さんは氷見市内すべての中学校で演奏会をしてくれた。きょう、皆さんと一緒にコンサートができたこと、大成功だと思います」

音楽を志す後進のために

藤井さんは音楽を志す後進の育成にも取り組んでいます。アンサンブル金沢のジュニアオーケストラに所属する子どもたちにトランペットの指導をしています。

◇藤井幹人さん…「お互いに聴きあって一本に聴こえるように」「もう一回いこうか」

◇ジュニアオーケストラ団長・宮岸幸輝さん(高校1年)…「楽器のこともそうですが、それ以外にもいろんな雑談とか乗ってくれたりして、本当にやさしい先生だと思います」

◇宮岸奏多さん(小学5年)…「些細なことでもほめてくれる先生です」

◇髙岡みのりさん(高校1年)…「演奏面でいうと本当に音がきれいで、最初に聴いたときは、プリン(甘くとろけるような艶のある音)みたいな音だなって、先生に直接言ってしまったんですけど、聴いているだけで勉強になる」

◇齋藤里穏さん(高校2年)…「口の中を手で表現してくれるんですが、舌の動きとか、あとは音がどんな音なのかをいろんなものを使って表現してくれる」

◇西岡愛梨さん(中学2年)…「まだ始めたばっかりで、なんにもわかんなかった私にも、やさしく丁寧に教えてくれた」

◇藤井幹人さん…「僕が学生の頃はすごく厳しかった。だから先生にすごく怒られながら教えられていたが、だからそのときに(厳しく)しないようにしようと思った」

「まだできることが、きっとある」

前を向いて、まっすぐに音楽を届け続ける、藤井さんを、妻のひろみさんがそっと寄り添います。

◇藤井さんの妻・藤井ひろみさん…「夫の経験、私たちの経験を伝えさせていただきながら、まだできることがあるかもしれない。きっとある、やってみようという気持ちになっていただけたら、そんなうれしいことはないなと思っています」

被災地での演奏に藤井さんが必ず、今の想いと、これからを音に乗せるのは、「上を向いて歩こう」です。

♪上を向いて歩こう

◇藤井幹人さん…「僕はトランペットなので、歌詞はないんですけれども、自分の思いを音に乗せて、お客様の心に向けて、いつも吹くようにしていて、届かせるようにしています。これからもそれを続けていこうと思っています」

藤井幹人さんとひろみさんのデュオコンサートは2026年10月4日の日曜日、午後1時半から、石川県津幡町の石川県森林公園インフォメーションセンター「わくわく森林ハウス」で開かれます。