映画独自解説家の守鍬刈雄氏が、YouTubeチャンネル「守鍬 刈雄のお暇なら映画でも」にて『【#オデュッセイア】セイレーンの歌の意味 オデュッセウスは本当は故郷に帰りたくなかった(独自解説)』と題した動画を公開した。動画では、英雄オデュッセウスが実は故郷に帰りたくなかったという独自の見解を基に、ギリシャ神話『オデュッセイア』の奥深い人間ドラマを考察している。

※この記事には映画のネタバレが含まれています。

守鍬氏は、人を惑わす魔物であるセイレーンの歌について、「自分がなりたかったもの。望んだことを後悔しているもの。失ったもの。本当は故郷に帰りたいと思っていないということについての歌を聞かせた」と解説する。故郷イタケーへの帰還を目指すオデュッセウスだが、トロイア戦争からの帰路で自らの選択により多くの罪を犯し、仲間を犠牲にしてきた。そのため、故郷に帰ることで以前の自分ではなくなっていることに気づき、「それを認めなければならなくなる」という恐怖を抱いていたと推察した。

動画ではさらに、怪物スキュラとの遭遇時における「全員死ぬか、6人死ぬか」という選択や、トリナキア島で禁忌を破り太陽神の牛を食べた船員たちが全滅するエピソードを紹介する。守鍬氏は、オデュッセウスが仲間を犠牲にしながら自分だけが生き残ることで、罪の意識を背負っていく過程を「マイケル・サンデルで有名なトロッコ問題」に例えて説明した。

仲間をすべて失い、「PTSDを抱えた1人の男」のような状態に陥ったオデュッセウスは、たどり着いたカリュプソの島で記憶を消す蓮を食べ、7年もの歳月を過ごす。しかし、セラピスト的役割を果たす女神カリュプソから「戦うのをやめて、支配しようとするのをやめて生きなさい」と諭されることで、過去の罪を受け入れて再び歩み出す決意を固める。

守鍬氏はこの一連の展開を、知恵と策略で運命を支配しようとしたこれまでのオデュッセウスの生き方の「全否定」であると定義した。英雄が自らの罪と向き合い、それを受け入れて生きていく姿を描いた物語であると結論付け、神話に対する新たな視点を提供している。

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