高視聴率を記録する日曜劇場『VIVANT』で、謎の諜報組織「別班」の司令・櫻井役として存在感を見せているのが、キムラ緑子だ。シーズン2に関していえば、今のところヒロインの二階堂ふみより出番が多い。

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キムラ緑子 ©時事通信社

 現在64歳のキムラは「遅咲きのブレイク」として知られている。なんといってもその名を轟かせたのは、NHK朝の連続テレビ小説『ごちそうさん』(13年)で演じた、ヒロイン・め以子(杏)を強烈にいびる「いけず」な小姑・和枝役だ。

 嫁を女中扱いし、出された食事には手をつけず、お膳をひっくり返した上、床に落とした食事を食べるよう煽り倒す。51歳のキムラが「日本中のお茶の間を敵に回すかもしれない」という覚悟で演じた和枝はすさまじい反響を巻き起こした。

 一方、スイーツ番組の『グレーテルのかまど』では、“かまど”役を15年演じている。諜報部隊の司令からかまどまで--。キムラを「カメレオン女優」と呼ぶ人も多い。

“一瞬で目を奪われる”キムラ緑子の実力

 映画やドラマで、短い出番ながら一瞬で観客の意識を奪ってしまう脇役のことを“シーン・スティーラー”と呼ぶ。キムラはまさに日本版シーン・スティーラーだ。

 映画『パッチギ!』(05年)では主人公たちのたくましい母親(オモニ)を演じ、『海街diary』(15年)では落ち着いたベテランの看護師長、映画『おとうと』(10年)では笑福亭鶴瓶の元恋人を演じた。朝ドラ『半分、青い。』(18年)ではエセ関西弁をまくしたてる100円ショップのオーナー、ドラマ『僕のヤバい妻』(16年)では高橋一生の年増の偽装妻を演じている。

 エキセントリックな役柄から庶民的な普通の人の役まで、一度見たら忘れられない役から「えっ、あの役も?」という役まで。一瞬で目を奪われるのはもちろん、ちゃんと“そこにいる感じ”がするのは、舞台で培ってきたキムラの実力に他ならない。映画『真木栗ノ穴』(08年)では西島秀俊を誘って一緒に入浴する中年女性役を演じていたが、妙なリアリティがあった。

淡路島生まれ→大学で出会った“つかこうへいの芝居”に衝撃

 1961年、淡路島の洲本市出身。海と山に囲まれた環境で自然とともに育った。幼い頃から歌が好きで、小学生の頃は近所の子を集めてピンキーとキラーズの「恋の季節」を熱唱していたという。

 アイドルへの憧れが高まって、中学生の頃に『スター誕生!』の地区予選に応募。中島みゆきの「時代」を歌って最終審査まで残ったが、落選して泣きながら帰った。中学時代にはキング・クリムゾンの「21世紀の精神異常者」を聴いて衝撃を受けたことも。

 地元の高校を経て、京都の同志社女子大学へ進学。ここで人生が大きく変わる。演劇の世界と出会ったのだ。

 友人に誘われて見学したのが、歴史と伝統ある演劇サークル「第三劇場」だった。生瀬勝久は同サークルの1学年上にあたる。

 演劇には何の興味もなく、最初はただの付き添いだったが、上演されていたつかこうへいの芝居『熱海殺人事件』を見て衝撃を受け、入部を即決する。このとき演出していたのが、後に夫となる劇作家のマキノノゾミだった。

 両親が仕事で忙しく、幼い頃から一人でいることが多かった。歌手に憧れたが、あっさり挫折し、高校時代は心から楽しいと思えることがなかった。そんなキムラの心の「空洞」を埋めてくれたのが演劇だった。初舞台では踊りながら舞台に登場して会場を沸かせ、いきなり天性の才能を見せつけている。

「先輩に耳打ちされた一言を(アドリブで)言ったとき、客席がウワーッと笑ったんです。その音のすごさに、なにこれ!と楽しくなっちゃった。あれが私の初体験です」(『AERA』2018年12月3日)

 とはいえ、演劇は大学でのクラブ活動ぐらいに考えていた。卒業後は、故郷の淡路島に帰って結婚するつもりだったのだ。

一度は塾の先生になるも、諦められなかった女優の夢

 演劇を続けることをほのめかしたら、両親が京都に飛んできた。「新車を買ってやるから」と一晩かけて説得されたキムラは、200万円のスポーツカーを買ってもらって両親とともに淡路島に戻る。

 故郷で学習塾を始め、3年ほど近所の子どもたちに英語や数学を教えていた。生徒を笑わせながら勉強を教え、成績向上につなげる優秀な教師だった。当時のことを次のように振り返る。

「先生なんて一人芝居みたいなもの。子どもたちを引きつける能力がないとできない。一生懸命、楽しく聞いてくれる、勉強が向上する。お客さんが涙したり笑ったりする快感に近い」(朝日新聞 2022年11月10日)

 すぐに転機がやってくる。マキノに電話で「劇団の女優がやめた。戻ってきてくれないか」と誘われたのだ。キムラはすぐさま車に家財道具を積んで家を飛び出した。教えていた子どもたちが、進学や卒業でちょうど一段落したのもタイミングが良かった。

 京都に戻ってマキノが旗揚げした劇団M.O.P.に合流。劇団が解散する2010年まで看板女優として君臨した。ジャンルを横断する作品に応じて役柄を次々と変え、「カメレオン女優」の素地を築く。『ごちそうさん』にキムラをキャスティングしたNHKの岡本幸江プロデューサーは、学生時代からM.O.P.でキムラを見てきたファンである。

 キムラは自分の人生を語るとき、よく「行き当たりばったり」と口にする。演劇を始めたのも、演劇に復帰したのもなりゆきだった。日本が元気だった80年代に青春時代を送った“新人類世代”の勢いを感じる。

 映像作品でのデビューもなりゆきだ。祇園でホステスのアルバイトをしているとき、客としてやってきた映画関係者に店のママが出演を頼んでデビューが決まった。それが『極道の妻たち 三代目姐』(89年)。元ヤクザの坂上忍を支えてレンタルビデオ店で働く妻・すぎ子を演じた、チョイ役だったが、坂上、かたせ梨乃らとしっかり渡り合っており、とてもデビュー作には見えない。

 キムラは若かった頃について「常に自分中心で、なんでも言いたい放題のときもありました」(AERA DIGITAL 2019年2月10日)と振り返る。明るく笑い、奔放で激しく、大胆で行動的な部分もあれば、コンプレックスが多くて、悩みを一人で抱え込んでしまってストレスを溜めてしまう部分もあるのだという。

 2016年に『さんまのまんま』に出演したときはマイペースぶりを発揮し、明石家さんまに「人の言うことを聞きなはれ!」「3回殴ろうかと思った。大竹しのぶと気が合うわけだ」と言わしめた。

「わがまま」だった離婚

 マキノと結婚したのは31歳だった1992年のとき。しかし、35歳のときに東京での仕事をきっかけに一人で上京を決めてしまう。マキノには引っ越し先と日取りを決めた後に報告したという。マキノも東京に拠点を移した。2002年にはマキノが脚本を書いた朝ドラ『まんてん』にキムラも出演している。

 上京して以降、仕事は次々と舞い込んだが、すべてが上手くいくわけではなかった。また、劇団の舞台があれば、マキノとずっと顔を突き合わせることになる。

「劇団やってる頃はホントにお芝居やってると朝から晩まで一緒なんで。うち帰っても一緒。もうずっといるのがやっぱりちょっと……自分一人の時間がほしいって、あの頃はなっていたんですね」(『徹子の部屋』2018年1月22日)

「わがまま」だと自覚しながら離婚を切り出した。2005年のことだった。

同じ相手との再婚を決意したワケ

 離婚後も看板女優と劇団主宰という関係は続き、年に一度は一緒に舞台を作っていたので、生活はそれほど変わらなかった。復縁したのは2010年頃。その後、正式に再婚したのは2011年の東日本大震災も影響している。

「なんか精神がちょっと……1人ではいられなくなって『もう1回結婚して』と。『今さら籍はいいんじゃないか』って断られましたけど、お願いしますってごり押しで」(『徹子の部屋』2014年7月4日)

 何よりもマキノはずっと一緒に芝居を作ってきた同志。子どもがいない2人にとって、作り上げてきた芝居は子どものようなものだったのかもしれない。

「私は芝居のことしか語れないし、この人を逃したら私、誰と何を語るんだろうと思って」(同上)

 離婚も再婚もマキノはおおらかに受け止めてくれた。穏やかな性格は、性格がキツいキムラにはぴったり合っているのだという。同じ家にいるが、たまに会うだけで一人の時間が多い。お互いに束縛しない自由な関係を楽しんでいる。2回結婚したからこそ得た境地だ。

演じることは、人間について考えること

 キムラは「カメレオン女優」と言われるが、いわゆる「憑依型」ではまったくない。脚本を読み込み、演出家や共演者とディスカッションを重ね、七転八倒しながら役を掴んでいく。

「役をつくる作業は苦しいです。散々、すったもんだします。まったく違う方向に行ったり、何も浮かばなかったり、浮かんでもできなくなったりとか、いろんなところに行ってジタバタして、最終的になんとか間に合う感じですね」(web DICE 2010年7月1日)

 それでも、やっぱり演じることは幸せなのだという。そこに人間を演じる面白さがあるからだろう。

「役を演じることによって、いろんなことを思い、人間について考える時間が与えられる。自分にはないものを持っている人や、日常ではまったく理解できない人。そんな人=役に何とか近づきたくて、芝居をしているんだと思います」(AERA DIGITAL 2019年2月10日)

『VIVANT』では日本の利益を第一に考え、拷問や処刑の指示も辞さない体制の守護者たる別班の司令をシリアスに演じている。これもキムラが考え抜いた末に作り上げた役柄なのだろう。一方、プライベートでは国会前での高市政権を批判するデモに参加した様子をInstagramにアップしている。BGMは京都に長らく住んでいたフォークシンガー高石ともやの反戦ソング「明日なき世界」だった。心と演じる役柄はまったく別。これこそプロの役者である。

(大山 くまお)