筒井康隆氏、“戦争プラス笑い”をテーマに書いた作品への思い「今だって、世界のどこかで戦争をしている。苦痛を感じている人はそっちのけで、戦争の映像を楽しんでいる人たちがいる」
戦後81年の夏を迎え、戦争の記憶の継承という難題が改めて問われている。作家・筒井康隆氏(91)は、少年時代に大阪で戦争を経験し、従来の戦争文学とは異なる手法で作品に描いた。戦争を「醜くて面白い」と語る筒井氏に、真意を尋ねた。【第2回】
「戦争プラス笑い」を書いた作品
『東海道戦争』(1965年)と同年の初長篇『48億の妄想』は、テレビが日韓関係の悪化を扇動し、日韓海戦へと向かう、自らが〈「疑似イベントSF」の決定版〉と宣言した作品だ(同書あとがき)。1967年には、近未来を舞台に、主人公がなおも続くベトナム戦争の観光に行き、徐々に巻き込まれていく短篇『ベトナム観光公社』で直木賞候補となる。
こうした手法は疑似イベントのほかに「ドタバタ」「スラップスティック」とも形容される。読者からは驚きの声や好意的な感想も寄せられたが、まだ「あの戦争」が遠い出来事ではなかった当時、否定的な意見も少なからずあったと筒井氏は述懐する。
「石川喬司さん(SF作家・評論家)なんかは、世の中には笑っていいことと笑ってはいけないことがあるのではないか、とおっしゃった。
僕としては、自分の資質を一番生かせるテーマは何だろうと考えたわけだ。戦争を書いている人はたくさんいるけど、戦争プラス笑いというのを書いた人はまだ誰もいない。映画ではマルクス兄弟の『吾輩はカモである』なんて傑作があるけどね。だから、これはやってやろうと」
湾岸戦争をめぐる中上健次との会話
作家の見立て通りというべきか、時代が下っても、疑似イベントの主題は古びなかった。筒井氏は湾岸戦争の例を挙げてこう話した。
「あの時、中上健次とテレビを見ながら雑談していたことがあった。中上健次は湾岸戦争を『どうもリアリティのない戦争だ』って言うんですね。なるほど、そういう言い方もあるなと思った」
テレビに映っていたのは、原油まみれで真っ黒になった海鳥の映像だった。イラクが重油を海に流した証拠とされたが、真偽は現在に至るまで定かではない。確かなのは、そうした報道を横目に、湾岸戦争が本格化していったことだ。
「もしあれが本当じゃなかった、つまりまったく別のところから鳥の映像を持ってきて、湾岸戦争のニュースの中に紛れ込ませていたのならば、あれも『疑似イベント』と言えますよね。嘘偽りの鳥の映像で、重油を海に流すなんてとんでもないという世論が醸成され、湾岸戦争のリアリティを表現したわけですから」
1960年代に始まったテレビの時代から、SNSに主流が移った現代においても、筒井氏が描いた本質は色褪せていない。
「今だって、世界のどこかで人類は必ず戦争をしている。戦争に巻き込まれ、苦痛を感じているガザの人たちがいるけれども、そういう人たちはそっちのけで、戦争の映像を見て楽しんでいる人たちがいる。私が戦争を『面白い』と言うのは、ひとつはそういう現実があるからです」
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※週刊ポスト2026年8月28日・9月4日号
