「お前に譲るつもりだ」…年金月15万円・80歳父が長男にだけ明かした「隠し金庫」の存在。長女には言えない〈タンス預金〉の総額【弁護士が解説】
銀行口座の凍結などをおそれて、現金を自宅で保管する「タンス預金」。高齢世代を中心にいまも根強く残る文化ですが、これが介護や相続の現場で予期せぬトラブルを生むケースがあります。今回は、弁護士法人山村法律事務所の代表弁護士・山村暢彦氏が、80歳の父親と45歳の長女、42歳の長男の事例をもとに、タンス預金が相続トラブルに発展する理由と予防策について解説します。
長女には内緒に…年金月15万円・80歳父が長男だけに明かした「隠し金庫」
埼玉県内のメーカーに勤めるリュウイチさん(仮名・42歳)。数年前に母が他界して以来、実家で一人暮らしをする父・シゲルさん(仮名・80歳)の足腰が弱ってきたことから、週末のたびに実家へ通って身の回りの世話をしています。
リュウイチさんには都内に住む3歳上の姉・アリサさん(仮名・45歳)がいますが、「私は仕事が忙しいし、実家のことはあなたがやってよ」と丸投げ状態でした。
そんなある日のこと。実家の片付けをしていたリュウイチさんは、シゲルさんから「ちょっと、来てくれるか」と寝室に呼び出されました。シゲルさんは押し入れの奥から古びた金庫を取り出すと、こういいます。
「ここには、俺が少しずつ貯めてきた現金が入っている。いつも面倒をかけているお前に全部譲るつもりだ。アリサには内緒にしておけよ」
シゲルさんは昔から倹約家で、現在も月15万円ほどの年金の範囲内で生活を続けています。シゲルさんは、万が一自分が認知症になったり亡くなったりした際に「口座が凍結されてお金が引き出せなくなる」ことを恐れ、長年“タンス預金”として現金を貯め続けていたのです。
リュウイチさんは戸惑いながらも、父の想いを汲み取り、2人だけの秘密にすることを約束しました。
「なんでもない」と誤魔化すも…隠し通せなかった金庫の存在
しかし、その約束は思いがけない形で破られることになります。
数週間後、シゲルさんが自宅で軽く転倒。念のため病院へ行くことになりましたが、その日はどうしてもリュウイチさんが仕事を休めず、珍しくアリサさんが付き添うことになりました。
出発前、実家に到着したアリサさんが「お父さん、保険証と診察券はどこ?」と尋ね、シゲルさんが「寝室の押し入れの引き出しに入っている」と答えると、アリサさんはいわれた通りに押し入れを開けて探し始めました。
すると偶然、アリサさんは金庫を見つけてしまったのです。
「ねえ、この金庫なに?」
そう聞かれたシゲルさんは、「なんでもない」と誤魔化しましたが、アリサさんの追及はやみません。
「もうやめてくれ…」家族の絆を壊した〈1,200万円のタンス預金〉
観念したシゲルさんが金庫を開けると、そこには帯封のついた1万円札の束、総額1,200万円がぎっしりと詰められていました。アリサさんはそれを見た瞬間、顔色を変えます。
「私は長女なんだから、半分もらう権利があるはずよ」
「これは父さんが今後の介護費用のために残している大切なお金だ」とシゲルさんが事情を説明しても、らちが明きません。結局リュウイチさんを呼び出し、口論に発展しました。
互いの主張は平行線をたどり、シゲルさんが「もうやめてくれ」と懇願しても、ヒートアップするばかりです。
結局この日以降、アリサさんからの連絡は途絶え、実家の様子を見に来ることは一切なくなりました。リュウイチさんが話し合いを求めても電話すらつながらず、姉弟の関係は断絶してしまったのです。
シゲルさんは「俺がお金を隠し持っていたばかりに……」とひどく落ち込み、すっかり元気をなくしてしまいました。万が一の口座凍結に備え、手元に置いていたタンス預金。それが安心をもたらすどころか、家族の絆を壊す結果を招いてしまったのです。
【弁護士が解説】タンス預金は争族の火種に…確実に渡すなら「遺言書」を
シゲルさんが存命中である以上、金庫の1,200万円は父自身の財産であり、長女のアリサさんに現時点で「半分もらう権利」があるわけではありません。
その一方で、「長男に全部譲る」と口頭で伝えただけでは、ただちに長男のリュウイチさんの財産になるわけでもありません。介護を担う長男に多く残したいのであれば、遺言書などにより正式に意思を示し、長女の遺留分や税務も踏まえて整理する必要があります。
タンス預金そのものが違法なわけではありませんが、税金の支払いや複雑な手続きを避ける目的で利用し、相続時に申告すべき現金を隠せば脱税となり得ます。また、現金は取引履歴が残りにくいため、「誰のお金か」「なんのために保管したのか」「実際にいくらあったのか」をめぐって争いになりがちです。
相続後に一部の親族が持ち出したとして、不当利得返還請求などの訴訟に発展するケースも珍しくありません。一見便利な備えに思えても、盗難や紛失に加え、家族間紛争の火種になります。多額の現金を自宅に隠すよりも、財産目録と遺言書を整え、使途や承継方針を家族に説明しておくことが重要です。
山村 暢彦
弁護士法人山村法律事務所
代表弁護士

