10年ほど前の夏、母親と当時小学3年生だった娘は、年に一度地元で行われる花火大会を楽しんだ。しかし3日後の夜、娘は経験したことのない腹部の違和感を覚える。

その翌朝、母はいつも通り医療事務の仕事へ行き、娘は1人で留守番をしていた。午前中、自宅にいる娘から母のもとに着信が入った。腹痛を訴え苦しそうな娘の声。ただごとではないと感じた母は、仕事を抜けられないため、近くに住む自身の妹に娘のもとへ向かってもらうよう頼んだ。

母の妹が家に着くと、娘は苦しそうにうずくまっており、嘔吐も見られた。近くの総合病院に駆け込むと、医師は下痢と吐き気の症状から胃腸炎と診断。整腸剤を処方された。

その日の夜になっても娘の体調は良くならず、母は夜間救急を受診させる。しかしここでも胃腸炎の診断で帰宅することになった。

翌朝、娘の症状はさらに悪化しており、母と娘は大きな病院へ。すると、前日からこの病院を受診している患者たちも、あの日の花火大会に行っていたと医師は告げた。この病院では前日から腹痛や嘔吐を訴える患者が急増しており、すでに4人の子どもが入院。それは市内の他の病院でも同様だった。

花火大会で母と娘は屋台で買った唐揚げと、冷やしきゅうりを食べた。

娘には脱水症状がみられ、病院では点滴治療を開始。同時に、血液検査と検便を行う。すると腸管出血性大腸菌・O157が検出された。

O157は腸管出血性大腸菌の一種で、主に牛などの腸の中に潜んでいることが多い。加熱不十分な肉からの感染のほか、菌が付着した土や水を経由して汚染された野菜から感染することもある。この菌がヒトの体内に入るとベロ毒素という強力な毒素を出すことがあり、毒素が血液中に入ると血管や臓器に影響を及ぼし、病状が進行すると溶血性尿毒症症候群を発症、最悪の場合は死に至ることもある。

病院はすぐに保健所へ連絡し、娘は入院。溶血性尿毒症症候群への進行を防ぐため、点滴による水分補給と慎重な経過観察が続けられた。

そんな中、娘に付き添っていた母も夜になって体調を崩し、同じ症状に襲われたうえ、血便まで出るようになった。母からもO157が確認され、娘と二人で入院することになった。

一方、病院や保健所は患者からの聞き取りを進め、集団食中毒を引き起こした食べ物の特定を急いでいた。複数の患者が証言したのは「冷やしきゅうりを食べた」ということ。保健所は冷やしきゅうりを販売していた露天商への調査を開始した。

花火大会前日、この露天商は卸売業者から生のきゅうりを1000本購入し、そのうち半分の500本を翌日の花火大会で販売する予定だった。

大会の当日、露天商は会場近くの臨時駐車場で作業を開始。車の中に新品のブルーシートを敷き、アルコール除菌を行ったあと、ペットボトルの水できゅうりを洗い、数人がかりでヘタ取りと皮むきを行った。下処理を終えたきゅうりは、ポリバケツの中に水と浅漬けの素を投入し3時間ほど漬け込まれたという。

この一連の工程には、O157が付着・増殖しかねない問題がいくつも潜んでいた。まず、きゅうりの洗浄方法。きゅうりの表面にはイボがあり土や汚れが溜まりやすいため、本来は流水でしっかり洗い流す必要があったが、ペットボトルの水をかける程度の洗浄にとどまっていた。この時、汚れが残った靴が近くにあったこともきゅうりを汚染した可能性があったという。

漬け込みに使ったポリバケツやカット用の包丁などの調理器具も、アルコール除菌はしていたものの、洗剤を使った洗浄は行われていなかった。実はアルコール消毒だけでは腸管出血性大腸菌の殺菌には不十分で、調理器具は使用のたびに洗剤でしっかり洗うことが大事とされ、消毒にはアルコールではなく熱湯や次亜塩素酸ナトリウムなどが推奨されている。しかもこの調理器具は、露天商の自宅で半年間も台所に置かれていたものだったことも判明している。

そして食中毒を拡大させた最も大きな原因が、長時間の常温保管。O157が最も増殖しやすいとされる温度は37.5℃前後で、10℃以下での冷蔵保管が鉄則とされるきゅうりが長時間常温で保管され、O157が増殖しやすい温度になっていた可能性があった。

こうして漬け込まれたきゅうりは、その後氷で冷やされて販売が開始された。露店は長蛇の列ができるほどの大盛況で、この時、露天商たちはトイレを使用後、手洗いにはペットボトルの水で手を流したあとアルコール除菌をしただけで石鹸を使っていなかったことも判明。そんな衛生状態のまま、冷やしきゅうり500本すべてが完売した。

ずさんな衛生管理のもと多くの人に渡ってしまった冷やしきゅうりにより、この花火大会でのO157感染による患者数は510人にのぼり、114人が入院することに。患者のうち5人は、腎不全などを伴う溶血性尿毒症症候群も発症し、中には合併症を引き起こし透析治療を受けるほどの女性もいたという。

なお、入院した母娘はその後重症化することもなく、入院から3日後に退院となった。

なぜ屋台での食中毒を防ぐことはできなかったのか。当時、焼きそばやたこ焼きなど調理が必要なものは保健所の許可が必要だが、加工が単純なものには許可が必要なかった(※自治体によって異なる)。冷やしきゅうりも、単純な加工のため、営業許可の対象外だった(※自治体によって異なる)。また、この花火大会本部は露店の販売品目を確認せず、各店の監視・監督を行っていなかった。

実は、浅漬けによるO157食中毒は、この2年前にも起きていた。白菜の浅漬けが原因で8人もの死者を出す事件が起こっている。この食中毒をきっかけに国は、殺菌や低温管理など、漬物の衛生ルールの見直しを進め、2021年には漬物を製造する際に保健所の営業許可取得が義務づけられることとなった。現在では、屋台で売られているきゅうりの浅漬けも、各自治体によって衛生管理のルールが定められている。夏祭りが増える時期、安全に屋台を楽しみたい。