プーチン最側近に異変…「忠犬」と呼ばれた参謀総長に軍内部から不満噴出で国防省大分裂の危機…ウクライナが「停戦に前向きだった」と驚いた人物とは
ウクライナ軍の長距離攻撃で、ロシア国内で空前のガソリン不足が起こる中、ロシア軍上層部では、おなじみのお家騒動の動きが出てきた。「プーチンの忠犬」こと、制服組トップで侵攻作戦を仕切るワレリー・ゲラシモフ参謀総長が、文民出身のアンドレイ・ベロウソフ国防相の追い落としに動いているという。文民の政治指導部と制服組が正面から対立するこの光景は、ソ連崩壊の引き金となった1991年8月クーデターの記憶さえ呼び覚ます。しかも敵はベロウソフだけではない。前線の指揮官から軍情報機関の長まで、ゲラシモフに背を向ける勢力は国防省の内部で静かに広がりつつあるようだ。
忠犬に対して今、国防省の内外から不満
「プーチンの忠犬」こと、ワレリー・ゲラシモフは2012年から14年にわたり参謀総長の座にあり、2023年からは侵攻作戦の総司令官を兼ねる。ソ連期を含めても異例の長期在任だ。
かつて西側では、軍事と非軍事の手段で敵国を内側から揺さぶるという彼の論文が「ゲラシモフ・ドクトリン」と呼ばれ、ハイブリッド戦争の理論家として恐れられた。
だが今、その"知将"が指揮するのは、ドローンに翻弄されながら兵士を正面攻撃にすりつぶす旧態依然の消耗戦だ。
プーチンの意向を先読みし、都合のいい戦果ばかりを報告し続けてきたその姿は、もはや理論家ではなく「忠犬」そのものである。
23年に「ゲラシモフの首」を求めて反乱を起こしたプリゴジンは謎の墜落死を遂げ、糾弾された当人は座を守り抜いた。忠誠こそがプーチン体制で生き残る道だ。だが、その忠犬に対して今、国防省の内外から不満が噴き出している。
軍の逆鱗に触れた「非軍人の国防省トップ」の発言
そのゲラシモフが追い落としに動いているとされるのが、文民出身のアンドレイ・ベロウソフ国防相。そもそもベロウソフは軍人ではない。
マクロ経済分析の分野で頭角を現し、腐敗にまみれた国防省に送り込まれたテクノクラート(経済などの高度な専門知識を持ち、その知見を活かして政策立案や行政・管理運営に携わる技術官僚)だ。24年5月、プーチンはこの異色の文民に軍需の巨大な財布を託した。
亀裂が表面化したのは、ウクライナ軍が新型ドローンで反撃に転じた今年3月とされる。ロシア独立メディアが伝えるところでは、ベロウソフはプーチンと差しで向き合い、前線が押し込まれつつある苦しい現実をありのままに伝えた。それ自体は当然のはずの戦況報告だったが、軍の逆鱗に触れた。
ゲラシモフにしてみれば、これは越権であり抜け駆けだった。大統領に戦況を報告する役回りは、伝統的にゲラシモフが独占してきたからだ。
直言する国防相を、参謀総長が返り討ちに
自分の頭越しに文民が真実を吹き込んだと知って、参謀総長は態度を硬化させ、参謀本部はベロウソフ包囲へと動き出す。前線の補給が滞るのは国防相の失策だと、ゲラシモフはそう責任を転嫁してみせた。
だが同メディアによれば、当の参謀総長が大統領に上げてきた戦果は、実際の前進の何倍にも水増しされているという。真実を告げた者が咎められ、数字を膨らませた者が居座る。ロシア軍の権力構造は、そんな倒錯の上に成り立っている。
しかも、この内紛は「ゲラシモフvs文民国防相」の対立にとどまらない。過大な戦果報告と消耗戦の強要を続けるゲラシモフに対しては、制服組の内部、とりわけ前線の司令官クラスからも不満が噴出しているとされる。
参謀本部は旧態依然の正面攻撃を命じるばかりで、兵員の損耗に見合う戦果がまったく挙がらない。
こうした批判は、ロシア軍の失態を暴いてきた軍事ブロガーらの間でも公然と語られ始めており、ゲラシモフは文民国防相と現場将校の双方から挟み撃ちされる形で、軍内での孤立を深めつつある。
さらに事態を複雑にしているのが、動き出した停戦交渉への軍の不満だ。
「驚くほど停戦に前向きだった」ロシアの人物とは…
制服組の強硬派は「ウクライナ東部・南部4州の掌握なき停戦は、数十万の犠牲を無駄にする事実上の敗北だ」と反発し、交渉の枠組みづくり自体を潰しにかかっているという。
ゲラシモフにとって、戦果の裏付けがないまま交渉のテーブルに着くことは、過大報告の露見と自らの責任追及に直結しかねない。強硬論の背後には、こうした保身の思惑も透けて見える。
対照的にベロウソフは、燃料危機に象徴される経済の疲弊を直視し、現実的な落としどころを探るべとの立場とされる。
二人の争いは人事抗争から交渉方針をめぐる路線対立へと拡大し、プーチンは戦果なき停戦を拒む軍と、経済の限界を訴える文民との板挟みに陥っている。
しかも、亀裂は参謀本部の足元にまで及んでいる。軍参謀本部情報総局(GRU)のコスチュコフ長官は、ウクライナとの停戦交渉にロシア側代表として加わるようになった。
交渉の席で向き合ったウクライナ政府関係者は、コスチュコフが驚くほど停戦に前向きだったとの印象を持ち帰ったという。参謀総長が交渉潰しに動く一方で、足元の情報機関の長は停戦へ傾く。参謀本部はもはや一枚岩ではない。
嗚呼…兵士に慕われた実戦派の末路
実は、国防省の統治機構は今回の内紛が始まる前から、内側で崩れ始めていた。起点は24年5月のショイグ国防相解任だ。
もっとも、12年にわたり国防省に君臨したこの男は、罪に問われたわけではない。安全保障会議書記という体のいいポストへ横滑りしただけだ。
ショイグはプーチンにとって単なる部下ではない。シベリアの原野で釣りや狩りの休暇をともにしてきた、数少ない「真の友」である。
トップの座からは外しても、盟友を逮捕の恥辱からは守る。プーチンはそう線を引き、代わりに側近たちを身代わりに差し出した…そう見る向きは多い。
事実、粛清の矛先はショイグ人脈に集中した。解任の直前には、側近だったティムール・イワノフ国防次官が巨額収賄の疑いで逮捕され、のちに禁錮13年の重刑を科された。
これを皮切りに、人事総局長のクズネツォフ、参謀本部次長のシャマリン、元国防次官のブルガコフ、パーベル・ポポフら、ショイグに連なる高官が次々と摘発されていく。
法や規律ではなくプーチンとの個人的な距離がすべてを決める。この体制の現実が、軍と官僚機構に改めて突きつけられた。
象徴的なのは、南部戦線のイワン・ポポフ第58軍司令官だ。23年、砲兵支援の不足など前線の窮状を率直に訴えたところ、ゲラシモフの逆鱗に触れて解任され、詐欺容疑で訴追までされた。兵士に慕われた実戦派の末路を、軍の誰もが見ている。
ソ連末期に重なる不吉な既視感
一連の摘発は表向き、軍需予算に群がる汚職の一掃という「綱紀粛正」だった。だが実際に国防省内にもたらされたのは、密告と保身の文化だ。いつ自分が標的になるか分からない組織で、悪い情報を上げる者はいなくなる。
ゲラシモフの過大報告体質は本人の資質であると同時に、粛清の恐怖が生んだ組織病理の帰結でもある。
軍上層部が「譲歩は敗北だ」と政治指導部に牙をむく光景には、既視感がある。
ソ連末期の1991年8月、ゴルバチョフ大統領が進める新連邦条約や対西側協調路線を「国家の解体」と見なしたヤゾフ国防相は、KGBのクリュチコフ議長らとともに「国家非常事態委員会」を名乗って決起した。
大統領を軟禁しモスクワに戦車を進めたが、市民の抵抗とエリツィンの徹底抗戦の前にわずか3日で分裂した。軍首脳の反乱は体制を守るどころか、逆にソ連崩壊を決定的に加速させた。
プーチンの戦争指導そのものを内側から揺さぶりかねない
もちろん、現時点のロシア軍にクーデターを起こす気力も求心力もないだろう。だが、燃料危機で経済が疲弊し、戦況が不利に転じた今こそ結束すべき国防の2トップが争い、停戦という国家の命運を左右する局面で軍が統制を欠く。
交渉が進めば、ゲラシモフが積み上げた虚偽の戦線地図と現実の接触線とのずれが白日の下にさらされ、誰かが責任を取らされる。保身に駆られた軍幹部の内紛は、そのとき一段と激しさを増すだろう。
粛清で骨抜きにされた官僚機構、虚偽報告で成り立つ戦争指導、そして交渉への公然たる不満。ショイグ解任から始まった国防省分裂の足跡は、交渉が本格化すればするほど深まり、プーチンの戦争指導そのものを内側から揺さぶりかねないのである。
文/東銀座コンフィデンシャル

