Ⓒ2026「361 WHITE AND BLACK」製作委員会


(内藤 由起子:囲碁ライター)

 今、時を同じくして「囲碁」を題材とした2本の映画が注目を浴びている。『361 -White and Black-』と『ハルカナ〜碁盤は知っているので捨てないでください〜』だ。これまでも囲碁をテーマにした映画はあった。記憶に新しい草磲剛主演の『碁盤斬り』(2024年)は国内ではもちろん、海外でも高い評価を得た。

 今回の2作も囲碁がテーマであるが、描き方はそれぞれまったく違う。『361』はプロの世界を中心に、一人の若者の成長を描く。『ハルカナ』は香川県在住のアマチュア女性(実は囲碁家元の末裔)が主人公。母が遺した碁盤から思いを受け継ぎ、心を通わせていく物語だ。どちらも過去のトラウマを克服していく様子を描いている。

 それぞれの映画を深掘りしながら、なぜ今、囲碁が注目されているのかを探ってみたい。

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世界一奪還の日本囲碁界、あえて今「映画」で勝負する理由

 囲碁は今や世界4000万人以上、約80カ国以上で打たれている。世界に目を向ければ囲碁人口は右肩上がりなのに、日本では将棋人気に押されるなど、囲碁人口は年々減少している。

 20世紀までは日本のチャンピオンが世界一だったのだが、21世紀に入ってから徐々に中国や韓国などに押され、国際棋戦での優勝からは遠ざかっていた。

 そんな中、2024年、19年ぶりに世界戦で一力遼棋聖が優勝した。また、上野愛咲美女流名人が日本女性で初めて世界戦で優勝。妹の上野梨紗扇興杯も続いて世界一になるなどめざましい活躍を遂げている。日本復活の狼煙(のろし)をあげているものの、囲碁界を一歩出た「世間」での機運はなかなか高まらない。

 危機感を持つ棋士やアマチュア囲碁愛好家らは、あの手この手とアイデアを出しながらなんとか囲碁を盛り上げようと日々活動している。共通しているのは、「囲碁を知ってもらいたい」「囲碁に興味を持ってもらいたい」という思いだ。筆者個人としても、せめて囲碁の名人は誰なのか(現在は一力遼名人)くらいは、多くの国民が知っているような状況になればと願っている。

 そんな囲碁への思いを表現する手段が映画製作として表れたのだろう。『361』(2026年3月6日から公開中)の始動は2021年、『ハルカナ』(2026年4月下旬より公開予定)も2020年から映画プロジェクトを企画し準備を始めている。それぞれが企画を走らせ、偶然にも公開の時期が重なったのである。

「囲碁を知っている方はもちろん、知らない方にもこの作品が何か心に響くものを届けられるように」と、『ハルカナ』監督・脚本の石田正勝さんは話す。石田さんは日本棋院香川県本部で事務局長を務めているアマチュア囲碁愛好家だ。

『361』のプロデューサーは、囲碁インストラクターの稲葉禄子さん。中学生までプロ修業をしていた強豪で、NHK杯囲碁トーナメントなど囲碁番組の司会などでもおなじみだ。『囲碁と悪女』(KADOKAWA)という著書もある。

 稲葉さんは「閉塞感のある現在、自分の殻に閉じこもって前に進めない若者、自分の生きる道が分からない人に向けて、もっと自由に好きなことをやってみようよ、というメッセージを込めました。それが囲碁の『宇宙流』*注の概念だと思い、映画で表したかった」という。

*注:武宮正樹九段が独自の世界観で確立した、盤面の中央(宇宙)に広大な模様(大模様)を築く独創的な棋風・戦法。地(実利)よりも中央への展開を重視し、盤全体を躍動させる豪快なスタイルで世界中のファンを魅了した。

「相手を負かす心」では勝てない?映画『361』が描く調和の美学

『361』のあらすじ:港町で暮らす上条眞人(長野凌大)は偶然テレビで流れていた会見で囲碁世界チャンピオン、パク・ハンミョン(パク・ユチョン)が「日本にライバルがいる」と発言する所を目撃する。誰もがライバルは米原沙羅七段(星野奈緒)だと思う中、パクが日本で賞金総額1億円の大会に参戦し、謎のライバルとの直接対決が実現するのではという機運が高まっていく。一方、大会番組制作ディレクターの小坂正喜(松岡広大)は取材の中で眞人と出会い、眞人がパクと沙羅の幼馴染であることを知る──。

 タイトルの「361」は碁盤を表している。碁盤には縦横19本の線が引いてあり、その交点に石を打っていく。打つ場所が19×19=361カ所あるというわけだ。WhiteとBlackはもちろん、石のことだ。

 囲碁のルールは簡単ではあるが、盤上の状況を把握するにはある程度の棋力が必要。囲碁を知らない人にどう伝えていくかはさらに難問である。プロデューサーの稲葉さんは、囲碁をやらない監督にメガホンを取ってもらうことにこだわったという。

「囲碁の専門的な技法はできるだけ取り入れないよう、監督(大山晃一郎氏)には私の囲碁に対する思いや概念を一生懸命伝えました」(稲葉さん)

 大山監督は『361』の製作に当たり、「囲碁というのは勝つためにあらゆる手を使う“勝負”ですよね?」と稲葉さんに尋ねた。しかし、稲葉さんは「棋士は最善を目指すために次の一手を選んでいる。相手を負かすためになんでもやろうという純粋じゃない気持ちだと勝てないのが囲碁」だと答えたという。

 その思いは撮影を重ねていくうちに、役者にもしっかり浸透していく。

「囲碁は競技だから競うものだと思っていたのですが、盤面を対局者2人できれいに作り上げて行くのが囲碁だと聞いて驚きました。勝つのも圧勝ではなく、相手にも(地を)与えて少し勝つとか……。スポーツとか競技でもそんな戦い方は聞いたことがない。本当に素敵な精神だなと思いました」(主演の長野凌大さん)

 主なキャスト3人は囲碁の経験がなかったため、打つ手つきや所作の練習をかなりやったという。

 撮影は主に日本棋院内で行われた。稲葉さんはプロの世界に対する尊敬の念が強いことから、「棋士のすごさをもっと知ってほしい」という思いもある。プロの真剣勝負やプロの普段の検討の様子が、本物のプロ棋士によって再現されているシーンも見どころだ。ちなみに、劇中で行われる「賞金1億円の大会」は、現在は存在しない。そんな高額賞金の大会があればいいなと思わせる設定だ。

Ⓒ2026「361 WHITE AND BLACK」製作委員会


 そもそも『361』は稲葉さんと同じくプロデューサーに名を連ねる石原重昭さん(囲碁居酒屋「チャンプ亭」経営者)が囲碁映画を作りたいと企画した作品。稲葉さんは石原さんから声をかけられ、このプロジェクトの深みに徐々にはまっていったという。

 しかし、製作資金集めは困難を極めたという。予算の見積もりが甘く、経費もどんどん膨らんでいく。「途中で何度も諦めようと思いました」(稲葉さん)。それでも何とか公開にこぎつけた。

『361』は「グローバルステージハリウッド2025」に出品し、最優秀新人俳優賞(長野凌大)・最優秀新人女優賞(星野奈緒)・最優秀新人監督賞(大山晃一郎)を受賞した。すでにレッドカーペットを踏んだ実績を携え、日本では3月6日から全国ロードショーが始まっている。脇を固める俳優も、渡辺いっけい、羽場裕一、金田明夫ら名優が名を連ねている。

江戸時代の家元の末裔が主人公、香川を「囲碁の聖地」にする挑戦

『ハルカナ』のあらすじ:碁盤を見ていると幼いころの嫌な記憶が甦ってくるため、亡き父の碁盤を囲碁教室へ譲ることを決めた専業主婦の加那。加那は、その囲碁教室で碁盤の周囲で起こった過去の出来事を見ることができる特殊能力を持つ大学生囲碁インストラクター春斗と出会い、碁盤との別れの最後の一局を打つ。春斗は対局中に見えた加那の家系の秘密や、亡き父の思い、小さいころに亡くなった大好きだった母の願いを知り加那に伝える。衝撃を受けた加那は二人の幼い娘と共に囲碁と向き合っていくことを決意する──。

 プロデューサーの沼田忍さんは日本棋院香川県本部で副本部長兼師範を務める。長年「香川を舞台にした囲碁の映画を作りたい。囲碁を盛んにし、聖地巡礼をしてもらいたい」との夢を抱いていたという。

 その夢を聞いていた同本部事務局長の石田正勝さんは、自腹でシナリオ講座に1年通い、作品を仕上げた。それが「第6回さぬき映画祭シナリオコンクール」の優秀賞受賞作品である『ハルカナ〜碁盤は知っているので捨てないでください〜』だ。

 香川はさぬき映画祭があることが示す通り、映画文化が醸成されている地域。ちなみに『踊る大捜査線』などを撮った本広克行監督も香川県丸亀市出身だ。石田さんは監督としては新人だが、助監督以下撮影スタッフにはベテラン勢が集まり「まさに香川映画界のドリームチーム」が撮影を行った。

 出演者は主に地元の俳優や子役たちで、主演は名古屋を中心に活躍するタレントの夏川愛実さん。また、クラウドファンディングで主演と対局する役を募集するなど、囲碁愛好家やアマチュアも多数キャスティングしている。まるで近所で起こっている普段の様子を見ているような気持ちにさせられる。

 囲碁監修に当たったのは、棋士の大澤健朗四段。役者への碁打ち指導のほか、棋譜を作ったり囲碁に関係する備品を確認したりと大忙しだったという。

「演技はほぼ『手つき』の指導でした。現代の棋士はあまり石音を立てずに打ちますが、主人公の加那は25年前、子どものころに打ったきりという役なので、平成当時の打ち方として違和感がないよう工夫して、石音を立てて打つように指導しました。また、碁罫紙ひとつでも時代的に大丈夫かな?と思い、自分が25年ほど前に買ったものを用意しました」(大澤四段)

Ⓒ映画『ハルカナ』製作委員会


 また、加那は江戸時代の囲碁家元のひとつ安井家の子孫という設定。代々伝わる(加那が捨てようとした)碁盤の裏には、揮毫(きごう)がされている。本物と見紛うが、実は書道の先生に、安井家の先祖である江戸時代の棋士、安井知得仙知(やすい ちとく せんち)の書を真似して書いてもらったものだという。いまだにタネは明かしていないので、まだ本物と信じている人もいるそうだ。

 江戸時代の家元の末裔とはいえ、現在は地方在住の専業主婦が主役。囲碁を打つ場のシーンは、地域センターや地元で40年以上続く囲碁大会「津島寿一杯」などで行った。日常的にアマチュアが囲碁を楽しむ風景は、なつかしさやノスタルジーを感じさせる。

Ⓒ映画『ハルカナ』製作委員会


撮影:内藤由起子


 また、「香川を囲碁の聖地に」との思いから、政治家で日本棋院総裁も務めた津島寿一(1888〜1967年)ゆかりの場所でも撮影を行った。津島氏は香川県坂出市の名誉市民で、彫像や香川県坂出市にある「塩竈神社(しおがまじんじゃ)」などの名所も登場する。

「共存」を目指す囲碁の精神、映画がつなぐ新たなファンと未来

 くしくも両作品に共通しているのは、主人公が抱えている子どもの頃のトラウマを、囲碁の対局を通して克服していくというストーリーだ。

 囲碁は必ず勝敗がついてまわるが、実は「真っ白い紙にふたりの世界を描いていくようなもの」であり、「相手をたたきのめすのではなく、1目勝つことを目指すゲーム」、つまり理想形としては、わずかな差を競う美学が尊ばれる。

『361』プロデューサーの稲葉さんは「共存」と表現している。囲碁界の巨匠、呉清源九段(故人)も「囲碁は調和」と話している。争いが絶えない現代だからこそ、囲碁の考え方や役割はますます重要になってきている。

Ⓒ2026「361 WHITE AND BLACK」製作委員会


『361』は囲碁が苦しみを生んでも、囲碁の魅力から離れられず、挑戦を続けることで自分を自由に解き放ち、自らを取り戻し未来へつなげている。一方、『ハルカナ』は親子の愛情、地元地域や先祖からのつながりを再認識させ、囲碁は世代をつなぐものとして捉えている。どちらも囲碁の魅力を存分に活用し、人と人との絆を描いている。

 両作品ともに映画の中で囲碁のルールなどを詳しく説明しているわけではないが、もちろん映画を通じた囲碁の普及にも余念がない。

 2月上旬に開催された『361』主演の長野凌大さんのトークショー&囲碁入門教室には、50人募集のところ3000人超の応募があった。そして、囲碁に全く興味がなかった若い女性たちが、囲碁アプリをダウンロードして囲碁を楽しみ始めているという。

 映画をきっかけに囲碁を打つ人が増えてくれるのが願いだが、まずは囲碁というゲームを知り、興味を持ってもらうことが重要だ。作り手の思いがこもった映画が、囲碁ブーム再生の一手となるか。映画のヒットを祈念してやまない。

『361 -White and Black-』
(2026年3月6日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかで公開中)
監督:大山晃一郎
主演:長野凌大
共演:パク・ユチョン、星野奈緒ほか
企画・プロデュース:稲葉禄子、石原重昭
囲碁アドバイザー:吉原由香里
後援:日本棋院、関西棋院

『ハルカナ 〜碁盤は知っているので捨てないでください〜』
(4月下旬より香川県坂出市民ホールで上映、のち主要都市にて順次公開予定)
監督・脚本:石田正勝
主演:夏川愛実
共演:赤井智哉、寺島冴乃、逸見哲也、小池ジョアンナほか
プロデューサー:沼田忍
囲碁監修:一般社団法人IGO Geek代表 大澤健朗(日本棋院棋士四段)
後援:日本棋院、関西棋院、日本棋院香川県本部

筆者:内藤 由起子