精神的に疲れた――コウチーニョ退団で浮かび上がるSNSの怖さ「サッカーはソーシャルメディアによって終わりを迎えた」【現地発】
いったい何があったのか。何が彼をそこまで追い詰めたのか。真相は、ブラジルのサッカー界、いや、おそらくは世界のトップレベルでもまず例を見ないものだった。物理的な脅迫ではない。スタジアムでの暴力でもない。「言葉」が彼を疲弊させ、退団にまで追いやった。
まずは順を追って見ていこう。
インテル、エスパニョール、リバプール、バルセロナ、バイエルン、アストン・ビラとヨーロッパの名門クラブを渡り歩いたコウチーニョが、カタールのアル・ドゥハイルを経て古巣ヴァスコに戻ったのは、昨年7月のこと。当初はアストン・ビラからのレンタル移籍だったが、彼は愛するヴァスコと正式契約を結ぶため、約800万ドルとされる給与を捨て、イングランドのクラブとの契約を解除した。
ヴァスコで彼が託されたのは、伝説的な背番号「10」だった。子供の頃から着ることを夢見てきたユニホームである。リオで行なわれた盛大なイベントでは、クラブのレジェンドであるロマーリオがその背番号を発表。サポーターはコウチーニョを、王のように迎え入れた。代表復帰を期待する声もあがり、コウチーニョにとってブラジルへの帰還はまさに理想的な再出発に見えた。
2025年シーズンは公式戦56試合に出場して11ゴール・5アシスト。バルセロナ時代の数字には及ばないとはいえ、決して悪い成績ではない。ヴァスコの攻撃を支えていたのは間違いなく、14年ぶりにブラジル・カップ決勝にも進出(コリンチャンスに敗れて準優勝)。その原動力としてコウチーニョも称賛された。
今シーズンも調子は悪くなかった。公式戦7試合で3ゴール・1アシストを記録している。
だが、2月15日。状況が一変する。
この日ヴァスコは、リオ州選手権の準々決勝でヴォルタ・レドンダと対戦した。コウチーニョの出来はあまりよくなく、フェルナンド・ジニス監督はハーフタイムに交代を決断する。その瞬間だった。本拠地サン・ジャヌアリオで、ヴァスコのサポーターがブーイングを浴びせたのである。コウチーニョにとってはまさに我が家のような場所で。
ショックのあまりコウチーニョはロッカールームに下がり、後半はベンチに戻らなかった。そしてチームメイトのプレーを見ることなく、そのまま自宅に帰ってしまった。
試合後も非難は止まらなかった。インターネット上には罵倒が溢れる。
「恥知らず!」
「お前は役立たずだ!」
「出て行け!」
こうしたコウチーニョ批判の空気は、実は『ユーチューブ』や『インスタグラム』で活動する十数人のインフルエンサーによって意図的に作り出されたものだった。彼らはヴァスコのサポーターを名乗り、数十万のフォロワーを抱えている。その影響力を背景に、この試合の数日前から突如としてネガティブキャンペーンを始めたのだ。
「怠け者だ」
「まるで走らない」
「給料が高すぎる」
「やる気がなくなった」
メッセージが投稿されるたびに、状況は悪化していった。コメント欄やSNS上に同調する批判が増え、それがさらに拡散される。そうして形成された空気が、選手とチームに大きなプレッシャーを与えていった。
そこに重なったのが、ヴァスコの不振だ。今シーズンはブラジル全国リーグで勝星に見放されていて、3節終了時点で1分け2敗。17位に沈んでいた。不満を抱えていたサポーターたちは、有名で危険なインフルエンサーたちの扇動に乗せられてしまった。
