がんになるリスクを下げるにはどうすればいいか。京都府立医科大学大学院の内藤裕二教授は「大腸がんに関していえば、食べ物と腸内細菌がリスク因子になることが研究でほぼ明らかになっている。豚肉・牛肉といった赤肉や加工肉は発がん性があると判定されたほか、飲酒や人工甘味料を用いたダイエット飲料のリスクも指摘されている」という――。

※本稿は、内藤裕二『健康の土台をつくる 腸内細菌の科学』(日経BP)の一部を再編集したものです。

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■年間5万人以上の命を奪う大腸がん

高齢化が進むにつれ、日本国内でがんにかかる人、がんが原因で死亡する人の数は増加しています。

中でも増加傾向にあるのが大腸がんです。厚生労働省のデータによると、2020年にがんで死亡した人は37万8385人。男性の大腸がんでの死亡順位は第3位ですが、女性は1位となっています。

日本では今、年間5万人以上が大腸がんで亡くなっていて、この20年くらいの間に罹患率も死亡率も、世界のトップを走るようになってきました。アジアの中でもダントツに高いという状況です。

大腸がんが増える理由は高齢化が進んでいることや食の欧米化など、いくつか理由が考えられますが、死亡率が上がっていることを考えると、日本の大腸がん検診制度が十分でないという側面もあるかもしれません。さらに重要なことは、日本だけでなく世界でも大腸がん罹患年齢が若年化していることです。

■推奨されている便潜血検査の“落とし穴”

現在、日本消化器がん検診学会で推奨されている大腸がんリスクを調べる検査は便中の血液の有無を調べる「便潜血検査」です。ヒトの赤血球のヘモグロビンタンパク質を検出する検査で、動物の血液とは反応せず、胃や口腔で出血した血液とも反応しません。

この検査で陽性と出たら、大腸で何らかの原因で出血していることを意味しており、大腸内視鏡検査やコロノスコピーという機器を用いた大腸CT検査などの精密検査を勧められます。

ところが、実は大腸がんの早期発見には、便潜血検査では十分ではないということが、近年世界的コンセンサスとなっています。がんが原因で便に血が混じるということはステージ(進行度)が進んでいる状態だからです。

■早期に見つければ、死亡率を下げられる

ただ、大腸がんの場合は、がんの発生から深刻な状況になるまでに通常5〜10年ほどかかるため、ある程度進行しても命が助かることは多いのです。

便潜血検査でも死亡率を約6割も減らせるという報告もあります。何より「さぁみんなで内視鏡検査をしましょう!」といえるほど大量の検査を行う施設がありません。ですから、まずは年に1度の便潜血検査でファーストスクリーニングをしていこうというのが日本の現状です。

出所=『腸内細菌の科学』

大腸がんの発症が若年化してきていることもあり、国は40歳以上の人に年1回の受診を推奨しています。大腸がんには遺伝性のものもあるので、一親等以内の家族に大腸がんの発症歴がある場合には、必ず40歳から検診を始めるようお勧めします。

■大腸がんリスクを高めるものは何なのか

一方、米国では年々大腸がん死亡率が減少傾向にあります。その大きな理由の1つは、保険制度の改正に伴い、内視鏡を含む大腸のスクリーニング検査が受けやすくなったことがあります。また、米国では地道に取り組んできた大腸がん予防策が30年もの時間をかけて効果として表れているというのもわかってきました。

日本も、40歳から便潜血検査、50歳からは5年に1回内視鏡検査を受けるといった形にするほうがいいのかもしれません。

本書の便秘に関する項目で、便秘が大腸がんのリスクになるという明確なデータはないと紹介しました。では、なにが大腸がんのリスクとなるのでしょう。

ヒトを対象とした研究では、これまでに食べ物と腸内細菌が大腸がんのリスク因子になることがほぼ明らかになっています。

■加工肉は「発がん性がある」と分類されている

2007年に出された世界がん研究基金(WCRF)と米国がん研究協会(AICR)による疫学研究の報告書によると、レッドミートと呼ばれる牛や豚、羊などのいわゆる“4本足の肉”や、ソーセージやベーコン、サラミなどの加工肉の摂取は大腸がんのリスクを上げることが「確実」と判定されており、赤肉は調理後の重量で週500g以内、加工肉はできるだけ控えるようにと勧告されています。

IARC(国際がん研究機関)では、加工肉を「ヒトに対して発がん性がある」、レッドミートを「ヒトに対しておそらく発がん性がある」と分類し、毎日50gの加工肉摂取が大腸がんのリスクを18%増やすと発表しています。

欧米のがん研究では、豚肉や牛肉などの赤肉や加工肉には「人に対して発がん性がある」と判定。また、食物繊維を1日10g未満しか摂取していない人たちで大腸がんリスクが高くなったと報告されている 出所=『腸内細菌の科学』

そして、飲酒は確実に、肥満はほぼ確実に大腸がん発症のリスクを上げると評価されています。ほかにも欧米の疫学研究によると、人工甘味料を用いたダイエット飲料の摂取が多いことがリスクになると出ています。

■腸内の硫化水素によってがん細胞が増える?

こういった食品がリスクになるのは、加工肉やダイエット飲料に含まれる成分が腸内細菌に影響を与えて、腸内で硫化水素が増えるからではないかと考えられています。大腸発がんと硫化水素に関しては重要な点がいくつか明らかになっていて、硫化水素の濃度が高いほどがん細胞が増殖しやすいようです。

腸内の硫化水素には腸の上皮細胞がつくり出す内因性のものと、腸内細菌がつくり出す外因性のものがあり、化学的には同一の物質です。大腸がん細胞では硫化水素を合成するいくつかの遺伝子の発現が亢進し、自ら腸内の硫化水素を増やしているなど、がん増殖における硫化水素ならびにその関連活性種のシグナル伝達への役割については、今まさに多くの研究が進められています。

一方、外因性の硫化水素は、腸内細菌の中でも硫酸塩やタウリンを基に硫酸還元菌が生成することが知られています。タウリンは、肝臓から分泌されるタウリン抱合型胆汁酸から遊離するタウリンの比率が多いとされています。

■日本人も赤肉や加工肉の食べ過ぎに注意

内藤裕二『健康の土台をつくる 腸内細菌の科学』(日経BP)

胆汁酸は、グリシンやタウリンが結びついた「抱合型」の形で肝臓から分泌され、小腸で腸内細菌によって結合が解かれた「遊離型」となって初めて脂肪を吸収できるように包み込むことができます。タウリン抱合型胆汁酸は動物性高脂肪・高たんぱく食により分泌が増加するとされるため、レッドミートや加工肉の摂取が腸管内のタウリンを増やし、結果的に硫化水素が増加するとされています。

高濃度の硫化水素はDNA障害性もあるため発がん物質とされ、便あるいは腸管の硫化水素濃度を測定することが大腸がん発見のマーカーになると注目されています。

日本人の場合、欧米ほどレッドミートや加工肉の摂取量が多くないこともあり、それらの摂取量がそこまで大腸がんの発症に関係するかどうかの明確なデータがありませんが、国立がん研究センターによる、日本人を対象とした調査解析では、赤肉や加工肉は「女性でリスクを上げる可能性あり」にとどめています。だからといって安心して食べすぎるのはよくないでしょう。

出所=『腸内細菌の科学』

ほかには、食事では食物繊維とカルシウム、魚由来の不飽和脂肪酸が「大腸がん発症のリスクを下げる可能性あり」とされています。また、大腸がんリスクをほぼ確実に下げるとされるのが「運動」です。

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内藤 裕二(ないとう・ゆうじ)
京都府立医科大学 大学院医学研究科 生体免疫栄養学教授
京都府立医科大学卒業。米国ルイジアナ州立大学医学部分子細胞生理学教室客員教授、京都府立医科大学大学院医学研究科消化器内科学教室准教授、および同附属病院内視鏡・超音波診療部部長などを経て、2021年4月より現職。腸内細菌学、抗加齢医学、消化器病学を専門とする。2023年、胃腸の機能低下と病気のリスクとの関連について研究する「日本ガットフレイル会議」を発足。医師向けの『すべての臨床医が知っておきたい腸内細菌叢』(羊土社)のほか、一般向けの著書多数。
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(京都府立医科大学 大学院医学研究科 生体免疫栄養学教授 内藤 裕二)