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『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)など、スーパーヒーローたちの壮大な戦いを描くマーベル・スタジオによる新ドラマは、ミステリアスで魅力的な魔女たちの世界。で大ヒット配信中の本シリーズは、「ワンダヴィジョン」に登場した強力な魔女アガサ・ハークネス(キャスリン・ハーン)を主人公に、彼女が新たな試練と復活を目指す物語だ。

THE RIVERでは特別企画として、このドラマを占星術研究家の鏡リュウジさんに視聴していただき、感想をお伺いした。テレビや雑誌などでも、その占星術で広く知られる鏡氏だが、実は書籍『鏡リュウジの魔女と魔法学』など、現代の魔術や魔女文化研究の第一人者でもある。20代で魔法の本場であるイギリスに旅立ち、数多くの魔術師や魔女たちとの交流を重ね、魔女団体のトレーニングを受けた経験も持つ。

ポップカルチャーと魔女文化

取材時までに配信されていた全第4話を視聴した鏡氏。ドラマの感想を尋ねてみると、「ここに描かれている“魔女”たちがみな、それぞれの形で表に見せている強さの裏に深い傷を隠していることがとても印象的でした。彼女たちは驚異的な寿命をもっていたり、魔力をもっているけれど、弱さを抱えて必死に生きている。その切実さは、ある意味で現代の人々のありようを映し出しているのではないでしょうか。そこが今っぽいですね」と語る。

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振り返ってみるとポップカルチャーにおける魔女たちは、時代によってさまざまな描かれ方をしてきた。

「いわゆる“魔女っ子”や"魔法少女”って、おそらく日本オリジナルの、あるいは日本発の文化だと思います。『美少女戦士セーラームーン』『魔法使いサリー』『ひみつのアッコちゃん』などが代表例です。十代の少女がかわいい魔女として描かれる。『奥様は魔女』という例はあるけれど、あれは大人でしょう?

伝統的に欧米では、魔女は悪い存在として描かれてきました。ディズニー作品の『白雪姫』(1937)もそうですね。一方、1987年の『イーストウィックの魔女たち』(1987)では、強い女性としての魔女が描かれるようになります。欧米で魔法少女がようやくメジャーになったのは、『バフィー ~恋する十字架~』(1997 - 2003)『ハリー・ポッターと賢者の石』(2001)など、2000年前後になってのことじゃないかな。そして今回の『アガサ・オール・アロング』では、傷を負いながらも強く生きようとしている、大人の魔女たちが描かれています。そこが生々しい。そして、本来の魔法をなんらかのかたちで剥奪されているというのも。本来の力を生きていないのではないか、という現代人の無意識的な心の声を映しているように感じるんです。」

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本作で描かれるのはフィクションの魔女たちだが、「実は現代にも『本物』の魔女がいるんですよ。僕は英国で魔女を自称する人たちと少しばかり交流してきました」と鏡氏は続ける。一体、“本物”の魔女とは何だろう。

「キリスト教が主流である西欧において、その男性中心主義や一神教的な世界観にフィットしないという感覚をもった人たちがいるわけです。そういう人々は、キリスト教がヨーロッパに入ってくる以前の、『古い宗教』Old Religionを継承、あるいは再興・再創造しようとしているんです。1950年代からそれは『魔女』として、より広くは『異教』(ペイガン)運動として大きな潮流になってきたんです。」

© 2024 MARVEL. 欧米でムーブメントに?“現代魔女”たちの姿

ドラマでは、主人公アガサの他にも個性的な魔女たちが鮮やかに描かれる。スキンケアショップを運営するジェニファー(サシェア・ザマタ)や、売れない占い師のリリア(パティ・ルポーン)、ショッピングモールのオカルト店で働くアリス(アリ・アン)たちは、それぞれに独特な背景を持ち、現代の社会で“魔女”としての道を歩んでいる。彼女たちはそうした現代の魔女文化を反映しているようだ。

実は、“現代魔女”は欧米では非常に大きな文化なのだと、鏡氏は紹介する。「日本には、さまざまな西洋文化がリアルタイムで浸透しますよね。でも、唯一まだ日本に大きくは入ってきていない西洋の大きな文化が、魔女文化だと思っています」。

米国では大きな書店に行くと、「ペイガン(異教徒)」というセクションが設けられていることが多く、占星術、魔術、魔女術などに関する書籍が堂々と並んでいるという。また、ロンドンでは大英博物館のすぐそばで、90年ほど続く有名な老舗のオカルト書店が人気を博している。欧米では、ちょっとした都市に行けば魔術や魔女の専門店が必ず見受けられ、繁盛しているのだそうだ。魔女文化は決して一部の特殊な現象ではなく、一つの社会現象であることの現れだと、鏡氏は考えている。

魔女と聞くと何やら怪しげな印象も抱くが、なぜ人々は“現代魔女”を名乗るのだろうか?「先ほども申し上げましたが、欧米はキリスト教信者が多い社会。そこに馴染めないと感じる人たちが、魔女文化に居場所を見出すのだと思います」と鏡氏。「ベジタリアンやヴィーガンというライフスタイルを選ぶことと似ていなくもない。満月や新月の時に集まって、儀式をしたり、瞑想をしたり。その中で他の社会では得られない絆を感じているのではないでしょうか」。

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「アガサ・オール・アロング」では、アガサたちが魔女たちを集めて「魔女団(カヴン)」を結成する様が描かれるが、これは実際の習わしと似ている。正式には13人で一つの「魔女団」となるのだが、アガサが人数集めに苦労していたように、実際にはもっと少ない人数で緩やかなネットワークとなっているのが現実だという。

「魔女たちは、1980~1990年頃ですら、なかなかカミングアウトができなかった気がします。社会から“変なやつだ”と偏見を持たれてしまうからです。なので、魔女のシンボルであるペンタグラムは身につけていても隠すのが賢明だと、当時、知り合いの魔女は言っていました。」

「アガサ・オール・アロング」における魔女の描き方 © 2024 MARVEL.

劇中でアガサは、「魔女の道」への扉を出現させるための儀式として、“バラッド”の唱和を行う。“♪どんどん進め 魔女の道”というフレーズが耳から離れないという方も多いだろう。鏡氏はこの歌唱シーンについて、「これは現代の実際の魔女文化の影響が強いと思う」という。「第2話で“ここに集いし 火地風水”という呪文が唱えられていましたが、これは実在する魔女たちの唱和(チャント)と似ています。曲はドラマのオリジナルですが、実際の魔女文化を参考にして作られていますね」。

火地風水を唱える実際のチャントの例:

この儀式によってアガサたちは「魔女の道」への扉を出現させ、危険な試練へと挑んでいく。各話でさまざまな館へと導かれ、扉をくぐると彼女たちの衣装やヘアスタイル、メイクも変化する。

「“魔女の道(Witche's Road)”というのは、『オズの魔法使い』の“黄色いレンガの道(Yellow Brick Road)”に着想を得ているのでは。各試練ごとに異なる世界観を訪れ、まるで魔法の旅をしているように衣装や風景が変わるというのは楽しくて、うまい創作ですね。そもそも異世界への訪問は、魔女のみならず、広くシャーマニズムの特徴です。シャーマンは自分の魂を異界へと飛ばしさまざまな経験をして帰還することでこの世界を癒すとも言われています。」

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個性的な魔女たちが登場するが、お気に入りのキャラクターを聞くと、「やっぱりアガサはカッコよくて憧れます」と鏡氏。彼女は1693年のセイラム魔女裁判を生き延びた魔女という背景を持つが、この設定に注目したい。

「アガサの背景には大きな意味があります。セイラムの魔女裁判事件は、欧州で始まった魔女狩りが新世界に飛び火したもので、魔女弾圧の最後の大きな狂乱の一つとみなされています。 

魔女は悪魔と契約した悪との存在と見做されていました。例えば、村の中で歳を取って厄介者になった老人が“あいつは魔女だ”と一方的な告発をされて、魔女裁判にかけられて処刑されてしまうのです。人々がお互いに告発をし合って、たくさんの人が亡くなりました。セイラムの魔女裁判は、魔女の歴史を語る上で避けて通れないもので、アガサの過去がここに結びついているというのは、興味深いですね。」

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アガサの魅力もさることながら、「一番好きなのは、ハート夫人ですね。とても存在感がありました」と続ける鏡氏。ハート夫人(デブラ・ジョー・ラップ)は魔女というわけではないが、人数集めのために試練に参加した一般人で、ドラマにコミカルな印象を与えるキャラクターだ。「それから、気になって仕方ないキャラクターといえば、あの少年です」。

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劇中でティーンと呼ばれる少年(ジョー・ロック)は、名を名乗ろうとすると“シジル”という魔術によって口の動きと声が封じられる。実は、“シジル”という魔術はドラマのオリジナルではなく、実際に存在する魔術を参照していると見られるのだ。この魔術について、鏡氏は次のように解説する。

「シジルとは、一般的には護符や魔術図形のことをいいます。これを通じて、惑星や、天使・悪魔を呼び出すこともできる。いわば魔力を引き出すための“QRコード”みたいなもの。現代の魔術では、自分でシジルを作ることができるんです。

例えば、自分の願望をアルファベットで描きます。そこで、2回以上重複している文字を消し込む。そうすると、意味のわからない文字列が残りますね。その文字をモノグラムのようにして重ね合わせたり、組み合わせたりして、ひとつの形にする。それがシジルと呼ばれるものです。それを燃やしたり、埋めたりすることで、願いが叶う……なんて。これは『欲望のアルファベット』というシジルの作成法です。」

「訓練すれば、誰でも魔女になれる」

シジルによって名を封じられた謎深き少年は、第3話で「訓練すれば、誰でも魔女になれる」と説いている。これは本当?実際の魔女文化でも、誰でも魔女になれるのだろうか?

「はい、なれますよ。伝統的には、魔女団(カブン)に入門して、訓練を経てからイニシエーション(参入儀式)を受けるのが、1950年代からの流れでした。ところが20世紀後半からは、セルフ・イニシエーションといって、自分一人で魔女になると宣言する動きも見られるようになっています。」

イニシエーションとは、一体どんなことをするのだろうか?それはキリスト教における洗礼やフリーメイソンの入団儀礼と似ているのだが、一部にはそのプロセスをユング心理学に重ねる向きもあるという。

「メジャーな魔女のイニシエーションには三段階あるんですが、現代の魔女ヴィヴィアン・クロウリーの著作ではそれをユング心理学をモデルに説明しています。第一段階では"Shadow"=影、自分の中にある抑圧されている自分と対決しなければならない。第二段階では、アニマ、アニムス、つまり深いところにある魂の半身と向き合う。そして第三段階では、"Self"=本来の自己性を獲得する、と説明されています。もっとも、こうした心理学的な解釈に同意しない魔女たちも多いかと思いますが、それでも魔女の道を行くこととは、人生をかけて自分自身の生き方を見つけ出そうとする探求であることには違いないでしょう。」

© 2024 MARVEL. どんどん進め 魔女の道

これは「アガサ・オール・アロング」で、「本来の自分を生きられない女性たちが、勇気を持って立ち向かい、試練と向き合うことで、自分の全体像を取り戻していく」という物語にも重なると、鏡氏は興味深い指摘をする。そこで見どころとなるのが、魔女たちの自然な距離感だ。

「年齢も人種も異なる彼女たちは、決して“仲良しこよし”というわけではありません。そこが魅力だと思います。お互いに手を取り合いながら、でもベッタリと一緒になるわけでもない。それでも、彼女たちは魔女の試練を通じて繋がっている。

よくある物語では、相手を理解しようとしたり、共感しあったりしますよね。“私たちは仲間よ!あなたの言ってること、わかる!”って。それは嬉しいんだけど、でも、そんなに人のことが簡単にわかるの?って僕は感じてしまう。同質性だけではつながれない。『アガサ・オール・アロング』は、あなたのことはわからないけれど、仲も悪いけど、それでもいいじゃん、一緒に『魔女の道』に行こうよ、という女性たちの姿が描かれています。そこにすごく感動させられました。」

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「アガサ・オール・アロング」では、力を奪われたアガサら魔女たちが少しずつ互いを理解し合いながら、共に試練に挑み、自分たちの傷に向かい合っていく。魔女団の結成や、儀式の様子なども描き、「現代の魔女の文化をうまく取り入れながらも、より広く人々の心に響く物語になっている」と、鏡氏は魅力を説いた。「続きのエピソードを観るのがとても楽しみです!」

ドラマ「アガサ・オール・アロング」はディズニープラスで独占配信中だ。全9話構成で、10月31日には最終2話が一挙配信となる。ハロウィンに合わせたイッキ観もオススメ。秋の夜長は、“魔女の道”を共に進もう。

鏡リュウジ氏 プロフィール:
国際基督教大学卒業、同大学院修士課程修了(比較文化)、英国占星術協会会員。 日本トランスパーソナル学会理事。京都文教大学客員教授。 心理学的側面から占星術にアプローチした心理占星学を日本に紹介し、従来の占いのイメージを一新する。雑誌、テレビ、ラジオなど幅広いメディアで活躍。著書に『占星術の教科書』(原書房)、『人生に効く 魔法の杖 プチ』『心に効く 魔法の杖プチ』(夜間飛行)訳書にリズ・グリーン『占星学』マギー・ハイド『ユングと占星術』(青土社)ジェイムズ・ヒルマン『魂のコード』(朝日新聞出版)など多数あり。東京アストロロジースクール主幹。

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