「兵士がいる場所まで正確に着弾…」イスラエルが警戒する「ヒズボラ」のミサイル、「真の実力」が見えてきた

写真拡大 (全4枚)

2023年10月に発生したハマスによるイスラエル攻撃に端を発し、緊張が高まる一方の中東情勢。ここへ来て動きが活発化しているイランはなぜハマスを支援するのだろうか。そしてイスラエルが警戒するもう一つの勢力・ヒズボラの実力とは。国際政治学者の高橋和夫氏は『なぜガザは戦場になるのか』にて、その構造を分かりやすく解説している。

なぜイランはハマスを支援するのか?

ガザ情勢の展開で大きな役割を担っているのが、アメリカとイランである。一方でアメリカはイスラエルを支援している。その背景については前の章で論じた。他方でイランはハマスを支持し、軍事的な援助を与えてきた。またヒズボラや、さらにはイエメンのフーシ派の支援を行っている。その上、シリアやイラクではシーア派の民兵組織を支えている。ハマス以外は全てシーア派である。同じ宗派ならば、支援しても不思議ではない。しかし、なぜイランはハマスを支援するのだろうか。ハマスはスンニー派の組織である。

背景には、イランの革命政権の発想がある。イランの革命はすばらしいものだから、アラブ世界にも広めていきたいという認識である。ただ、アラブ諸国の大半がスンニー派が多数派である。しかも、ペルシア人のイランとは民族が違う。そこで、イランがアラブ世界に影響力を浸透させるテコとしたのがパレスチナ問題である。民族や宗派は違っても同じイスラム教徒としてである。イスラムの聖地であるエルサレムが、イスラエルに占領されている。それなのにアラブ諸国は、何もしていない。黙って見ている。それに比べてイランは、イスラエルと戦うハマスを支援しているという構図である。

イランはシーア派、ハマスはスンニー派

イランはシーア派でハマスはスンニー派だが、それがイラン革命の正しさは宗派を超えるとの宣伝になる。イランには、革命防衛隊というイスラム革命体制を守るための軍隊がある。その中で対外工作などを担当する部隊の名称はアル・クッズ部隊である。アル・クッズはエルサレムを意味する。この部隊名こそ、イランがイスラム教の聖地であるエルサレムのイスラエルからの解放を錦の御旗にしている証である。

なおシーア派の民兵組織についても説明しておこう。まずイラクやシリアにはシーア派の民兵組織がある。フセイン体制が倒れて以来、イラクではイランの支援を受けた民兵組織が自由に活動できるようになった。IS(イスラム国)との戦闘にも貢献したこうした組織は、必ずしもイラク政府のコントロール下になく、イランの影響下にある。

同じようにシリアでも、2011年の人々が民主化を求めた「アラブの春」以降の内戦下でシーア派の民兵組織がイランの支援を受けて活動し始めた。両者は、イラクとシリアにあるアメリカ軍基地をドローンで攻撃するなど、ガザへのイスラエル軍の侵攻以来、微妙な動きを見せている。

微妙というよりは鮮明過ぎるくらいなのが、イエメンのフーシ派である。フーシ派はこの戦争への参戦を表明してイスラエルへのミサイルやドローンの攻撃を行った。また紅海を航行する船舶を攻撃したり、捕獲したりした。捕獲された船は日本郵船がチャーターしていた。これはイスラエル資本が一部を所有する船だった。紅海での交通が妨げられると、アジアとヨーロッパを結ぶ貿易は大きな影響を受ける。このフーシ派の動向が注目される。

このフーシ派とは何者なのか。フーシ派はシーア派の組織が、やはり2011年の「アラブの春」以降の混乱の中で台頭してきた。サウジアラビアなどが支援する「イエメン政府」との内戦で優勢に立ち、首都サナアなどを支配している。同じシーア派ということでイランの支援を受けてきたのは確かなのだが、どのくらいイランの意向に沿って行動しているかは、不明である。

以下に述べるようにイランは明らかに戦争の拡大を望んでいないにもかかわらず、フーシ派は活発にイスラエルを攻撃している。

他のアラブ・イスラム世界の国々は、ガザの人々の支援を口にしながら、実際には何もしていない。それに比べ、フーシ派は敢然として立ちイスラエルに打撃を与えている――そうした姿勢である。

イエメンでは大規模なハマス支援のデモが行われている。イスラエル攻撃は、そうした世論を踏まえてのフーシ派の独自の軍事作戦の色彩が濃い。アメリカが、あれだけイスラエルに援助を与えながら同国をコントロールできないように、イランもフーシ派に援助を与えながら制御はできていないのだろうか。

ヒズボラのミサイル

民兵組織、フーシ派、ヒズボラなどの軍事組織とシリアとイランを合わせて「抵抗の枢軸」というような表現が使われる。その中心は、もちろんイランであるが、その次に軍事的に強力なのは、おそらく内戦で分裂したシリアではなくヒズボラだろうか。ヒズボラはレバノン南部を拠点としている。イスラエルとアメリカが、そのミサイル戦力を特に警戒している。

ハマスもミサイルを持っているが、その多くは花火が進化した程度である。スピードが遅く遠くまで飛ばない。また限られた数の長距離ミサイルも精確な誘導装置を持っていない。ところがヒズボラは十数万発のミサイルを保有している。その中には精密誘導の弾道ミサイルも数多く含まれる。つまりハマスとはケタ違いに強大な戦力を保有している。イスラエルとハマスとヒズボラの軍事力を野球で例えるとすると、イスラエルはメジャーリーグで、ハマスはリトルリーグくらいだろう。ヒズボラは日本のプロ野球くらいの実力がある。ヒズボラと戦争をすれば、イスラエルの主要都市のハイファやテルアビブの街にミサイルの雨が降る。

ヒズボラのミサイルはイラン製である。そして、イラン製のミサイルは非常に命中率が高い。その例を紹介しよう。2020年に、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官がアメリカ軍に暗殺された。数日後に、イランは報復として、イラクにあるアメリカ軍基地に10数発の弾道ミサイルを撃ち込んだ。このとき、ミサイルはことごとく目標に命中した。ただし、一人の死者も出なかった。その理由は、何だろうか。二つの説が流布している。最初の説によれば、アメリカ軍がイランが民間の衛星会社からアメリカ軍基地の衛星写真を買っていることを知っていたからだ。イランが最新の写真を購入した直後に、兵士を移動させたため死者が出なかった。イランのミサイルが正確に兵士の元いた場所に着弾したからだ。

第二の説はイラン軍はアメリカの将兵の居場所を知っていたが、正確に目標を外した。これによって、アメリカ軍基地へのミサイル攻撃という強い措置を取ったとして報復を求める内外世論を納得させ、同時にアメリカとの戦争を避けた。要するにイランとアメリカの八百長であった。だが、いずれにしろミサイルの精確さが証明された。

さらに、関連記事【国外から批判の声も…イスラエル・ネタニヤフ政権の右傾化が止まらない「3つの要因」】ではイスラエル社会を取り巻く現状について解説する。

国外から批判の声も…イスラエル・ネタニヤフ政権の右傾化が止まらない「3つの要因」