【実例集】「盗まれた!」「帰る!」の妄想に、認知症の人が納得して落ち着く「寄り添う言葉」

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認知症の患者数は、2040年には584万2000人(高齢者の約15%)にのぼると推計されています。今後は街中で困っている認知症の人に出会うことが多くなるかもしれません。そんなとき、あなたはどうしますか? 著者の豊富な実体験に基づいて書かれた『認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ』から、役に立つ知恵をご紹介しましょう。

適切に対応するためには、まず認知症について正しく理解する必要があります。認知症の人は、知識や体験をだんだん忘れていく、いわば「引き算の世界」に住んでいます。大切なのは、本人の世界に合わせた「引き算」の言葉かけ・接し方をすること。具体的に何を言いどう振る舞えばいいか、本稿で詳しく解説します。

「盗まれた!」という妄想には、ないものを「ある」ことにする

引き算は、認知症の人と同じ世界に立つための手段であり、「寄り添う言葉」です。その言葉かけがうまくいった事例をご紹介しましょう。これは、いわゆる「物盗られ妄想」と呼ばれる言動が問題になった、クニコさん(77歳)のケースです。

この場合、家族や職員が「コートはない」と指摘しても、認知症の人はかえって怒るばかりです。ないはずのものをいったん「ある」ことにして相手に合わせ、それがなぜここにないのか、上手に理由をつけましょう。怒りを煽らないために、「ごめんなさい」と、介護者みずからへりくだってみせることも大切です。

認知症の人にとっては“ない”あるいは“盗られた”ことが事実となっているわけですから、「言い分は絶対」と心得て、否定しないようにするのが対応の基本となります。

身内なら、「壊れたと言って、去年捨てたよね」とか、近くの施設や学校の名前を出して「バザーに出したじゃない」、または「寄付したよね」と言ってみましょう。本人が信頼している人の名前を出して、「○○さんにあげたじゃない」、衣類なら「クリーニングに出した」も使えます。あくまでも本人が自発的に動いたという言い方をするのがポイントです。

「帰らないといけない」という人には雑談で気を紛らわせる

施設から、どこかへ「帰りたい」「行かなきゃ」と言うミサコさん(79歳)。もとの仕事をうまく利用したケースをご紹介します。引き算がうまくいかないときは、演出(この場合は雑談)を追加するなど、試行錯誤することも必要です。そして最後に「ありがとう」と感謝の言葉を添えることで、お年寄りと介護者の関係はぐっとよくなります。

認知症の人の「帰らなければならない理由」はくるくる変わることがあります。ある男性は、デイサービスに来た途端「さあ、帰らなきゃ。客が来る」と言います。「まあまあ」となだめて、ようやく引き留めたと思ったら、また「帰る」。そして今度は「今日は病院へ行く日だから」と言うのです。さっきと理由が全然違っています。

こんなふうに変わるのは、前に言ったことを忘れてしまうからです。面倒がらずに、その理由にうまく合うような引き算を考えましょう。たとえば「客が来るから帰りたい」と言うときは、「今、電話があって、お客様は遅れるそうです」とか「車でお送りしますので、こちらへまわす間、お茶でもどうぞ」と本当にお茶を出し、世間話でもしましょう。しばらくすると忘れてしまうものです。

こうして認知症の人に注意を払っているものの、介護者は多忙です。とりわけ家庭では、四六時中ついているわけにもいきません。ですから万一の場合に備えて、氏名や連絡先などを書いたカードをお年寄りに携帯してもらいたいところです。

しかし、「バカにするな!」と拒否する人もいます。こういうときはいかにも身分証といった感じのカードを用意して、「最近は高齢者の事故が多くなったから、70歳以上の人はこのカードを持つように警察から言われてるのよ」と伝えてみましょう。

あるいは単純に名札を作成して縫い付ける方法もあります。荷物で隠れたり、引きちぎられたりしないように、背中側の襟元につけ、他人に見えやすくするといいでしょう。洋服すべてに縫い付けるのは手間がかかりますが、アイロンで接着する素材や、ワンタッチテープなどを使って試してみてください。

「自分だけが選ばれた」というプライドを上手にくすぐる

認知症になると入浴をイヤがるケースが多くなります。元看護師のエイコさん(75歳)のケース。最近、トイレの失敗が多くなってきました。部屋に尿臭が漂うので、押し入れを調べたら汚れた下着が出てきました。家族が、部屋が臭いこと、下着を見つけたことを伝えてリハビリパンツを穿くよう求めたところ、「あんたが穿けば!」と激怒しました。本人は失禁などしていないつもりで、下着を隠した記憶もないのに「おもらしした」と言われ、プライドが傷ついたのです。

デイサービスの職員は、薄手のリハビリパンツを見せて「保健所から新製品の調査依頼があったので、使ってもらえますか? 看護師さんにお願いするのがいちばんいいと思うので」と勧めてみました。そうすると、「あら、アンケート調査ね」とすんなりと受け入れてくれたのです。自分が選ばれてプライドをくすぐられたようです。

トシオさん(70歳)は糖尿病で、毎日服薬するよう医師から指示を受けています。本人はイヤがっていましたが、しぶしぶ飲んでいる状態でした。ところが認知症になってから「薬嫌い」の本性が出始め、どうしても薬を飲んでくれません。困った家族はトシオさんが部分入れ歯を使っていることに目をつけて、「これは歯が丈夫になる薬なのよ」と言ってみたところ、飲んでもらうことができました。

別のお年寄りのケースでは、家族が錠剤をきれいな色のマーブルチョコと交ぜて、「みんなに内緒で食べない?」とこっそり渡したところ、口にしてもらえました。ほかにも、ビタミン剤や栄養剤だと伝えて引き算する方法がありますが、「内緒」という言葉は効果的です。「自分だけ」とか「選ばれた」という感覚になるのでしょう。

後編記事〈【実例集】「運転」「火の元」が心配ならこの一言……認知症のお年寄りとうまく折り合える「言葉かけ」〉に続く。

【実例集】「運転」「火の元」が心配ならこの一言……認知症の高齢者とうまく折り合える「言葉かけ」