「カロリーゼロの甘味料は体に悪い?」…徹底的な検証実験で見えた、じつに「意外な真相」

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「お腹の調子が悪くて気分が落ち込む」という経験がある人は多いのではないだろうか。これは「脳腸相関」と呼ばれるメカニズムによるものだ。腸と脳は情報のやりとりをしてお互いの機能を調整するしくみがあり、いま世界中の研究者が注目する研究対象となっている。

腸内環境が乱れると不眠、うつ、発達障害、認知症、糖尿病、肥満、高血圧、免疫疾患や感染症の重症化……と、全身のあらゆる不調に関わることがわかってきているという。いったいなぜか? 脳腸相関の最新研究を解説した『「腸と脳」の科学』から、その一部を紹介していこう。

*本記事は、『「腸と脳」の科学』(講談社ブルーバックス)を抜粋、編集したものです。

希少糖が食欲を抑制するメカニズム

現在、脂肪の蓄積を抑える物質として注目されているのが、太古から自然界に存在している希少糖と呼ばれるものです。

希少糖とは、自然界に極微量存在する糖で、これまで50種類ほどが発見されています。例えば、虫歯の原因にならず、またカロリーもゼロということで甘味料として用いられているキシリトールやエリスリトールなども希少糖の一種です。

この希少糖の一つに、果糖(フルクトース)やブドウ糖(グルコース)と同等の甘味があるにもかかわらず、小腸で吸収されにくく、カロリーがほぼゼロのD−プシコースがあります(※参考文献7-21,7-22)。このD−プシコースには、ヒトの肥満症や糖尿病の症状を改善する作用があることが報告されていました。しかし、どのような機構で作用するのかについてはあまり明らかになっていませんでした(※参考文献7-23)。

そこで、D−プシコースをマウスに経口投与したところ、投与後30分から2時間で、腸内分泌細胞のL細胞から分泌されるGLP−1の血中濃度が上昇しました。さらに、マウスの摂食量と血糖値の上昇も抑えられることがわかりました。そこで、マウスの求心性迷走神経を切断し、D−プシコースを経口投与したところ、摂食量の抑制効果が失われたのです。これらのことから、D−プシコースがGLP−1分泌を引き起こし、分泌されたGLP−1が求心性迷走神経を活性化し、その情報が延髄の孤束核へ伝達されることで、食欲が抑制されることが明らかになりました(※参考文献7-24)。

別の研究ですが、D−プシコースの経口投与により、マウスの糞便中の短鎖脂肪酸の濃度が上昇しました(※参考文献7-25)。

これらの研究結果を踏まえて考えると、D−プシコースが腸内マイクロバイオータの代謝によって産生される短鎖脂肪酸を増やすことにより、腸内分泌細胞のL細胞からのGLP−1分泌が促される可能性があります。そして、このGLP−1が求心性迷走神経に作用することで、食欲を抑えていると考えられます。

人工甘味料で肥満になるわけ

では、同じ甘味を感じる物質でも、自然界には存在しない人工甘味料と肥満はどのような関係があるのでしょうか? じつはそこにも腸内マイクロバイオータが関与している可能性が示されています。

以前から、スクラロース、サッカリン、アスパルテームなどの人工甘味料を含む飲料の摂取と高血圧や糖尿病、高中性脂肪血症などのメタボリックシンドロームとの間に高い相関関係があることが知られていました(※参考文献7-26)。しかし、なぜ、人工甘味料を摂るとメタボリックシンドロームになりやすいのかについてはわかっていませんでした。

そこで、マウスを用いて次の実験が行われました。スクラロース、サッカリン、アスパルテームといった人工甘味料を含む飲料水を、それぞれマウスに11週間経口摂取させます。その後、マウスの血中のグルコース濃度(血糖値)を正常に保つ処理能力(耐糖能と呼ばれます)について解析されました。具体的には、マウスにグルコースを強制的に経口投与し、経口投与後、15分、30分、60分、90分、120分後の血糖値の変化を測定しました。この試験は経口糖負荷試験と呼ばれ、ヒトの場合、75gのグルコースを含む飲料水を飲んでもらう方法で行われます。

興味深いことに、人工甘味料を含む飲料水を11週間経口投与されたマウスでは、ただの水を与えられたマウスと比較して、血糖値を正常に保つ処理能力、つまり耐糖能に異常が見られました。とくに、人工甘味料の中でもサッカリンを与えられたマウスで顕著でした。

そこで、マウスにサッカリンを経口投与しながら、抗菌薬などを投与し、腸内マイクロバイオータを除去しました。除去後、このマウスに経口糖負荷試験を行ったところ、耐糖能異常が見られなくなったのです。つまり、人工甘味料は、マウスの糞便中に存在する腸内マイクロバイオータを介して耐糖能異常を起こしている可能性が示唆されました。

次に、サッカリンを経口投与されたマウスと健常なマウスの腸内マイクロバイオータの組成を比較したところ、バクテロイデス属とクロストリジウム属の細菌が増加し、ラクトバチルス属のロイテリ菌が減少していました。また、サッカリン以外の別の人工甘味料を含む飲料水を11週間経口投与されたマウスと健常なマウスの腸内マイクロバイオータの組成についても比較したところ、サッカリンのときとは違う菌の増減が見られました。具体的には、バクテロイデス ブルガタス菌が増加した一方、アッカーマンシア ムシニフィラ菌が減少していました。つまり、人工甘味料を摂取することで、腸内マイクロバイオータの組成は大きく変化するというわけです。

カロリーゼロの甘味料で血糖値が高くなる?

この研究には、まだ続きがあります。マウスで見られた耐糖能の異常が、ヒトでも実際に起こるのかを明らかにするために、381人に対して、2年間にわたる食物摂取頻度調査が行われました。それにより、人工甘味料をより多く摂取していたグループでは、摂取していないグループと比較して、体重の増加や血糖値(具体的にはHbA1c〈ヘモグロビン・エーワンシー〉の値)が高かったのです。これは、人工甘味料を摂取することで、血糖値が高い状態が続いていたことを意味します。

次に、7人のボランティアに対して、1日の最大摂取許容量のサッカリンを1週間摂取してもらったあと、経口糖負荷試験を行いました。その結果、7人中4人で耐糖能に異常が見られたのです。さらに、耐糖能に異常が見られた4人の糞便を無菌マウスへ移植したところ、バクテロイデス属(バクテロイデス フラジリス)とラクトバチルス属(ワイセラ シバリア)の細菌が増加した一方、クロストリジウム属の細菌が減少し、耐糖能異常が起こったのです(※参考文献7-27)。

さらに、ヒトでの影響を調べるために、手の込んだ実験が行われました。具体的には、過去に人工甘味料を摂取したことのない120人をランダムに20人ずつの6つのグループに分け、カロリーのない一般的な甘味料4種類(サッカリン、スクラロース、アスパルテーム、ステビア)のうちいずれか一つを2週間摂取してもらいました。比較対象として、これらの甘味料を摂取しないグループとグルコースを摂取したグループも設定しました。

その結果、アスパルテームやステビアを摂取したグループでは、耐糖能に異常は見られなかったのですが、一方でサッカリンとスクラロースを摂取したグループでは、耐糖能に異常が見られたのです。

人工甘味料が腸内細菌に与える影響

次に、先に示した一般的な甘味料4種類を摂取したグループと摂取していないグループとの間での口腔内と腸内マイクロバイオータの組成が比較されました。その結果、摂取した各グループ20人中4人において、口腔内と腸内マイクロバイオータの組成と腸内代謝物が大きく変化しました。一方、摂取した各グループ20人中3人では、ほとんど変化が見られませんでした。

そこで、無菌マウスに、スクラロースを2週間摂取したヒト由来の糞便に含まれる腸内マイクロバイオータを移植しました。すると、スクラロースを摂取したヒト由来の腸内マイクロバイオータを移植されたマウスでは、耐糖能が低下する傾向が見られたのです。これらの結果から、サッカリンとスクラロースの摂取は、腸内マイクロバイオータの組成を変化させ、その結果、腸内代謝物の組成も変化させることで、耐糖能の異常を引き起こすことがわかりました(※参考文献7-28)。

この研究には、まだ明らかにしなければならない点もいくつかあります。まず、本研究では、過去に人工甘味料を摂取したことがない人を対象にしたので、日常的に人工甘味料を摂取している人で、同じように耐糖能の異常が見られるのかどうかは不明です。また、今回観察された甘味料に対する反応の個人差は、遺伝的な要因なのか、環境的な要因なのかについても不明です。さらに、今回は甘味料を2週間摂取した研究でしたが、この影響がどれくらいの期間続くのかについてもまだわかっていません。ただいえることは、摂取カロリーを下げるために人工甘味料を多く摂取することはお勧めできそうにないということです。

※参考文献

7-21 Iida T et al., Metabolism 59, 206-214, 2010.

7-22 Matsuo T et al., Journal of Nutritional Science and Vitaminology 48, 77-80, 2002.

7-23 Hossain A et al., Pharmacology & Therapeutics 155, 49-59, 2015.

7-24 Iwasaki Y et al., Nature Communications 9, 113, 2018.

7-25 Han Y et al., Nutrients 12, 352, 2020.

7-26 Lutsey PL et al. Circulation 117, 754-761, 2008.

7-27 Suez J et al., Nature 514, 181-186, 2014.

7-28 Suez J et al., Cell 185, 3307-3328, 2022

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