郄橋藍 SVリーグでの決意 後編

(前編:SVリーグ開幕を前に見せた「天才」の片鱗 一昨年の王者相手に、勝負所で光ったサーブ>>)

【欠点は「今のところ見つけられていない」】

 10月5日、豊田合成体育館。SVリーグプレシーズンマッチのウルフドッグス名古屋対サントリーサンバーズ大阪戦、ウォーミングアップからカメラを構えていた女性たちが、わずかに肩を落とす空気が伝わる。サントリーの先発メンバーに、郄橋藍(23歳)の名前はなかった。被写体を失ったショックだ。

 もっとも、前日の試合後、郄橋は欠場を仄めかしていた。

「コンディションはだいぶ上がってきました。足首のことなどもあるので(セーブしていたが)、もっと上げていけると思います。ただ、今日(4日)は試合をやった後に"疲れたな"という実感がありました。これから戦い方を学んでいかないと......」

 週末のSVリーグ開幕戦のため、万全を期す必要があった。


SVリーグ記者会見で、開幕戦で戦う大阪ブルテオンの(左から)西田有志、山内晶大と並び笑顔の郄橋(右)photo by 長田洋平/アフロスポーツ

 郄橋はイタリアから日本に戻り、新しいチーム、新しいリーグでプレーする。その準備や適応には心身の消耗が伴う。プレーのリズムや空気感が何もかも違い、自らへの注目度が突出して高い現実とも向き合いながら、「バレーボールというスポーツの人気と実力を高める」という使命を感じているのだ。

 新たに始まるSVリーグ、郄橋は何を成し遂げるのか?

「かっこいいなって思いました。藍選手だ!って(笑)」

 ウルフドッグスの深津英臣は少しおどけながら、郄橋の印象について率直な感想を洩らしている。深津は日本代表の左利きセッターとして、中心選手として数々の大会に出た実績がある選手だ。

「でも試合始まったら、"こいつの欠点はないのかな"と思いながら見ていました。ブロックが下手じゃないか、意外にレシーブが下手じゃないか、スパイクは決まるのか......今のところ(欠点を)見つけられていないです(笑)。彼がサントリーに入って、きっと勢いづくはずだから、彼を崩すことによって崩れるとも思います。若い選手だけど、柱になっているひとりだし、崩していきたい。ファイナルまでは(欠点を)見つけられるように」

【「またひとつレベルアップしている」】

 その表現は、実に生々しかった。今やどのチームも、どの選手も、郄橋の一挙手一投足を見守っている。イタリア帰りで、パリ五輪で激しく戦った、若き英傑の弱点はないか。

「(郄橋は)間違いなく、チームの軸となる選手だと思います」

 サントリーのセッターで、昨シーズンのMVPである大宅真樹は、そう断言しながらこう続けた。

「(郄橋と)コンビネーションを深めるために、コミュケーション取りながら。今日(前日の試合)も、(郄橋)藍の好きなトスを探りながらやっていました。対応力のある選手なので、"ある程度のところに上げたら決めてくれる"っていう安心感はあるんですけど。そのあたりの精度は上げていかないといけないと思っています」

 まだ手探りなのだろう。ただ、現時点で十分に脅威となっていた。4日の試合で郄橋はオープントスをクロス、ストレートに打ち分け、バックアタックで強烈な一撃を叩き込む。とんでもないレベルだった。

 一方で翌日、郄橋など主力を温存したサントリーは、前日1−3で勝利した反撃に遭い3−1で敗れている。スパイクでも、ブロックでも、レシーブでも、フォローでも、そしてサーブでも......郄橋不在の影響は明白だった。

「すべてのスキルのレベルが高いし、チームを鼓舞する姿も......高校、大学時代と違って、またひとつレベルアップしているんだな、と思いました」

 郄橋と学生時代からのライバル、ウルフドッグスの水町泰杜の言葉には説得力がある。

「パリ五輪後、(郄橋は)どう変わったのか......うーん、勝負所の強さですかね。大事なところで"攻めていこう"という姿勢はもともとあったと思うんですけど、(点差が)競っている時だけじゃなく、どんな場面でも1点に対する執着を感じるようになりました。1点にこだわる姿勢、そこを強い意識でやっているんじゃないかなって。最初からすごかったものが、磨きがかかっていますね」

【サントリーを世界最高のクラブに】

 昨シーズン、郄橋はイタリア・セリエAのモンツァで、プレーオフファイナル進出と準優勝に貢献している。日本代表でも、ネーションズリーグは2023年が銅メダル、2024年が銀メダル。パリ五輪ではベスト8に終わったが、記録以上に記憶に残る激闘だった。23歳という年齢が信じられないほどの躍進ぶりだ。

 はたして、郄橋はどこまで進化を遂げるのか――。

「SVリーグが世界最高峰のリーグを目指すなか、サントリーは日本一を目指すことになると思うので、(ひいては)世界最高のクラブになれるようにしたいですね」

 郄橋は野心的に言う。

 10月11日、東京体育館。開幕はSVリーグで優勝を争うだろうチームのひとつ、大阪ブルテオンと火花を散らす。ブルテオンには代表で共に戦った西田有志、山本智大、山内晶大、富田将馬などがいる。今後の戦いを占う試金石になるはずだ。