郄橋藍 SVリーグでの決意 前編

【パリ五輪で痛感した「1点」を取るために】

 10月4日、豊田合成記念体育館。昨シーズンのVリーグ王者であるサントリーサンバーズ大阪に所属する郄橋藍(23歳)は、ネットを挟んで対戦相手であるウルフドッグス名古屋の水町泰杜(ビーチバレーと二刀流の選手)と談笑していた。高校時代からのライバルで、共に全国高校選抜にも選ばれた。プレシーズンの練習試合というのもあるだろうが、戦友と話す表情は穏やかで、白い歯も見えた。

 パリ五輪の激闘で見た表情が激烈だっただけに、ギャップを感じさせたが......。

「(パリ)オリンピックからの切り替えが大事だな、と思っています」

 郄橋は言う。今シーズン、イタリア・セリエAから日本に戻り、新たに創設されたSVリーグでの挑戦を決めた。


今季、SVリーグのサントリーでプレーする郄橋 photo by 日刊スポーツ/アフロ

「(パリ五輪の準々決勝でイタリアに)負けた日、次の日は相当、悔しさがありました。でも、負けたことはしょうがない。それをいい経験に、糧としていかないといけないんです。(1、2セットを連取し、3セット目も24−21とリードして)"1点"で勝てなかった、という悔しさは今もあるんですけど、その1点を取るために次を考えていかないと。1点を取れる選手になっていくために、切り替えてレベルアップしていきます」

 彼はそう言って、口元だけで笑った。真っ直ぐ見つめる目は、明るく澄んでいた。

「バレーボールの面白さをたくさんの人に伝えたい。それが自分の役割だと思っています」

 そう語る郄橋は、人気が沸騰しつつある男子バレーのアイコン的存在と言えるだろう。

 この日、郄橋はいつものように華麗にスパイクをクロスへ打ち込んでいる。バックアタックは、肉食獣が飛びかかるような跳躍だった。定評のあるレシーブ力も見せ、ブロックフォローは献身的だったし、見事なトスまで上げるなど、攻守両面でオールラウンドぶりを発揮していた。

 そして、公式戦ではないが、彼は"勝負の天才"の片鱗をこの日も見せている。

【勝負所で流れを引き寄せたサーブ】

 第1セットは、王者サントリーが19−25で奪った。郄橋だけでなく、身長219cmのオポジット、ドミトリー・ムセルスキーは破格。しかし郄橋が新チームに噛み合わないところもあるのか、あるいは一昨年の王者ウルフドッグスが戦いをフィットさせたのか。第2セットは25−18で落とし、第3セットは終盤まで拮抗した展開になった。

 そしてサントリーが20−19とリードされた展開から、郄橋のサーブで立て続けにブレイクした。ここで20−22と逆転したのが、勝負の分岐点だった。

「勝ち方というのは大事で......あの時、ニミル(・アブデルアジズ)選手にエースを取られてしまって、『リズム悪くしたな』っていうポイントがあって。僕のなかで"取り返さないといけない"と思いました」

 郄橋は"スイッチが入る瞬間"を克明に覚えていた。

「自分が取り返せるのは、サーブ、スパイク、ブロックのどれか。そこでサーブが回ってきて、あの時はムセルスキーが前(衛)だったので、ブレイクを取れるチャンスでもある、と考えました。そこはけっこう集中したっていうか、あそこをいかに取っていけるか、でした。もし3セット目を取られていたら、たぶん今日の試合はこういう展開になっていないと思うので。自分の気持ち的には、"ここをしっかり取る"って決めていました」

 その決断と実現力こそ、"勝負の天才"たる所以だろう。第3セット、23−25でサントリーは接戦を制した。そして第4セット、20−25と連取。3−1で勝利を収めたのである。

 たとえタイトルがかかっていない試合でも、郄橋は勝負の匂いを嗅ぎ分けていた。頭の中がいつもクリアになっている。何にも囚われず、やるべきことを判断できるのだ。

【余計な感情はオフにして勝利へ向かう】

 パリ五輪、イタリア戦後を取材した当時、誰もが肩を落とし、言葉少なになるなか、郄橋はミックスゾーンで記者たちの質問に丁寧に答えていた。ひと通り答え終わって、さらに最後に筆者がいくつか質問をぶつけても、彼は論理的な答えを返した。

その割り切った懇切な対応は、率直に言って驚きだった。プロとして賞賛に値した。それをあらためて伝えると、郄橋は小さく笑ってこう答えている。

「反省や振り返りは大事ですけど、そこは自分が一番わかっているので。それ以上、考えてもどうしようもない。悔しさを乗り越えるためには"次のオリンピックでそれ以上の結果を出すしかない"って思ったので、悔しさはあっても、頭の中は切り替えられていました」

 余計な感情はオフにできる。これぞ、勝者のメンタリティだろう。自他共に認める「負けず嫌い」だが、勝利する予感も含めて楽しんでいる。ウルフドッグス戦も、相手に押された流れになるほど、体中から覇気が滲み出ていた。

「男子バレーは(パリ)オリンピック後、たくさんの方が注目してくれて。人気が上がっている、というのは生活をしているなかでも感じています。今日もたくさんのファンの方がいたので、これからSVリーグをもっと盛り上げられたら」

 郄橋は、開幕するSVリーグに向けて決意を語った。

(後編:郄橋藍の進化をライバルたちも称賛「またひとつレベルアップしている」>>)