家には来客に備えて、アルコールやお茶などの飲み物を常備している(撮影:今井康一)

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「人を招いて一緒にご飯を食べるのが好き」と今村さん(撮影:今井康一)

2023年の日本は、「ひとり暮らし」世帯が全体の34%を占めた。今後も増加が見込まれるひとりで暮らす人々に焦点を当てた連載「だから、ひとり暮らし」では、その住環境とライフスタイルを取材する。

第3回は東京・目黒の築50年のマンション(1LDK)を7年前に購入・リノベーションした女性に話を聞いた。

不動産購入を相談したら親が取り乱した

今村さんは40代を迎えたばかり。住まいを購入したときはまだ30代前半で、現在も勤務する不動産系ベンチャー企業に転職して間もない頃だった。

「最初は不動産購入について、そこまで覚悟を決めていたわけではないんです。

それで、離れて暮らす親に相談したら『築50年のマンションに数千万も払うなんて信じられない。しかもひとりで!?』と、取り乱してしまって。地震が来たときの耐震性の問題だとか、ひとりでローンを背負うことだとか、いろいろと心配されました。

私自身も不安はありました。それを乗り越えて購入に至ったのは、不動産関係の会社に勤めていて、周囲に若くして不動産を購入している人が多かったからですね」(今村さん 以下の発言すべて)

【写真】7年前に築50年のマンションを購入してリノベーション。センスのよさがあふれる1LDKの暮らしは、窓から差し込む光が印象的(19枚)


今村さんは大阪大学卒。リクルートを経て約10年前から中古不動産販売業を主に行うツクルバに勤務し、 採用や企画、マーケティングを担当。同社は中古・リノベーション住宅のプラットフォームサービス「cowcamo(カウカモ)」を軸とする。7年前に築50年のマンションを購入しリノベーションした(撮影 :今井康一)

今村さんの勤めているツクルバは、中古・リノベーション住宅のプラットフォームサービス「cowcamo(カウカモ)」を軸とする企業。同僚には不動産のプロフェッショナルが多く、アドバイザーには事欠かなかった。


築古マンションを自分好みにリノベーション。床材は斜めに貼ってリズミカルに。壁の塗装は会社の皆で塗ってDIYで仕上げた(撮影:今井康一)

「『立地が素晴らしいから!』と、社内の営業の担当者に連れられてこの部屋を見に来たときは、完全に工事中の状態でした。内装が全部剝がされ、ガランとした箱の状態だったのですが、部屋に降り注ぐ光を見たときに、感動して即決したんです」

確かに光の美しい部屋だ。角部屋ゆえ、2方向から光が降り注ぐ。取材時は7月の午後遅い時間だったが、夕暮れ前の西日がキッチンのグラス類に反射して、まるで居心地のいいカフェやバーのような雰囲気だった。


家には来客に備えて、アルコールやお茶などの飲み物を常備している(撮影:今井康一)

「この部屋には、カーテンをつけていません。レールがもともとなかったから面倒だというのが主な理由なのですが(笑)、この光が気に入っているからというのもあって……。基本的にこの部屋は来客を迎えるための部屋で、生活感を出さないようにしているから、目隠しする必要も感じません」

人気の目黒という立地で、朝から夕方まで陽光の移り変わりを存分に楽しめる部屋。それが、自らの不安や周囲の心配を乗り越えて、30代だった今村さんが手に入れた「ひとり暮らし」の空間だ。

「資産」として将来の売却も視野に

しかし30代、独身で数千万の不動産購入となれば、躊躇してしまうのも当然だろう。1LDKの間取りはこれからの家族構成によっては手狭になるかもしれない。購入当時に築50年で、旧制度の耐震基準のころに建てられている点も不安材料だ。

「私も色々心配したのですが、7年経った今、購入してよかったと思っています。この家で暮らしてきて快適ですし、楽しい思い出もたくさんあります。

そして部屋は資産にもなっています。目黒のあたりは購入時よりもだいぶ不動産価格が上がっていて、先日査定してもらったところ『今売ったとしたら、リノベーション代を含めた購入時の価格よりもプラスで売ることが可能』とのことでした。賃貸だったら家賃の分がマイナスにしかならないので、投資としても良かったと思います」

東京の不動産価格は上がり続けている。今村さんのマンションは目黒のなかでも人気のエリアにあり、もし売却することになっても、買い手がつきそうだ。


マンションのある目黒周囲には、都会ならではの洒落た店や飲食店が多い。「東京に住んでいることを、強く感じられるまちです」と今村さん(撮影:今井康一)

「購入して愛着もある家ですが、終の棲家にするという感覚はないんです。キャリアや人生に新たな展開があったら、すぐにでもマンションを手放そうと思っています」

不動産は一生モノという感覚があるが、人気エリアにおいては将来の売却も視野に入れた不動産購入が可能だということか。

仕事に熱狂した30代を共に歩んだ部屋

30代を共に歩んできたマンション。でも今後もずっとここにいるかは未定だと、今村さんはいう。

「年代によって、状況は変化しますよね。ここを購入した頃は、今所属する会社が設立して間もない頃でした。

そのころはマンションの一室がオフィスで、まだ人数も少なく、毎日が文化祭みたいな状況。その後上場を果たし、10年経った今では300人規模の会社へと成長しています。

成長するベンチャー企業ならではの熱狂に加われたのは、本当にラッキーです。今は、会社は次の成長フェーズに入り、私自身は、『会社がすべて』という状態から少し離れて、新たなバランスを模索しているんです」


記念の花はドライフラワーにして。紫のバラは上場時のブーケから(撮影:今井康一)

確かに今村さんのキャリアは、年代によって変化してきた。大阪大学を出て、20代はリクルートで10年勤務、その後設立直後のベンチャー企業だったツクルバに入社した。大企業からベンチャー企業に移った10年を、どのように捉えているのだろうか。

「リクルートでは、適性がマッチしてどんどん昇進していく同僚に比べて能力を活かしきれない自分を感じ、もがいていました。今の会社はベンチャーである分、ひとりの存在感が大きいので、自分の仕事がダイレクトに会社の業績につながることが、やりがいになっていますね。

もちろん今の会社でも、個性的だったり専門領域があったりする同僚と自分を比べてしまうこともあります。でも落ち込んでいる余裕もなく自分を出し切っているうちに、『これが私なんだ』と、自身の輪郭がはっきりとしてきたんです。ベンチャーならではの、社内の家族的なつながりもありましたし、本当に密度の濃い10年でした」


来客時に活躍するいろいろな器。器が好きで、旅先や近所の散歩で気に入ったものを見つけては、購入している(撮影:今井康一)

実は会社からマンションまでは徒歩圏内。多くの同僚がこの部屋に立ち寄る「たまり場」でもあるという。

「同僚と近くで飲んでいて2次会は我が家ということも、よくあります。また新入社員に自社が扱ったリノベーションの家を実感してもらうための、食事会を行ったりもしますね。多くの社員と、この部屋で語り合ってきました」

40代は新たな拠点を加えて、広がりを

今村さんは今、住み慣れたこの部屋のほかにも拠点を持とうとしている。

「30代はこの場所でとことん仕事を追求していましたが、40代は広がりを持ちたいと思って。

地方の暮らしに興味があり、ここ数年各地のまちづくりの現場に行ったりしてきました。その流れで、実は先日信州に別荘を作ったんですよ。ビルド(VUILD)という建築ベンチャーが新しい工法で家づくりをしていて、それが面白いと感じ友人と共同購入しました。これからどう運用していこうか、考えているところです。

こんなふうにフットワーク軽く不動産に関わろうと思えるのも、この家の購入で成功体験を積んだおかげです」


リビングは来客用で、普段使っているのは主に寝室。ベッドに寝転がって動画を見たり、本を読んだり(撮影:今井康一)

人と一緒に何かをすることが、昔から好きだったという今村さん。20代、30代の仕事で培った人脈をつないで広がりをつくることが、40代のテーマになりそうだ。

見たい景色を見るために選択を続ける

節目節目で大胆に行動する今村さんだが、指針としたキャリアパスのモデルがあるという。

「キャリアには山登り型と川下り型があるという考え方です。目指すべきゴールが明確な山登り型。一方で川下り型は流れに身を任せるように、その時々の環境に合わせて経験や実績を積みつつキャリアを作っていきます。

私は完全に川下り型。そこで個人的に大切なポイントだと思うのは、川には分岐点があって、その都度どちらに行くかの選択をしなければならないということです。

どちらに行くかによって、未来が大きく変わってしまう。その結果については運も左右すると思いますが、私が心がけているのは、ハードでチャレンジングな側を選択するということ。今までの経験上、そちらのほうが納得のいく結果が得られると思うので」


墨田区へ出かけた際に購入した植物。 形の変わった植物など、一目惚れで購入することが多い(撮影:今井康一)


酒蔵の軒先にある「杉玉」を作るワークショップがあり、そのまま気に入ってインテリアに。時間とともに色が緑から変化したという(撮影:今井康一)

どんな選択をしようとも、人生は過ぎ、環境は移り変わる。それならば、より挑戦的なほうを選択するという今村さん。

光に彩られたこの部屋でつくった思い出を胸に、40代はまた新たな風景を求めて川を下っていく。


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人が集う「ひとり暮らしの部屋」


カウンターキッチンとリビングが一体感のある住まい。料理の準備をしながら来客と話ができる。この角度からの光の多さでこの住まいの購入を決めたという(撮影:今井康一)


鏡は1000円で購入したもの。「リサイクルショップやアンティークショップで掘り出し物を見つけるのが楽しい」。お気に入りのソファは革張り。「日焼けでだいぶ色があせてきたが、それも味かなと思っています」(撮影:今井康一)


右の2脚は大学生のころ、左の2脚はこの家に合わせて購入した。どちらもリサイクルショップやアンティークショップで手に入れたが「空間のリズムになっているかも」と今村さん。カウンターキッチンはオーダーで作ってもらった。「大きいけれど空間的に軽く見えるように、床から浮いた設計にしてくれました。おかげで掃除が楽という利点も」(撮影:今井康一)


誕生日にもらった花をドライフラワーにしている(撮影:今井康一)


玄関の飾りもの。ドライフラワーはメンテ不要で白い壁との相性がよいため、住まいの至るところにある(撮影:今井康一)


生花も、たまに気分に合わせて購入。「長く楽しめるように枝物が多い」とのこと(撮影:今井康一)


「最近はシードルがお気に入り。グラスは来客に合わせてたくさんあります」と今村さん(撮影:今井康一)


目黒インテリアストリートで購入したアンティークの姿見 。お気に入りに出会えるまでいくつかの店をはしごしたという(撮影:今井康一)

【写真】築50年のマンションを購入してリノベーション。センスのよさがあふれる1LDKの暮らしは、窓から差し込む光が印象的(19枚)

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(蜂谷 智子 : ライター・編集者 編集プロダクションASUAMU主宰)