全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。

物静かな雰囲気で淡々と話す木下さん

なかでも九州・山口はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州・山口で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

【写真】店主の人柄が店の雰囲気、コーヒーの味わいに表れる


九州編の第99回は熊本県熊本市にある「COFFEE BLUE」。熊本市民のオアシスとして親しまれている水前寺江津湖公園のそば、閑静な街にひっそりとたたずむコーヒーショップ。ファサードはシンプルで、ガラス戸を開けて中に入っても過度な装飾はない。ただ、木のインテリアに囲まれているからか無機質な感じはなく、どこか温かみにあふれている。カウンターで穏やかに迎えてくれた店主の木下拓朗さんがまとう空気感もまさにそんな感じだ。一見してわかる物静かで落ち着いた雰囲気。飾らず、シンプル、奇をてらうこともあまりなさそうだ。音楽でいうとインストのような、なにも邪魔しない曲のよう。カウンターに並ぶコーヒー豆のプライスカード、ドリンクメニューもすべてシンプル。なにも押し付けない、各々が好きに過ごしていい空間。コーヒーショップはそういうスタイルの店が多いが、「COFFEE BLUE」を訪れて、特にそれを強く感じた。その理由が店主の木下さんの話を聞いていくうちになんとなく見えてきた。

店主の木下拓朗さん


Profile|木下拓朗(きのした・たくろう)

熊本市生まれ。理学療法士として働く中で同級生が営んでいた店で飲んだコーヒーに感銘を受け、趣味で焙煎、抽出の勉強を始める。その後、Gluck Coffee Spotのオーナーと友人関係だったことから、同店開業にあたりオープニングスタッフとして誘われ、コーヒー業界へ。Gluck Coffee Spotと姉妹店で4年強働いた後、一度、理学療法士の仕事に戻り、自身の店の開業準備を進める。2023年5月、「COFFEE BLUE」を開業。

■医療からコーヒーの世界へ

物静かな雰囲気で淡々と話す木下さん


店主・木下さんの経歴はちょっと変わっている。もともと理学療法士として働いており、飲食業とは無関係の生活を送ってきたそう。そんな木下さんにとってコーヒーが特別なものになったのは、ある店で飲んだ1杯のコーヒーだった。熊本市内においてコーヒーショップやスタンドが増えるきっかけの一つとなった808 COFFEE STOP(現在は閉店)。そこで飲んだニカラグア ナチュラルに強い感銘を受けた。

豆が選べるドリップコーヒー(600円〜)


「味わいはもちろんですが、普段何気なく飲んでいたコーヒーにもコーヒーチェリーを栽培する農家さんがいて、生産処理を施し、焙煎・抽出され、私が飲んでいる。生産処理という知識も当然持っていなかったその当時はそういった文脈がとても新鮮で、一気にコーヒーのことをもっと深く知りたいと思うようになりました。それから理学療法士として働きながら、趣味で手網焙煎を始めて、おいしいコーヒーの淹れ方の勉強をしたり…。そのころから“いつかコーヒーに関わる仕事ができたら”とおぼろげに思っていたんですが、幸運なことに人の縁にも恵まれ、Gluck Coffee Spotで働くことになったんです。それが私にとってこの世界の本格的な入口です」

「COFFEE BLUE」は熊本市電の水前寺公園電停から徒歩3、4分の場所にある


Gluck Coffee Spotが開店した当時から働き、姉妹店のマネージャーまで務めた木下さん。足掛け4年強勤めた後、一度、理学療法士の仕事に約2年にわたり復職。ただその間もイベントに出店したり、ポップアップに参加したり、コーヒーと積極的に関わり、バリスタ、コーヒーマンとしての意識を常に持ち続けた。一方、日々店に立つ純粋なプレイヤーでなくなったことで、コーヒーや店について俯瞰して見ることができる貴重な2年間になったと木下さんはその当時を振り返る。そうやって2023年5月、「COFFEE BLUE」は開業にいたった。

■なんとなく飲んで、なんとなく美味しい

さりげなく飾られた品々に感性が光る


コーヒーショップを開くのに特別な資格が必要なわけではないし、然るべき経歴を歩んで開業するといった王道はないのだろうが、木下さんがコーヒーに魅了され、「COFFEE BLUE」を開くまでの約7年間は、コツコツと着実に土台を築き上げてきたのだろうと感じた。その理由は「COFFEE BLUE」の店のスタイルにみてとれる。尖りすぎたことはしない、悪目立ちしない、過度に飾らない、等身大でいる。コーヒーの味わいも然りだ。

抽出も余韻の甘味を重視し、Kalitaウェーブを使用


「“なんとなく飲んで、なんとなく美味しい”。これが目指している味わいです。細かく言うと、最も大切にしているのは余韻の甘さ。店の豆のラインナップは浅煎りがメインではありますが、余韻の甘さを引き出したいという考えは、どの焙煎度合いも同じです。普段飲み慣れていない味でも抵抗なく飲めて、“はじめまして”なんだけど、“普通に美味しい”、みたいな味わい体験をしてもらえたらと思いながら、味づくりの方向性を決めています。もちろん生豆が持っている個性を焙煎によって引き出すことも大切。コーヒーの味づくりには絶対の正解がないからこそ、自分なりの表現ができたらと考えています」

■吟味して、自分に合った環境を

九州はもちろん、全国でもまだあまりなじみのない焙煎機、coffed


自分なりの表現でいえば、焙煎機のセレクトがまさにその表れだろう。Gluck Coffee Spotにいたころはフジローヤル、PROBATで焙煎を行ってきたが、開業に際して自身が今まで使ったことがないメーカーのものを選んだ。それが、ポーランドのcoffed社の焙煎機。その理由を木下さんはこう説明してくれた。

「coffed社はもともとPROBATをオーバーホールし、メンテナンスを行う会社だったそうで、クラシカルな一面を持つ焙煎機であると代理店である福島珈琲さんから説明を受けました。ドラムは重厚感がある鉄製で、焙煎してみるとフレーバーや香りはしっかり立ちながらも、程よく心地よいボディ感も引き出せると感じ、自分が求めていた味わいを表現できそうだと考え、このマシンを選びました」

エスプレッソ用の豆はブラジル、エルサルバドルをブレンドした中深煎り。カフェラテ(600円)


現行のPROBATも候補として考えたそうだが、焙煎したコーヒーがややキレイにまとまりすぎるという印象を払拭できず、悩んだ末にcoffed社の3キロ釜を採用。そんなエピソードを聞いて淹れてもらった浅煎りのコーヒーを飲んでみて感じるのが、ただ後味がクリーンでキレイな味わいを表現するのではなく、生豆が持つ野性味、味わいの奥行きをしっかり引き出しているということ。もちろん、余韻には香り高い甘味も広がる。

常時4、5種の豆をラインナップ。ブレンドはなく、すべてシングルオリジン


プライスカードに持っているフレーバーとして書かれているように、まさにフルーツのような甘味だ。生豆は信頼できる生産者にフォーカスを当てるマイクロインポーター、SYU・HA・RIから仕入れることが多いそうで、ほとんどが伝統的な品種、生産処理の原料をセレクト。それもまた、木下さんが理想とする“なんとなく飲んで、なんとなく美味しい”という味わい体験につながってくる。

■BLUEに込めた想い

屋号にも深い意味がある


屋号に掲げたBLUE=青という言葉。イメージ的にコーヒーを想像させる色ではないが、木下さんはこんな思いを掲げた。以下、公式ECサイトから抜粋する。

「BLUE(青)には、さまざまな側面があります。

鮮やかな青色や、濃い青色、さわやかさや悲しさ、複雑さ。

その時々でコーヒーを飲む人の感情や、過ごす時間が違うように。

コーヒーも同じで、それぞれのコーヒー豆によってさまざまな風味や口当たり、心地よさがあります。

美味しさだけでなく人と人をつないだり、料理や音楽と共に楽しんだり。

そんなコーヒーの持つ可能性を信じ、COFFEE BLUEと名付けました。」

まさにこのメッセージに木下さんのコーヒーに対する考え方、思いが込められていると感じた。

壁際のベンチに座って店主との会話を楽しむ常連も多い


開業して丸1年を経て、木下さんは今後どのような形でコーヒーと関わっていき、どんな風に「COFFEE BLUE」を営んでいきたいと考えているか聞いてみた。

「まず、もっと多くの人に店の存在を知ってもらうことが一つ。その先に、例えばものづくりをしている方とつながったり、一見するとコーヒーとは無縁に感じるモノ・コトと関わりを持つことができたらうれしいです。コーヒーって音楽や映画と同じように生活の中にあるものだと思うので、コーヒーのことだけを考えるのではなく、むしろ広い視野を持って、いろいろなことと向き合っていきたい。コーヒーとは関係のないところから受ける刺激がまた新しい発見、気付きのヒントになっていくのかなと思っています」

■木下さんレコメンドのコーヒーショップは「fasola」

「熊本市にある『fasola』さんは、夫婦で営んでいるレストラン。奥さんの志織さんはもともと私の同僚で、レストランの中にあるコーヒーショップというコンセプト通り、喫茶利用のみもOKです。志織さんが焙煎したコーヒーに加え、全国各地のロースターから取り寄せたゲストビーンズを用意するなど、さまざまなコーヒーと出会えるのが楽しみの一つ。ご主人が腕を振るう料理も美味しいですよ」(木下さん)

【COFFEE BLUEのコーヒーデータ】

●焙煎機/coffed 3キロロースター

●抽出/ハンドドリップ(Kalitaウェーブ)

●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り

●テイクアウト/あり

●豆の販売/200グラム2000円前後

取材・文=諫山力(knot)

撮影=坂元俊満(To.Do:Photo)

※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。