自転車を取り締まる警視庁の警察官(イメージ、時事通信フォト)

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 日本は過去に二度、交通戦争と呼ばれた時代を経験している。戦後、自動車が急速に普及し死者数が1959年に1万人を超え、1970年まで増え続けた時。その後、減少傾向にあった交通事故死亡者数は増加、1988年にふたたび1万人を突破し第2次交通戦争と呼ばれた。現状の日本は人口そのものが減少する傾向にあり、救急医療の発達もあって交通事故による死者数の総数は減少を続けているが、自動車以外の移動手段、とくに自転車はその手軽さと一部の違反に対する認識の甘さが仇となり2026年までの青切符導入にまで至った。人々の生活と社会の変化を記録する作家の日野百草氏が、自転車「逆走」についてレポートする。

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 自転車の逆走で、また悲しい事故が起きてしまった。

 6月11日、群馬県前橋市。16歳の女子高校生が車道を自転車で右側走行中(「逆走」警察発表)に乗用車と衝突、警察によれば乗用車は左前方が損傷していたことから自転車の「逆走」と判断された。

 実際に現場を見れば市道に専用歩道はなく車道外に退避することができない。白線と側溝の間は雑草も生い茂り一部は車道まではみ出ている。この国は自転車の走る環境が整備されていないと言われて久しいが、それでもこの車道を自転車で逆走されては乗用車の側も厳しい。女子高生は通学の途中だった。

 大変悲しい事故。しかし事故に至らずとも、こうした自転車の「逆走」は日本全国、ごく当たり前に見かける。

どんなに自転車が悪くてもドライバーの人生が狂う

自転車からすれば歩行者感覚なんでしょうね。でも車を運転する側からすれば怖いなんてものじゃない」

 同じく関東、地方によく見られるトラック休憩OK、広大な大型車対応のコンビニエンスストアの敷地で食事中のトラックドライバーに話を聞く。10トントラックがとても頼もしくかっこいいが、この車格で走行中に逆走自転車など来たら、状況によってはどうにもならないのではないか。

「そこを何とかするのも仕事だけど、正直なところ逆走は勘弁してもらいたいです。いや、一時停止無視とか信号無視とか自転車には普段からヒヤヒヤさせられているけど、逆走自転車がこちらに来ると『ああ、またか』ですよ。

 彼は「自転車だけじゃないけどね」とすり抜けの原付バイクや最近都内を中心に増え始めた電動キックスケーターも怖いと話すが、やはり数を考えれば自転車がもっとも「ヒヤヒヤさせられる」と話す。別の取材でお話を聞いたバスの運転士も「狭い道を逆走自転車が来ると神経使う」と話していた。

「群馬の話ね。かわいそうな事故だけど、自転車乗ってる16歳の女の子なんて殺しちゃったらこっちも人生狂っちゃうよ。過失割合も不利だし、どんなに自転車が悪くてもむしろこちらの人生がおかしくなる。でも、そんな自転車がたくさん走ってる」

 そうした中でもこの国の物流のために尽くしてくれているプロドライバーには敬意しかないが、2026年までに青切符の対象にされてしまうほど目に余る違反自転車の日常、どうにかならないものか。

 直近も筆者は信号無視の折りたたみ自転車、歩道を並列で走る高校生の集団、前と後ろにお子さんを乗せて激走するお母さんの電動自転車(幼児2人同乗用自転車)と、まるで揃えたかのような違反のオンパレードを目撃しているが、正直すべてこの国の「日常」である。「努力義務」のヘルメットも仕事の人とごく一部の趣味で走るレース仕様の人くらいか。自転車のヘルメット着用、警視庁調べ(2023年)でも10%に満たない。

 トラックドライバーと話の間にもスマホを見ながらママチャリで走る若者、コンビニの敷地に入ってきたので青切符導入について話を聞いてみる。

「何お前、誰?」

 そう言ってそのまま店に入ってしまった。トラックのある場所に戻るとドライバー氏は苦笑い。

「無理無理。やんちゃそうだし、逆ギレされるだけだよ、たかが自転車でうるせーって思ってる」

 逆走、一時停止違反、信号無視、スマホのながら運転――すべて道路交通法違反だが、どれも「たかが自転車」でこの国は事実上、見逃してきた。お目こぼし、とでも言おうか。自転車には免許がないので交通反則通告制度が適用されない。仕方なく、警察はあまりにひどい場合に限りいきなりの「赤切符」で対応してきたがそれも現実的ではなかった。

 交通事故における自転車が関与した割合(自転車関与率)は警視庁によれば2018年の36.1%から毎年増加し2023年には46.3%。筆者の感覚でも都内はとくにひどい。都心の繁華街などはごく一部のちゃんとした人というレアケースを除けば自転車乗りのほとんどがめちゃくちゃ、と言ってもいい。

「うるさいこと言うなって逆ギレされるからね、反則金で少しでも減るといいけど」

 そうして2026年までに道路交通法改正案で青切符が切られることが決まった。5月29日の都内117カ所での大規模な自転車一斉取り締まりは拙筆『「青切符」導入決定で自転車取締りが強化 歓迎の声がある一方で「ママチャリで車道は怖い」』に書いたが、車が偉そうに、自転車を下に見ているとかそういうお気持ちの話でなく単純に「交通違反」そして「大変危険である」という話である。

よろけて接触したママチャリの女性がこちらをスマホで撮影

 後日、実際に逆走自転車と接触した経験のある60代の男性ドライバーから話を聞いた。

「渋滞中にママチャリの女性が逆走してきてフラっとこっちに寄ってきた。驚いたなんてもんじゃない。自転車のハンドルと車のミラーがあたった」

 幸いにして女性は車のミラーにぶつかるも倒れることもなく歩道側によろけて停まった。声をかけると、なぜか少し離れたところに移動して、こちらをスマホで撮影していたという。

「ミラーもパタン(倒れた)だけでなんともなかったけど、厳密には警察に報告しなきゃならないからね。『大丈夫?』『当たっちゃった?』とか声をかけた。でもちょっと離れたところで停まってスマホでこっちを撮影しているだけ、それも凄い怖い顔でね」

 しばらくすると女性は何事もなかったように走り去った。

「何度も声をかけたけど狭い路地に入って走って行っちゃった。釈然としないよね」

 単なる威嚇のつもりだったのか、自分が悪いとはまったく思っていなかったのか。決まりは決まりなので警察には届けたものの、その後音沙汰なしで真相はわからないという。被害のあるなしでなく、自転車も当然「当て逃げ」となる可能性がある。それにしても他人と揉めると何でもスマホで撮影する人、是非はともかく、これに限らず本当に増えた。

 先のトラックドライバーが語る。

自転車からすればなんでもないように思える逆走だけど、本当に車を運転する側は怖いことをわかってほしい。危ないし、自転車なんて車にぶつかったらひとたまりもない」

 さっきの若者がコンビニから出てきた。またスマホ片手に、さっき来た道を今度は右側通行の逆走で去っていった。警察なんてどこにいるんだ、というくらいだだっ広い田舎とはいえ危険だ。実際、冒頭の女子高生の事故現場も前橋市といっても五代町というのどかな場所、それでも何気ない自転車による「日常の交通違反」が自分の命を奪いかねない。

 個人的に筆者は逆走と共に、一時停止の無視はとくに危険なので絶対にやめてほしいと思っている。知人から「自転車で一時停止なんてアホか」と言われたことすらあるが、アホで構わないので指定場所では一時停止して欲しい。運転中に一時停止無視で出てこられるとヒヤッとする。というか一時停止しないで、よくも見通しの悪い十字路とか突っ切れるものだと思う。そんなもの、交通事情によっては車側だって本当にどうにもならない。子ども二人を乗せたママさんすら全速力の電動自転車で突っ切るからたまらない。忙しいこと、事情のあることはわかるがそれで命を落としかねない。「たかが自転車」でそれこそ多くの人の人生を狂わせてしまう。

 最後に自転車に導入される青切符について警視庁が「取締りの重点対象行為」として発表した取締りの一覧を引く。そもそも以前から自転車でも違反ではあるのだが、運転免許証を持たない、もしくは免許取得年齢にない人もいると思うので、いま一度確認して欲しい。

・信号無視
・指定場所一時不停止
・通行区分違反(右側通行、歩道通行等)
・通行禁止違反
・遮断踏切立入り
・歩道における通行方法違反
・制動装置不良自転車運転
・携帯電話使用等
・公安委員会遵守事項違反(傘差し)など
※警視庁「自転車の交通違反に対する交通反則通告制度の適用」より。なお酒酔い、酒気帯び運転は自転車もこれまで通り赤切符、罰金刑。

 2026年を目処に、これらはすべて自動車やオートバイと同様に青切符、反則金の対象となる。金額は5000円から1万2000円程度とのことでなかなか高額だが、それよりもやはり命と、双方の人生を大切にするためにも「たかが自転車」と思わず留意して欲しい。

日野百草(ひの・ひゃくそう)/日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経て、社会問題や社会倫理のルポルタージュを手掛ける。