「サ活」を楽しむ男性を襲った悲劇(写真:buzzfactory/PIXTA)

マスコミ関係で働く30代の男性の趣味はサウナ。週5回のペースで通い続けていたある日、肌にこれまで経験したことのない異変が起こる。

しかも、慌てて病院に行った男性に告げられたのは、予期せぬ病名だった――。

男性の名前を山田博文さん(仮名)としよう。それはコロナ禍の真っ最中だった2021年4月のことだった。

サウナのある銭湯に週5回

在宅勤務の山田さんは当時、1人暮らし。友人や仕事仲間と飲みに行く機会もなく、外出先はほぼ、近所の銭湯だけという日が続いていた。もともとサウナ好きということもあり、サウナのあるその銭湯に週5回ほど通っていた。

「『ととのう』で大人気のサウナですが、私にとっては唯一の息抜きでした」(山田さん)

ところがある日、サウナから帰った後に、山田さんは右腕が赤く腫れていることに気づく。

10円玉くらいの大きさで、触るとゴワゴワと硬かった。「若干、痛みもあるので、サウナで軽くやけどしたのかな?と思いました」(山田さん)

当時はコロナ禍で、サウナ室にも人数制限があり、6人入れるところが3人までとなっていた。いったん出ると、再度入るときに順番待ちになるほど混んでいたため、山田さんはいつもなら6分くらいでサウナ室を出るところ、頑張って10分ぐらい入っていたという。

右腕にできた赤い腫れについては、

「私はアトピー性皮膚炎の持病があるので、普段から、皮膚のトラブルに慣れていました。やけどでなければ、ニキビか粉瘤(ふんりゅう:皮膚の下に袋状の組織ができ、その中に古い角質や皮脂などの老廃物が溜まった状態)かな? 程度に軽く考えていたのです」

と山田さん。

右腕の炎症を抑えようと、山田さんは帰宅後、氷で患部を冷やしたが、痛みは軽減しない。しかし、「明日にはよくなっているだろう」と軽く考え、床に就いたという。

翌日の明け方「異変は起こった」

翌日の明け方。異変は起こった。

体が熱っぽく、前日とはうって変わって、体調が悪いのだ。右腕の患部も熱を帯びて、まだら状に赤みが広がっていた。

「しばらく横になっていましたが、時間とともに熱が上がってくるのがわかりました。体温計で測ってなかったですが、38度近くあったと思います。やがて関節も痛み出し、脇のリンパ節も腫れてきました。インフルエンザっぽくなってきたんです」と山田さん。


腫れた山田さんの右腕。思わず写真に収めた(写真:山田さん提供)

もしかしてコロナ? あるいはやけどの悪化か? 不安を感じた山田さんは、とにもかくにもと発熱外来のあるクリニックを探し、電話をかけまくった。ところが、どのクリニックも「うちでは診れません」と断られてしまう。

コロナ禍では発熱患者を診てくれる医療機関は、限られていたことは記憶に新しい。「『発熱外来の看板を掲げているのに、熱のある患者を断るとは、何やねん!』と腹が立ちました」(山田さん)

思案した結果、持病のアトピー性皮膚炎を診てもらっている皮膚科のかかりつけ医に相談することを思いついた。電話をすると、「受診OK」とのことで、30分かけて電車を乗り継ぎ、クリニックにたどりついた。

「隔離室のような診察室で待っていると、主治医がマスクに手袋、ガウンにフェイスシールドといった完全防備で、入ってきました。物々しい雰囲気でしたね。腕を見せた瞬間、『蜂窩織炎(ほうかしきえん)だね』と。秒殺でした」(山田さん)

蜂窩織炎。なんとも難しい名前だが、細菌による感染症の一種(詳しくは後述)だ。

山田さんは抗菌薬を飲み、安静にするように指示された。帰宅する頃には熱は39度にまで上がっていた。腕は大きく膨れ上がり、動かしにくくなっていた。

それでも薬が効いたようで、その日のうちに熱は下がり、2日ほどで皮膚症状も回復。ただ、関節痛やリンパ節の腫れはしばらく続いたという。

「あとで調べたら、蜂窩織炎は重症化すると敗血症になり、手足を切断することもある怖い病気だと知りました。早く受診して本当によかったと思います」

山田さんはそう話し、蜂窩織炎になりやすい人として、「体力や免疫力の低下」と書かれていたことについても、こんなふうに振り返る。

「コロナ禍による制限で、運動もあまりしていなかった。外出制限のストレスもあり、免疫力が低下していたのかもしれません。これをきっかけに無理をせずに暮らすことを心がけるようになりました」

ただし、「蜂窩織炎の“直接の原因”はサウナではなかった」こともあり、サウナ通いは今も続いている。「サウナに行った後はしっかり、肌を保湿するよう努めています。おかげさまで蜂窩織炎を含む、皮膚のトラブルとは無縁です」(山田さん)。

総合診療医・菊池医師の見解は?

総合診療医で、きくち総合診療クリニック院長の菊池大和医師によれば、「アトピー性皮膚炎がある人では、そうでない人に比べ蜂窩織炎になりやすいことが知られている」と言う。

「蜂窩織炎は皮膚や組織に細菌が感染し、増殖して急性の炎症が起こる病気アトピー性皮膚炎や乾燥肌、皮膚に傷があると、細菌が皮膚のバリアを通り抜け、細菌が入り込みやすくなるため発症しやすいのです」(菊池医師)

蜂窩織炎の原因菌の代表は、黄色ブドウ球菌だ。私たちの皮膚に棲み着く常在菌で、普段は悪さをしないが、何かのきっかけで増殖をすると、蜂窩織炎をはじめとした皮膚病を引き起こすことがある。

山田さんの場合、アトピー性皮膚炎の肌がサウナでさらに乾燥したことにより、菌が増殖しやすい環境にあった可能性があるという。

「山田さんが言うように、免疫力が低下していることも発症リスクになります」(菊池医師)

乳がんや子宮がんで手術を受けた人も蜂窩織炎になりやすいが、これは、手術によりリンパ液の流れが悪くなることが要因だ。

「リンパ液の流れが悪いと、細菌感染を起こしやすい。また、糖尿病で血糖コントロールの悪い人や肥満の人は免疫力の低下から、蜂窩織炎になりやすいことがわかっています」(菊池医師)

予防は「こまめにせっけんで手を洗う」

このため、普段から睡眠や食事、運動により、できるだけ免疫力を低下させないこと。また、肌を清潔に保ち、傷ができたら、しっかり消毒をすることなどが予防策となる。

「建設業や農業など、体を使い、外で働くためにケガをしたり、皮膚が汚れやすい職業の人は、こまめにせっけんで手を洗うこと。爪を短く切っておくことも予防策になります」(菊池医師)


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早期発見も重要だ。治療しなければ広範囲に広がり、入院が必要になることもある。皮膚の痛みと熱があったら、迷わず、受診したほうがいい。

なお、蜂窩織炎と関連のある病気として、「劇症型溶血性レンサ球菌(溶連菌)感染症」がある。溶連菌は「人食いバクテリア」とも呼ばれ、感染しても多くの人は喉の痛み、発熱など風邪の症状にとどまるが、まれに劇症化し、手足から臓器に壊死が広がり、死に至ることがある。

2014年から患者数が増加し、現在、感染が拡大している。致死率30%と高く、救命のカギを握るのは、いかに早く治療ができるか、だ。命を守るための知識として、ぜひ知っておきたい。

本連載では、「『これくらいの症状ならば大丈夫』と思っていたら、実は大変だった」という病気の体験談を募集しています(プライバシーには配慮いたします)。具体的なお話をお持ちの方は、こちらのフォームにお送りください。

(狩生 聖子 : 医療ライター)
(菊池 大和 : きくち総合診療クリニック)