【太田垣 章子】83歳「元タクシー運転手」の家賃滞納で発見された、ゴミ屋敷の「おぞましい光景」…まるで絨毯のように覆っていた

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『2050年には全5261万世帯の44.3%に当たる2330万世帯が1人暮らしとなり、うち65歳以上の高齢者が半数近くを占める』

先月に厚労省の国立社会保障・人口問題研究所が公表したこの数字は一時Xでトレンドにランクインするなど、衝撃の波紋が広がっている。

“人生100年時代”と言われる一方で、歯止めの効かない少子高齢化が進む日本。先行きの見えない状況下で老後を迎えるにあたり、私たちはどう備え対処していけばよいのか。

お金、健康、法律など、各専門分野のスペシャリスト8人が老後を解説する『死に方のダンドリ』ではそんな備えと対処について、詳細に明かした一冊だ。

<【前編記事】月10万7000円が払えない…83歳「元タクシー運転手」家賃滞納の「過酷な現実」〜電気、ガス、水道が止まり、あてもなく図書館で過ごす>に引き続き、本稿でもその一部を抜粋・編集しお伝えする。

引っ越しは断ります!」

住まいのエリアの高齢福祉課(場所によって担当課の名前は変わります)では、低所得の人たちの住まいも確保されていました。ところが、驚くことにおじいちゃんは「引っ越しは断ります!」と言って役所に行ってから意思を翻したのです。

福祉課も本人が「お願いします」と言えば手を貸してくれますが、本人が拒否してしまうと権限がないために、何もできなくなってしまいます。

裁判所で「助けてほしい」とお願いされたから、私もわざわざ役所までおじいちゃんを連れて行ったのに、その場で「引っ越しは断ります!」と言われてしまうと、もうお手上げです。

時間の問題で執行になることを伝えても、本人が首を縦に振りません。そのため、身内でない第三者の私も、福祉の人たちも何もできなくなってしまいました。

おじいちゃんが引っ越しを拒んで部屋を明け渡さなかったため、強制執行の手続きは進んでいきました。執行官にも役所側にシェルターが用意されていることを伝えると「困ったじいさんだね。執行はするけど、役所とは連携してね」と言われ、頭を抱える日々が始まりました。

強制執行までの1カ月、私と役所の人が延々とおじいちゃんを説得し、最終的には執行当日の朝、役所の車で身の回りの物だけ持ってシェルターに避難となりました。おじいちゃんも酷暑の中、ホームレスになろうと腹を括ることはさすがにできなかったのでしょう。

それにしてもこの日までの福祉の人や私の努力は、どう評価されるのでしょうか。最初からすんなり動いてくれれば、強制執行の費用は掛からず、私たちの労力も不要でした。すべて高齢が原因だとは言い切れませんが、やるせない思いは残ります。

「見事なゴミ屋敷」に困惑

ようやく部屋は明け渡してはもらえましたが、それからも家主は大変です。

執行された部屋の壁が、黒ずんでいました。汚れかなと思っていたら、なんとゴキブリの卵!部屋の中にはネズミもたくさん、蛆もいっぱい。動いているものもいれば、動かなくなったものもいて、まるで絨毯のように部屋中を覆っています。

壁の卵もこれだけびっしりなら、おそらく生きたゴキブリもたくさんいたのでしょう。思い返してみても、おぞましい光景です。ここに人が住んでいた、ということだけでも信じられません。

当然ながら室内は、見事なゴミ屋敷。リフォームに数百万円かかるでしょう。しかも部屋の中から、6柱のご位牌が出てきました。本人は「捨ててくれ」と軽いものです。ところがそのまま執行では処分できないので、供養してくれるお寺に家主側が費用を払って納めるしかありません。

長年住んでくれたとは言え、家主にとってみれば大変な損失です。「正直、事故物件にならなくて良かったと思うしかありません」

力なくつぶやいた家主は、このエリアの大地主だから何とかなったのかもしれません。これが融資を受けて家主になった人なら、1年分以上の純利益が吹っ飛んだでしょう。

家主や管理会社だけでなく、働いていた時の同僚からも「もっと安い物件に早く引っ越しした方がいい」とアドバイスをもらっていたにもかかわらず、耳を貸さなかったことで、多くの人に迷惑と金銭的負担をかけてしまったおじいちゃん。

高齢になると頑固になるのか、善悪がわからなくなるのか、断捨離や連帯保証人が原因なのか、私にはわかりません。

高齢者が「家を引っ越せない」ワケ

この賃借人のおじいちゃんに限らず、私が出会った明け渡し訴訟の相手方の高齢者は、タイミングを逸して転居できなかった人たちが非常に多いです。

60代でまだ仕事をしていれば、家賃保証会社の加入だけで部屋は借りられます。

ところが70歳を超えてしまうと、高齢者部屋を貸したくない家主側は、滞納の心配というより亡くなった後の手続きをしてくれる身内の連帯保証人を条件とします。身内はいるでしょうが、頼れる関係ではないのでしょう。

高齢になれば、兄弟姉妹も高齢なので連帯保証人になれるほどの経済力がありません。そうなると子どもか甥・姪になりますが、そもそも疎遠で交流がないのが大半です。

そのような背景があるので、身内の連帯保証人を求められてしまうと、この段階でほとんどの人が撃沈。ひとつめのハードルを越えられず、部屋探しは諦めるしかなくなってしまいます。

また高齢になると日々の生活で精一杯で、先のことを考えて行動できないようです。見たくないのか、自分の収入もいつか減るということをなかなか想像しません。その時のために、予め安い物件に引っ越そうとせず、問題を先延ばしにしてしまいます。

さらに今より安く狭い物件に引っ越すためには、当然、荷物も断捨離していかねばなりません。これがふたつめのハードルです。

元気そうに見えても、年を取ると荷物の処分を自分ではできません。誰かの手を借りなければ、断捨離や部屋の片づけは難しくなります。結果、安い物件に引っ越すことができず、トラブルに発展してしまう高齢者は後を絶ちません。

家主側が一度こういったトラブルを経験してしまうと、次から高齢者には貸さないと決めるのは当然の帰結です。結果、高齢者がますます借りられない世の中になっていきます。「貸さない家主が悪い」とは、誰も言えないのです。

代表的な例を見ていただきましたが、私は今も毎週のように裁判所に通い、複数の賃貸トラブルを解決するために走り回っています。すべて紹介することはできませんが、他にもこのような事例があるということを知っていただければと思います。

では一体、この男性のような状況に陥らないためにはどうすればよいのか。<【後編】「いざとなったら持ち家を売れば大丈夫」はもう効かない…「賃貸か」「持ち家か」の前に見落としている、住まいの「意外な盲点」>でその詳細を明かす。

「いざとなったら持ち家を売れば大丈夫」はもう効かない…「賃貸か」「持ち家か」の前に見落としている、住まいの「意外な盲点」