「美奈子ちゃん」との偶然の出会いに、郁登さんは自分を重ねているのかもしれない

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前編【「本当に僕の子だったのか?」先輩の恋人を奪って、21歳でデキ婚…42歳夫がかすかに抱く不信の背後に妻の“特別な事情”】からのつづき

 5つ年上の妻を「ヒトミさん」と呼ぶ前田郁登さん(42歳・仮名=以下同)は、先輩の恋人だった彼女を略奪し、駆け落ちのように結婚した。先輩は、離婚家庭で育ちグレていた彼が、万引きしようとしたのを止めてくれた恩人だった。それだけに、もう地元にはいられなくなったという。駆け落ち直後にヒトミさんの妊娠が発覚した時は「本当に僕の子かな」と思ったと振り返るが、地元から逃げたかった彼女の家庭事情も慮り、家庭を大事にしようと心に決めた。

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 22歳のときに長男が、26歳で次男が生まれた。郁登さんは、息子たちにオヤジの背中を見せると張り切って働いた。30歳のときに郊外に一軒家を購入、そして35歳のときに自分で内装関係の会社を立ち上げた。

「美奈子ちゃん」との偶然の出会いに、郁登さんは自分を重ねているのかもしれない

「借金も背負ったけど、家庭は土台ですからね。会社もそこそこうまくいって、従業員も数名ですがいます。他の会社ともコラボしながら内装を仕上げたりリフォームしたり。大手企業にはできないきめこまやかな対応をするのが信条です」

 その時期、妻には内緒で会社近くに小さなワンルームマンションを借りた。仕事が立て込んで家に帰れないときなど、妻には会社に泊まると言いながら、そのマンションでひとり羽を伸ばしていたのだ。

「ホテルに泊まってもいいんだけど、着替えなどを置いておくと便利だし。最初は本当にそんな気分だったんですよ。だけど考えてみたら、僕はひとり暮らしをしたことがない。そこでひとりの気楽さを覚えてしまったんですよね」

 最初はがらんとした部屋だったのに、洗濯機や掃除機など家電製品が増えていくと、ますます便利になり、週に2度ほど泊まるようになった。仕事関係の勉強会や交流会にも積極的に参加し、マンションで勉強することも多かった。

「そのころもヒトミさんは、細々と翻訳の仕事をしながら家事育児をがんばってくれていました。彼女には何の不満もありません。子どもたちの学校行事や習い事には、僕もよく参加しました。長男は誰に似たのか、勉強ができたんですよ(笑)。今、大学生ですが、本人は大学院に行くか留学するかで迷っているみたい。僕はそういう相談には乗れないのがせつないですけどね。下は高校生。コイツは僕みたいに辛気くさいワルじゃなくて、明るいワルで、中学のころは難儀しました。とはいっても先生に逆らう程度のことだったけど。正論ぶちかますんですよ、中学生なのに」

 子どもたちの話になると、彼は相好を崩して矢継ぎ早に言葉を発する。最近は息子たちと釣りに行くのが楽しい、野球は贔屓のチームが違うからケンカになると笑いながら話していた。

「奈美子ちゃん」との出会い

 妙な間があって、彼は急に真顔になった。

「今から1年半ほど前なんですが、ワンルームマンション近くのスーパーに深夜寄ったら、若い女性がおにぎりをポケットにいれようとしているのを見かけたんです。僕、そのとき高校生の自分を思い出して……。思わず彼女に近寄って『お腹がすいてるの? 代わりに買うよ』と声をかけた。何も考えず、言葉が出てしまいました。彼女は睨みつけるような目でこちらを見て。彼女の手からおにぎりをひったくっていくつか買い、外に出たところで渡しました。何も言わないから『じゃあね』と行こうとしたら、『あの』と彼女が言って……」

 泊まるところがないと彼女はつぶやいた。そのままにしておけず、郁登さんはワンルームマンションに彼女を連れて行った。3つ買ったおにぎりをペロリと平らげ、まだ何か食べたそうにしているので、冷凍餃子を焼き、味噌汁も作ってあげた。

「彼女、味噌汁を飲みながら泣いたんですよ。それからぽつりぽつりと話したところでは、田舎から出てきた21歳で、名前は奈美子ちゃん。風俗で働いていたけど嫌になって辞めたと。行くところもなくて、この近辺に田舎の友だちが住んでいるはずだと思ってうろうろしているうちに、お腹がすいてスーパーに行ってしまったそうです。何日か風呂にも入ってなかったみたいだったから、入っていいよと言ったら、うれしそうでした。笑うとかわいい子でね」

 自分が寝ているベッドを明け渡し、彼はクローゼットの奥にあった寝袋を使った。「こっちに来ないの?」と奈美子さんがつぶやいた。行くわけないだろと彼は答えた。

「お礼をしたいのにと彼女が言うんですよ。体でお礼をするなんて、自分自身に対して失礼だろと思わず説教しちゃった。僕が何か言える立場じゃないんですけどね。21歳といったら、僕がヒトミさんと逃げた年。大人なようで子どもですよ。風俗が嫌でやめた子を、大人で親でもある僕が抱けるわけがない」

抱きつかれても…

 奈美子さんはそれから2日間、眠り続けたという。安心して眠る場所にいなかったということだろう。妻には急な出張だと言って乗り切った。

「やっと起きた彼女は、僕が作った料理を平らげて笑みを見せました。彼女もまた、家庭で虐待された子だった。ネグレクトです。親は兄と姉をかわいがって末っ子の彼女はみそっかす扱いだったとか。勉強も運動もできなかったから、いつも鈍くさいヤツだと家族から疎まれていたそうです。私立の高校に滑り込んだけど、ほとんど通ってなかったと。『稼ぐには風俗しかなかった』と言っていました。でも話を聞くと、そこそこ人気があったみたいなんですよ。根はまじめなんでしょうね。嫌なのにきちんとサービスしてたから、実入りはけっこうよかったのに、困っている同僚にお金を持ち逃げされちゃったんですって。信用してたのにと泣いていました。それがきっかけでやる気をなくして、もともとやりたくもない仕事だからふいっと辞めてしまったそうです」

 人生、やり直そうと彼は言った。がんばれば何とかなるよと。どうにもならないと彼女は言ったが、いや、どうにかなると彼は言い切った。うるさいくらいに説教したし、諭したり時には叱ったりしたが、彼女はじっと聞いていた。

「私のことを真剣に考えてくれる人がいるなんて……とまた泣いて。そんな日々が続きました。僕もきちんと自分のことは話した。僕は家庭があるから、ずっとここにいるわけにはいかない。部屋を使っていいけど、誰かを入れるようなことはしないでほしい、お金は置いていくからちゃんと食べること、と言い聞かせました」

 ひとりにするのは不安もあったが、数日留守にして戻ると、彼女は書棚にあった本を読んで過ごしていたと言った。ちゃんと本を読んだのは初めてかもしれない、でも小説って意外とおもしろいねと言う彼女の顔は、最初に会ったときとは違っていた。

「いろいろ考えたけど、私、やっぱり郁登さんが好きと抱きつかれました。実は離れている数日の間に、僕の中でも彼女への思いが煮詰まっていた。でもやはりダメだ、触れるわけにはいかないと思った。だからそういうことはできないと言ったら、『私のテクでなんとかなるよ』って。無邪気だなと思って泣きそうになりました。そういうことじゃないんだ、もうきみは自分を傷つけるような生き方をしてはいけないんだと言いながら、これは欺瞞だとわかっていた。それでもやせ我慢が大事なときってあるじゃないですか」

 彼は照れたように笑った。もしこのことが妻にバレ、疑われたとしても、自分だけは公明正大でいられる。彼はそういう道を選択した。若い美奈子さんへの恋心は秘めたまま。

「それから彼女もハローワークに行ったりして、どうやって生きていこうかいろいろ考えたようです。迷っているうちに時間が過ぎていったけど、半年以上たってからようやく職業訓練を受けられるようになった」

「それでもやはり“恋”ではある」

 給付金も出るからここを出ていくと美奈子さんは言ったが、給付金は貯金したほうがいいと引き止めた。週に2回ほどしか来ないから、あとは好きなように使っていいからと。

「もっとここにいればいいのにと美奈子ちゃんには言われたけど、そんなことをしたら自分が彼女に襲いかかってしまいそうで……。大人の分別なんて適当なものですからね」

 彼女はとある技術を身につけ、さらに上級コースまで修了してこの春、無事に就職した。就職と同時に家を出ていくようにと言おうと思っていたのに、郁登さんは言いそびれてしまったと苦笑する。

「先日、彼女が初給料でごちそうしてくれたんですよ。娘をもつ親の気分ですよね。泣けました。その晩、『私も社会人になったから、立場は対等でしょ。私を女として見てほしい』と言われて……。もう少しで抱き寄せそうになったけど踏みとどまりました。でも時間の問題だとわかったから、彼女を巣から飛び立たせないといけない」

 家族とは違う、彼女とならではの信頼関係を結べたことが彼にはうれしいのだという。ここで男女の関係にならなければ、彼女とは一生、親戚のような間柄でいられるかもしれない。どこかで会っても、誰はばかることなく話すこともできる。彼は、自分自身に公明正大でありたいのだろう。過去に先輩を裏切ったことへの贖罪のようなものかもしれない。

「いや、それでもやはり“恋”ではあるので、僕はヒトミさんへの罪悪感はありますよ。しかも欲求を隠しているだけの臆病者なんですよ。だけど、あのときは美奈子ちゃんを救うのが先だった。そして、それによって僕自身が救われたのも事実。彼女の若さと、前向きになったときのエネルギーは、見ているだけでうれしかった」

 美奈子さんはいつかもう一度、高校へ行きたいという希望をもっている。昼間働きながら定時制に通う方法もあると調べたようだ。

「僕自身、親との縁が薄かったから、同じ立場の美奈子ちゃんと男女の関係にはなりたくてもなれないジレンマがありました、正直言うと。これ以上、彼女を傷つけたくなかったから」

 彼女はこれからの人。夏前に、美奈子は自分から卒業させます。郁登さんはそう言うと背中を見せて去って行った。

前編【「本当に僕の子だったのか?」先輩の恋人を奪って、21歳でデキ婚…42歳夫がかすかに抱く不信の背後に妻の“特別な事情”】からのつづき

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部